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“国民的ブランド”名称変更の葛藤とは? 10年前『マイルドセブン』を『メビウス』に変えたワケ
『鼻セレブ』に『カレーメシ』成功例はあるも…前例ない“国民的ブランド”の変更は諸刃の剣
一方で、それまで売上が捗々しくなかった商品の名を変え、成功した事例もある。よく言われるのが、『モイスチャーティッシュ』⇒『鼻セレブ』(ネピア)、『カップカレーライス』⇒『カレーメシ』(日清食品)、『三陰交をあたためるソックス』⇒『まるでこたつソックス』(岡本株式会社)などだ。どれも、元は商品の概要を表す名ではあったが、ユーザーとしてはいまいちピンとこない。そこに、伝わりやすさ、キャッチーさが加味されたことで、売上が増加し大成功を収めた。
このように、具体的な問題解決のため、発展途上・低認知度の商品を飛躍させるため…など、名称変更には様々な側面がある。とくに後者の場合は変更しやすいし、可能性に賭ける価値もあるだろう。だが、すでに商品名が浸透していたり、人気がある場合、せっかくの知名度を無に帰する危険性が高く、決断は難しいだろう。結果的には成功を収めたものの、『チキンフィレバーガー』への賛否を見ても、二の足を踏む気持ちはわかる。
そんななか、ある“国民的ブランド”ともいうべき商品名が変えられた事例があった。時を遡ること10年前、紙巻たばこ『マイルドセブン』から『メビウス』への変更だ。『マイルドセブン』は1977年の発売以来、日本を中心に人気が拡大。「一時は半数近くのシェアがあり、たばこといえば『マイルドセブン』という時代でした」と話すのは、JTたばこ事業本部マーケティンググループのRMC統括担当部長・岩根徹氏。
「たばこが国民的ブランド?」と感じる向きもあるかもしれないが、ときは昭和、平成である。自分が喫煙しなくても、祖父や父親、周囲の人が皆吸っていて、『マイルドセブン』に見覚えのある人は多いのではなかろうか。喫煙率の高かった当時、いわゆる“マイセン”として親しまれた同商品は、「日本人好みの味と吸いやすさがちょうどよく、みんながマイセンを吸っていた」(岩根氏/以下同)という。そんな社の主力商品の名を変えたことは、「B to C企業でも前例のないリブランディングだったと思う」と回顧する。
なぜ変えた? 社員にも極秘、ユーザーからは「ネガティブな声しかない」
ではなぜ、『マイルドセブン』から、似ても似つかぬ『メビウス』になったのか。一見、“メビウスの輪”からの着想で、無限、不思議、宇宙…などのイメージかと思いきや、「その意味はまったくないです(笑)」とのこと。
「会議で200個くらい候補を考えたのですが、あまりにマイセンに親しみすぎて、どれもピンとこなくて。どうにもならず、お客様に語感に関する調査をしてみたんです。すると、文字の“音”が商品イメージに強く影響することがわかりました。例えば、Mは落ち着く、LやVは高級感…など。そういった良さそうな音を持つ文字をゴチャゴチャに並べ替えて、出来上がったのが『MEVIUS』。『MILD SEVEN』にも入っていた文字を使っているので視覚的にも違和感がない。あくまで造語で、“メビウスの輪”のメビウスとは綴りが違います」
『チキンフィレバーガー』は検索表示のためのマイナーチェンジ、『鼻セレブ』などはわかりやすさ・キャッチーさという明確な基準があったが、新名称『メビウス』の成り立ちはどれでもなく、前例もなかった。しかも、社の主力商品の名をガラッと変えるだけに、社内でも反発はあったのではないか。
「極秘プロジェクトで、社員のほとんどは公式発表まで知らなかったんです。営業の現場からは大反対されると思っていましたし、あとから『この名前はよくない!』とも言われました。たしかに、お得意様、全国のたばこ屋の店員さんに説明して回る営業は、一番大変だったと思います。なので、発表から発売まで半年間は、まず社員に理解してもらおうと必死でした。『顧客調査もした、味も香りも変わらないなら買い続けてくれるとみんな言っていた』としつこいくらいアピールして。でも、実際は何が起こるかわからないから、信じ込むしかなかった。ここまでの大きなリブランディングになると、もうビジネス論じゃない、感情論なんですよ(笑)。それくらいクレイジーにならないと、こんなことできない」
いざ新名称が報じられると、一般ユーザーの反応は「名前がダサいとか、ネガティブなものしかなかった」。あわや大惨事かと思いきや、意外にも“でもパッケージはかっこいい”という好反応を得た。心配されたネガ反応のピークは発表時のみで、半年後の発売時にはすでに沈静化。「しかも、マイセン=普通、凡庸、おじさん…と言われがちだったが、なぜかイノベイティブ(革新的)なイメージになった。そういう商品を発売したわけじゃないんですけどね(笑)」