アニメ&ゲーム カテゴリ
ORICON NEWS

同業漫画家から見た『鬼滅の刃』以降のトレンド ”省略の美”から”少女漫画的な共感性”を重視

「オリコン年間BOOKランキング2021」のコミックランキングTOP3 鬼滅の刃関連作品が1・2位を独占

「オリコン年間BOOKランキング2021」のコミックランキングTOP3 鬼滅の刃関連作品が1・2位を独占

 先日『鬼滅の刃』遊郭編の放送がスタート。ツイッターでは放送20分で世界トレンド1位になり、「開始早々泣ける」「もう涙が止まらない」などと反響を集めた。原作のコミックは、『第14回オリコン年間“本”ランキング2021』で2年連続年間コミック1位を獲得。最終巻は「年間コミックランキング」史上初の最高期間内売上となる517.1万部を売り上げ(※)、上半期同ランキングに続いて1位に輝く快挙。あらためて同作が人気を獲得し続けている理由とは? 『プロが語る胸アツ「神」漫画1970-2020』(インターナショナル新書)の著者・きたがわ翔氏に話を聞いた。

努力の過程が“しつこく描かれない” 現代漫画の新たな潮流

『プロが語る胸アツ「神」漫画2017-2020』(インターナショナル新書)

『プロが語る胸アツ「神」漫画2017-2020』(インターナショナル新書)

著者は『19<NINETEEN>』『B.B.フィッシュ』『ホットマン』(すべて集英社)などの作品でおなじみのきたがわ翔氏。きたがわ氏の特異な点は、「漫画愛」の深さもさることながら、1970年代から現在まで約50年という歴史と、少年漫画・少女漫画いずれもカバーする幅広さと、その両面においてプロの視点から分析しているところにある
 『鬼滅の刃』がヒットした理由は、「老若男女すべてを引き込む要素があったことです」ときたがわ翔氏。少年漫画と少女漫画の両方の良いところをおさえていたり、大人も子どもも共感できる視点があったりと、作品のバランスが非常に優れているのだという。

「まず少年漫画的な要素でいえば、作者の吾峠呼世晴先生は『ジョジョの奇妙な冒険』(荒木飛呂彦・著)から影響を受けているように僕には感じられます。バトルシーンがあり、鬼舞辻無惨というキャラクターがある種、『ジョジョ〜』の悪役ディオ・ブランドー的な役割を持っているところに共通性があるように思えるのです。なおかつ、鬼が死んでいくとき、過去の人生を思い出して回想しながら息絶えていくところにセンチメンタリズムがある。そうした部分には、大人も共感できるんですよね。

 一方で、少女漫画を読む読者にとってもわかりやすい内容になっています。例えばバトルシーンで『〇〇の呼吸!』と名前を叫ぶけれど、特にどういう技なのかの説明はありません。僕の経験から言わせてもらうと、読者の中には『物理的な説明は必要ない』と感じる方も多いので、そうした部分も読みやすさに繋がっているのだと思います」

 さらに、きたがわ氏が指摘するのは、「努力の過程をあまり描かないこと」。

「炭治郎が急激に強くなるんですが、努力の過程が描かれることはほとんどありません。でも、それが今の漫画の流行りなんだと思います。

 努力や修行するシーンは、読んでいても盛り上がりに欠ける部分があります。だから、読者が最初から気分よく読めるように、主人公は努力によって何かを得るのではなく、“最初から素質を持っている”ようにする。そして、『その能力をいつ発動するのか』という過程を描いていくんです。今のスマホに慣れきった世代は、できればすぐに答えや結果を知りたいというマインドが強いのではないでしょうか。そうした層にも読んでもらうためなのか、努力の過程をすっ飛ばして物語が進んでいく。言ってみれば、起承転結ではなく、『起結』『起結』の繰り返しみたいなものですね」

かつて尊ばれた「省略の美」から「丁寧に説明してほしいマインド」へ

 そして、もう一つ大きなポイントは作品が「少女漫画的要素」を含んでいること。例えば、主人公の炭治郎が、ひたすらモノローグ(独白)として自身の気持ちを語るような描き方は、少女漫画でよく見られる手法だという。

