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竜星涼の永遠のスーパースター“矢沢永吉プレイリスト” 『成りあがり』に憧れ“とがっていた時代”

この記事は、LINE初の総合エンタメメディア「fanthology!」とオリコンNewSの共同企画です。
⇒この記事をオリジナルページで読む(8月7日掲載)

日本を代表するロックミュージシャンの一人である矢沢永吉さん。そして、矢沢さんの大ファンを公言し、リスペクトしてやまないのが、俳優の竜星涼さんです。竜星さんにとって、矢沢さんの半生をつづった自伝『成りあがり』(角川文庫)が“バイブル”で、デビュー当時はその影響で「とがっていた」部分があったそう。

そんな竜星さんに改めて“YAZAWA”との出合いからリスペクトするに至った経緯、さまざまな視点での好きな曲などを聞きました。あふれ出る“YAZAWA熱”をこれでもかと発していただきます!

撮影:田中達晃(Pash) 取材・文:遠藤政樹

母親の影響で自然に親しんでいた、矢沢永吉の楽曲

――竜星さんは1993年生まれの27歳です。矢沢永吉さんが組んでいたバンド「CAROL(キャロル)」(1972年デビュー)や矢沢さんのソロ活動(1975年〜)などは、いわゆる“世代の音楽”とは少し離れていますが、お母さまの影響で矢沢さんの楽曲を聴き始めたとうかがいました。
竜星涼そうですね。小さい頃からいつの間にかYAZAWAの曲が周りで流れていました。“世代の曲”も聴いていましたが、母親の影響なのか、世代以外でも知っている曲が結構あります。特に矢沢さんは母親も好きだったのでよく聴いていましたね。
  • 『成りあがり―矢沢永吉激論集』 角川書店、1980年

    『成りあがり―矢沢永吉激論集』 角川書店、1980年

――家で幅広い世代の音楽が流れているのは素敵ですね。竜星さん自身が矢沢さんの魅力に「心底やられた」と感じたのはいつ頃でしょうか?
竜星涼歌はずっと聴いていたので、「この曲いいな」とかは感じていたのですが、人として尊敬したりリスペクトしたりするようになり、本当の意味で好きになったのは高校生くらいです。

その頃、矢沢さんの『成りあがり』という本を母親に渡されて……まあ投げつけられたという方がしっくりくるんですけど(笑)。その本を読み、矢沢さんの生き方に対して共感したり、憧れたりするようになりました。そこから僕も母親と一緒に矢沢さんのライブに行くようになり、現在に至っています。

――そういう経緯だったのですね。ところで、「本を投げつけられた」というのは、どういう状況だったのでしょうか?
竜星涼当時は、そこまで勉強もしていなくてフラフラしていました。そういうときに、おそらく「活を入れる」という意味で、母親から本を渡されたんです。まだ学生だったこともあり、「自分は将来どういう職業に就いてどうなるのかな」と漠然と考えていて、どうしようかというときにこれを読みました。
――お母さまからのYAZAWAの言葉を借りた“愛のムチ”だったのですね。読んでみた印象や感じたことは覚えていますか?
竜星涼恥ずかしい話、それまでは小説などをちゃんと読んだことがなくて、初めてああいう自伝本を渡されたときは、それを読むことすら苦痛だなと思いました。だけど、読み始めるともうスラスラ読めて。自分がYAZAWAになった気持ちで読めました(笑)。

読んでいると太陽のような熱さ、熱量みたいなものを感じて、自分も“スター”になれるものを見つけなきゃいけないと思い、実はそのタイミングでこの世界にスカウトされました。そんなこともあって、すべてがいいタイミングでつながってくれた感じです。矢沢さんの話をしようとして、なんか僕のヒストリーみたいになっていますけど(笑)。

若気の至りと反省も、デビュー当時は“とがり”発揮

――芸能界入りに多大な影響を与えた『成りあがり』ですが、デビュー間もないころは、そのカッコよさや内容を曲解してしまい、“ムダにとがっていた時期がある”とうかがいました。実際どのような雰囲気だったのでしょうか。
竜星涼デビュー当時、現場に行くときは基本的に「俺は戦いに来ている」という気持ちが強かったので、例えば同世代の役者さんやその他の共演者に対して、「俺は遊びに来ているんじゃない!」みたいに勝手にとがっていた部分はありましたね。今から思えば自分の勝手な思い込みだったと思います。
――バリバリに気合いが入った状態ですね。では、その時期に「これは本当に失敗だったな」と印象に残っていることあれば教えてください。
竜星涼例えば夏場とかに先輩からアイスの差し入れがあったとして、「どうぞ食べてください」と言われたら素直に食べればいいのに、「俺は別に、現場にアイスを食べに来てきているんじゃないので、大丈夫です」とあえて断っていたことでしょうか(笑)。ちょっと違ったとがり方をしちゃっていましたね。
――今の竜星さんからはまったく想像できませんが、そんな時期があったとは。周囲の人からすると「うわ〜……」となってしまいそうですね。
竜星涼もし僕がいま年下の子たちがいる現場で、自分がそうやって差し入れをしたときにそんなこと言われたら、「食べてよ!」と思いますけどね(笑)。だから当時はすごく失礼なことをしていたんだなと思います。
――いわゆる“若気の至り”かもしれません。どこで違和感に気づいたのでしょうか。
竜星涼「違うな」と気づいたというよりは、「協調性もやはり大事なんだな」と思うようになりました。お芝居、俳優という職業では、もちろん個を大事にすることはすごく大事なことだけど、それだけでは俳優という仕事は成立しない。チームプレーみたいなところもある。だから、そういう態度を続けるのは難しいと気づきました。

今でもまだ若い方ですけど、もっと若い頃は、「まだ自分は何者でもない、何かになりたい」と思い、とにかくがむしゃらに「何か」、見てすぐわかるようなものになりたかったのでしょうね。それで変に突っ張っていたのかなと思います。

そういう考え方をハングリー精神と捉えるのであれば、今でもそれは忘れたくない気持ちではあります。でも当時よりはだいぶ柔らかくなってきていると、自分では思っています(笑)。

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