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いまだ年間65万部を発行する『JR時刻表』が通巻700号  紙媒体の灯を守る“鈍器本”の価値

 今春、3月末のダイヤ改正のタイミングで、多くの鉄道会社が無料で配布していた『ポケット時刻表』を廃止した。新型コロナウィルスの感染症拡大防止、スマホの普及による需要減など、さまざまな理由が挙げられるが、この“紙媒体”の灯を守り続けているのが、時刻表関連の書籍を多数発刊する交通新聞社。なかでも、1963年から発行を続け、現在発売中の8月号で通巻700号を迎えた『JR時刻表』は、毎月1,000ページを超える重厚感たっぷりな、読み応えのある“鈍器本”仕様となっている。今なお、紙にこだわり、発刊し続けているのか?同誌編集部・副部長の須藤健二氏に、紙の時刻表の存在意義や制作へのこだわりを聞いた。

1000ページ超えでも携帯可能…秘密は特別開発した紙

 JRの全駅と全列車の発車時刻を網羅した月刊誌『JR時刻表』が創刊されたのは、「夢の超特急」と呼ばれた世界初の高速鉄道・東海道新幹線が登場する1年前の1963年。当時の名前は、『全国観光時間表』。それまで季刊で発行していた『季節シリーズ時間表』に観光情報をプラスし、その新題のイメージどおり、列車の時刻からホテル・旅館まで、旅のプランを作成するために必要な情報を一冊にまとめた画期的な時刻表としての登場だった。

「当時の日本は高度経済成長期にあり、モータリゼーションが進む前段階でしたので、ビジネスや観光で列車を利用する方が非常に多く、旅行計画がこの1冊で完結する、と大変ご好評をいただきました」

 その後、『ダイヤエース時刻表』『大時刻表』と題名を変え、国鉄分割民営化時の1987年4月号からは『JNR編集時刻表』に改題、翌5月号からは『JR編集時刻表』となりJRの公式時刻表に。1988年からは現在の『JR時刻表』に改題され、現在発売中の8月号で通巻700号を迎えている。

 活字離れ、本離れが進む現代、ページが多く読み応えのある分厚い本が、今、“鈍器本”として一部で話題となっているが、1000ページを超える『JR時刻表』はまさにその一つ。現在の体裁に近くなったのは、『JNR編集時刻表』の頃からで、在来線時刻が平日ダイヤと土休日ダイヤに分かれたことなどにより、以前と比べ、現在は約200ページ多くなっているという。

 特筆すべきは、その紙質だ。ボリュームたっぷりでありながら、軽く、それでいて紙質がしっかりしているのだが、それは同誌の大きなこだわりだった。

「時刻表はページ数が多いので、どうしても厚く重くなってしまいます。お客さまの利便性を考え、紙の厚さと重さの軽減を追求し、さらに、薄いのに、インクの裏写りが少ない紙を『JR時刻表』のために開発しました」

スマホは点と点を結ぶもの…本は“線”を描ける

 その強いこだわりは誌面作りにおいても同じ。時刻表と聞くと、単純に、各鉄道会社からの資料をもとに、列車の出発時刻を時系列的に並べたものと想像する人が多いかもしれないが、さにあらず。編集には膨大な手間がかけられているのだ。

「単純に時系列に並べるだけでは、使い勝手が悪い場合があります。お客さまの視点に立って、“活きた”時刻表にするためには、列車同士の接続や乗り換えを考慮して並べることが必要です。また、JR各社から提出される資料の内容が正確かどうか、先入観を持たずに必ず確認しています。例えば、複数の鉄道事業者を直通する列車であれば、各事業者の資料を照合して1本の列車としてつながっているかなどの確認も必ず行っています」

 掲載にあたり、管理している列車データは、なんと約19万本。列車1本につき最低でも4回、編集部員で校正しているというから、その大変さは容易に想像がつくことだろう。

 しかし、今、電車の発車時刻や乗り換えを調べようと思ったら、ほとんどの人は、インターネットやスマホのアプリを使う時代。各鉄道会社も無料で配布していた『ポケット時刻表』が廃止されているように、『JR時刻表』もまた、存続の危機にさらされているのではないだろうか。

