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東日本大震災で作品大破も「やっぱり“ガンプラ沼”から抜け出せない」 本格復帰し紡いだ、サビ朽ちたズゴックと老人の物語
愛着ある作品ゆえ、なくなったことに絶望し、ガンプラから離れることに
しいしい私は、ガンプラに2度ハマっています。1度目は小学6年生から高校3年生まで。お小遣いとお年玉のほとんどをガンプラに使っていました。
当たり前ですが、プラモデルはフィギュアなどとは異なり自分で作らないといけません。小学校低学年で初めてプラモデルを買った時は、完成品が既に入っているものだと思っていたので、「自分で作るのか」と思いました。でも作り上げたときの気持ちは何とも言えない感動がありました。この達成感は言葉にならず、また、組み立てに時間をかけた分、愛着もわき、プラモデルにハマっていきました。ところが…。
――ところが?
しいしい東日本大震災の被害を受け、今まで作ったガンプラのほとんどが大破しました。今までコツコツと作ってきたものが全てなくなったことに絶望し、大学生時代は一切ガンプラを作らなくなりました。
――なんと…。喪失感に苛まれたんですね。
しいしいええ。その後社会人になり、2年くらい前に後輩から「ガンプラを一緒に作りませんか?」と誘われたのをきっかけにまた本格的にガンプラをつくるようになりました。
以前は素組に墨入れという簡単フィニッシュで満足していましたが、ウェザリングやダメージ加工という現実感を表現する技法があることを知り、“ガンプラ沼”から抜け出せなくなりました(笑)。
しいしい『MG ズゴック』を素組した時に、フッと思い浮かびました。ウェザリングのなかでも錆の表現は今までやったことがなかったので、やってみようと思ったことがきっかけですね。去年の7月頃から少しずつやり始め、4月の半ばにようやく完成しました。
どちらが欠けても意味がない、人とモビルスーツの関係性を表現
しいしい「ジャブロー攻略作戦」において、量産型ズゴックに搭乗し、出撃した若きパイロットがいました。彼は善戦するも、想像以上に激しい連邦軍の攻撃を受け、命からがら脱出。ズゴックは大破してしまいます。パイロットはその後、軍へ戻ることなく地球で静かに暮らすことになります。
それから70年余り、時はザンスカール帝国の時代。帝国は巨大ローラー作戦を実施。その対象地域は、彼が軍を抜けて以降、暮らしてきた街も含まれていました。
――アニメ『機動戦士Vガンダム』で描かれた、地球の建造物を踏みつぶし住人を虐殺する「地球クリーン作戦」ですね。
しいしいはい。再び死の恐怖を感じた彼は、ズゴックで戦っていた当時を思い出します。「ジャブローに置いてきたあのズゴックはどうなっただろうか…」。気が付くと彼はジオン軍の軍旗を手に取り、街を出ていました。
わずかな記憶を頼りに置いてきたズゴックを探しますが、老体でジャングルを進むことは、予想以上に困難を極めました。ジャブローに入ってから数週間が経過し、食料なども底を付き、もはや気力だけでズゴックを探します。そんな時に、ようやく彼は朽ち果てた愛機に出会います。最後の気力を振りしぼりながら、ズゴックの上に乗る。そして、彼はズゴックに寄り添い、これまでの人生を語りかけ、最期を迎えました。
しいしい無人で動くロボットなどもありますが、ガンダム作品に登場するモビルスーツ(MS)のほとんどは人が操縦しています。人とMSの関係性、どちらかが欠けしまうと何もできない、意味のないものになってしまう。そんな切っても切り離せない関係性を表現したく、この老人を置きました。
――こういった作品を見ると、ガンダムで描かれる戦争のその後と、終戦から70余年が過ぎた現実の日本を、兵器(ズゴック)を通じて重ね合わせることもできるような気もします。
しいしいそうですね…。サビや朽ちた感じを表現するために、現実世界で実際に放置されている戦闘機や戦艦の残骸を参考にしました。第二次世界大戦終戦から70年余り、このジオラマも、一年戦争から約70年後の世界をイメージしています。普段は、戦争やその歴史についてそこまで考えていませんでしたが、ジオラマを作るにあたって深く考えさせられました。
しいしいガンプラは当然プラスチックでできていますが、そこに金属感をもたせることで、現実感を出すということに気を遣っています。初めて私の作品を見た誰かが「これプラスチックなの?」って言ってもらえたらこんなに嬉しいことはありません。
――しいしいさんにとって「ガンプラ」とは?
しいしい切っても切り離せないものですね。一度は切り離してしまいましたが、結局またガンプラの魅力に取りつかれました。今になって思うと、一度離れてみる時間も必要だったのかなと思います。今ではガンプラと出会っていなかった人生なんて考えられないと思えるくらいガンプラが大好きです。