「少年漫画の場合、基本的に主人公の心理はそれほど語られません。勝つにしろ敗れるにしろ、戦う姿を見せることで登場人物の心情を伝えていきます。でも、少女漫画は勝ち負けよりも、『この人は、今どういう気持ちなのか』など、主人公や登場人物への“共感性”を重視した作品が多いのです。炭治郎がひたすら禰豆子のためを思って行動したり、死んでいく鬼を可哀想に思ったりする心理描写は、少女漫画的な“共感性”の高い部分と言えます。

 劇場版『鬼滅の刃』無限列車編でも、煉獄さんが最後にたくさん語るじゃないですか。僕個人からすると、『そこまで説明しなくてもいいのでは』と思いますが(笑)、今の時代は逆にあれじゃないと多分ダメなんですね。僕らの世代の漫画の作り方とはまったく違う。後ろ姿でうつむいて、悲しみを表現……だと今の読者には伝わらないのでしょう。現代の読者は、とにかく『その人物が抱いている気持ちを、丁寧に説明してほしい』と思っているように感じます。そして、『読んですぐに理解できる』ことも大事になってきました。だから、描かれた絵やセリフ以上のことを読者に想像してもらうという描き方が、今は難しい時代になってきています」

 かつて漫画の世界では、「省略の美」が尊ばれる傾向もあった。しかし、今は「一瞬にして状況を理解できる」ほど説明を費やすことが重要だという。『鬼滅の刃』はそうした部分を、非常にバランスよく描いていると、きたがわ氏は語る。

「『鬼滅の刃』は、バトルのテンポのよさや心理描写の丁寧さなど、少年漫画と少女漫画のいいところを、うまくミックスしていると思います。心理描写の量も過不足なく、バトルのスピード感も絶妙です。そこが老若男女に愛される秘訣なのでしょう」

“嫌な人という存在を認めたくない” 作品の世界観と世間の風潮

 加えて、『鬼滅の刃』のもう一つの魅力として語られる“敵の描き方”にも、時代性が表れているときたがわ氏は読む。

「昔は、ヒール役はとことん嫌なやつで、改心もしませんでした。ところが、今はヒールにも何かしらの理由をつけて『じつは、いいところもあった』という見え方にしている漫画が多い。お笑いの世界でも『誰も傷つかない笑い』がヒットしましたし、ドラマでも誰も嫌な人が出てこない平和な世界を描いた作品がウケています。他ジャンルにも言える傾向ですね。“嫌な人という存在を認めたくない”とか“皆で仲よくしよう”“人を傷つけたくない”というメッセージ性は各作品から最近強く感じます。

 ただ、僕はそれが色濃く出てくることへの危惧も感じています。なぜなら、現実世界ではどうしても自分と合わない人っていますから。『嫌だったら離れてもいいよ』というメッセージを発信することも重要だと考えています」

 今は「漫画に求められるものが、多様化してきた」ときたがわ氏。

「雑誌で読む漫画とスマホで読む漫画も違いますし、自分が求めている用途によって漫画を読み分けていい時代です。昔の漫画雑誌には、『幕の内弁当』みたいな趣きがありました。一つの雑誌にスポーツ漫画や格闘漫画、恋愛漫画やホラー漫画など、いろんなジャンルの作品が載っていたのですが、今はみんな自分の好きなものしか読まない傾向にあると思うんですよ。様々なジャンルのものを読むよりも、同じような漫画を数多く読んでいく傾向がある。音楽のアルバムを聴くより、好きな曲だけをダウンロードして聴くのに近いですね。そういう楽しみ方ができるほど、コンテンツが増えているということではないでしょうか」

【※1】「オリコン年間“本”ランキング コミックランキング」は、2008年度よりスタート

(取材・文 田幸和歌子)

『プロが語る胸アツ「神」漫画2017-2020』(インターナショナル新書)

 「日本一漫画に詳しい漫画家」との呼び声も高い著者が、漫画界に革命を起こした作家たちの作品とその表現方法を解説。
「あの名作漫画のルーツはどこにあるのか」「萩尾望都『半神』が“神作品”である理由」「『鬼滅の刃』大ヒットの秘密」など、漫画を知り尽くした著者が、1970年代から2020年にかけての作品を分析しながら、「漫画表現の歴史」を論じる。水島新司、井上雄彦、萩尾望都、鴨川つばめ、さらに吾峠呼世晴の作品を「構造」から読み解く。
著者描き下ろしの漫画・イラストも掲載!
タグ

あなたにおすすめの記事

 を検索