「かつて紙の時刻表は一家に一冊はある隠れたベストセラーでした。しかし、世の中の環境の変化の影響を受け、『JR時刻表』もピーク時約500万部から2020年度は約65万部と、発行部数が大きく減少しています」

 部数が大きく減ったとはいえ、年間65万部は、不況にあえぐ出版業界においてはヒット本といえる存在。人気の秘密はどこにあるのか。

「ひと昔前に比べて、列車の時刻を調べる選択肢は増えましたが、紙の時刻表の役割は大きく変わっていないと思います。スマートフォンなどの時刻検索サイトは、出発地と目的地が決まっていれば、できるだけ早く到着する列車と時刻がすぐにわかります。しかし、自分好みの行程を組むには、時刻検索サイトよりも、複数の列車を同時に調べられる時刻表のほうが優れていると思います。時刻検索サイトは乗車駅から降車駅の“点から点”の検索なので、検索結果で表示された列車に乗り遅れた場合や途中下車して寄り道をする場合は再度検索が必要ですが、時刻表は始発から終電まで、路線を“線”で見られるほか、複数の列車を同時に調べられる一覧性があります。使い慣れると検索よりも本の時刻表のほうが早く目的の列車を調べられるという方も多くいらっしゃいます」

時刻表は鉄道の歴史を記した資料「今後、存在価値が高まる」

 さらにもうひとつ、検索サイトでは味わえない“本”ならではの大きな魅力が、物語を感じる“読み物”としての存在価値だ。

「前後の列車を一覧できたり、途中駅での風景を想像したりと、検索ではできない体験ができる“読み物”であることも、時刻表の長所。ご購入いただいている理由のひとつだと思います。過去に旅したルート、これから旅したいルートなど、“机上旅行”を楽しんでくださるお客さまは、昔も今も変わらずいらっしゃいます」

 駅名を見て、その土地の風景を想い描き、列車の時刻を見比べながら、乗り継ぎを考える。旅を連想できる時刻表は、単に駅名と数字や記号が並んだデータ本ではなく、ロマンあふれる鉄道旅を味わえる“紀行文” としても愛されているのだ。

 また、デジタルにはない紙媒体ならではの利点もある。

「本は形として保存できるものですが、デジタルデータは常に最新のものが残り、古いものが消えてしまいます。その意味では、当時の鉄道の歴史を記録した資料として、本の形態の時刻表は、存在価値も高まるのではないかと思います」

 根強いファンに支えられ、今も『JR時刻表』を発行し続ける一方で、同社は、ネット検索が当たり前となった時代に合わせて、デジタル化にも注力している。

「1990年代から検索エンジン会社等に時刻情報データの提供を始めたほか、スマートフォン用の時刻表アプリである『デジタルJR時刻表』をリリースするなど、デジタル化にも取り組んでいます。当社は時刻情報だけでなく、観光、児童書、ニュースなど、さまざまなジャンルにおいて紙媒体もデジタル媒体も扱う、総合情報サービス企業ですので、それぞれの強みを結集して、お客さまに合った情報を提供することで、価値を創造していくことが役割だと考えています。紙媒体でもデジタル媒体でも、変わりなく、変化への対応や新規事業への挑戦など、お客さまのご要望にお応えできる企業として邁進していきたいと考えています」

 現在、ネット検索が当たり前になった若い世代に「時刻表で旅をする」楽しさを知ってもらうべく、「通巻700号記念スペシャル朗読動画」を作成しYouTubeで公開中。

「時刻表をめくってさまざまな形で想像を膨らませ、楽しんでいただけたら嬉しいです」

 まだまだ先行きの見えないコロナ禍。お盆に電車で帰省というこれまで当たり前だった光景がまた見られ、心置きなく旅ができるようになるのはいつのことか。その日を楽しみに、今は、『JR時刻表』のページをめくり、全国を自由に“旅”してみてはいかがだろう。

取材・文/河上いつ子

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