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公正取引委員会はなぜ芸能界に斬り込んだのか? “芸能改革元年”の変化と課題

  • 闇営業問題で会見を開いた(左から)宮迫博之、田村亮 (C)ORICON NewS inc.

    闇営業問題で会見を開いた(左から)宮迫博之、田村亮 (C)ORICON NewS inc.

 様々な問題が勃発した2019年の芸能界。なかでも、公正取引委員会が大手芸能事務所に対して注意や指摘を行ったことは、世間の耳目を集めた。これまで、芸能界に対してあまり積極的には見えなかった公取委が、なぜ動き始めたのか? また、2020年に解決すべき芸能界の問題とは? 『芸能人の権利を守る 日本エンターテイナーライツ協会』の発起人であり、様々な情報番組でコメンテーターとしても活躍する佐藤大和弁護士に話を聞いた。

経済界、法曹界、国民から「日本の芸能界はおかしいんじゃないか?」の声

  • 『芸能人の権利を守る 日本エンターテイナーライツ協会』発起人、佐藤大和弁護士

    『芸能人の権利を守る 日本エンターテイナーライツ協会』発起人、佐藤大和弁護士

 2019年7月、NHKであるニュース速報が流れ、騒然となった。「元SMAP3人のTV出演に圧力の疑い」として、公正取引委員会が元所属事務所に注意を行ったというものだ。元SMAP3人とは、現・新しい地図の稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾のこと。3人の地上波テレビの出演が少なく、出演していた番組がなくなっていくことに、視聴者をはじめ多くの人々が疑問を持っていた。

 「報道があったことで、ジャニーズ事務所が圧力をかけたと誤解する人もいるかもしれませんが、『注意』ということは、調査して圧力など違反行為の証拠はなかったという結論。ですが、このままであれば将来的に独占禁止法違反につながるおそれがあるということで、未然に防止するために緩やかな『注意』が示されたというわけです」(佐藤大和弁護士/以下同)

 また7月には、闇営業問題に揺れる吉本興業について、公取委の事務総長が指摘。同社が所属タレントと契約書を交わしていないことについて、「競争政策の観点から問題がある」と述べた。

 「契約書がないことが即、独占禁止法違反になるということではありません。契約書がない場合、仕事内容、報酬や権利関係が不明確になり、また事務所側が処分する際の“基準”がないというのも問題。今回、独占禁止法上問題になる行為を誘発する原因になり得るとして、契約書が必要という指摘が行われたんです」

 さらに8月、公取委は芸能分野の契約・取引などについて具体例を提示、11月には見解をまとめた。芸能事務所を辞めたタレントの芸能活動を禁止・制限すること(『競業避止義務』)は、独禁法違反にあたるため原則禁止、という内容だ。

 このように、公取委が次々に芸能界の問題に切り込んだ2019年。なぜここまで活発な動きが出てきたのだろうか?

 「ここ数年、有名芸能人の移籍、芸名の帰属や圧力問題など、芸能業界に関する問題が注目され、同時に芸能人たちの権利について注目されるようになりました。そういったなか、日本の経済界、法曹界、そして国民からも『日本の芸能界はおかしいんじゃないか?』という声が挙がってくるようになり、公取委もその流れに反応したのではないでしょうか。2019年は、公正取引委員会が実際に芸能事務所に対して、公正かつ自由な競争を意識、浸透しなければならないということを示した“芸能改革元年”になったと思っています」

契約書が作られても「事務所が理不尽で不当な契約内容を押し付ける」ケースも

 公取委が大手芸能事務所に対して働きかけを行ったことで、芸能界全体に影響が波及し、改善に向かっているようにも見える。だが、こと契約書一つをとってみても、問題はそれほど単純ではない。契約書が作られ、タレントの権利関係を確定することはできても、その契約書が「対等で公平な契約書かどうか」が問題。実際、佐藤弁護士のもとにも多くの芸能人が相談に訪れているという。

 「吉本興業さんの契約書問題以降、各事務所が新しく契約書を作り始めたのですが、事務所側に有利な契約書が多く、新しい問題が生じています。『優越的地位の濫用』と言い、強い立場である事務所側が、理不尽で不当な契約内容や不利益を押し付けるという別な問題が生じてきているのです。ほかにも、契約書に定めがないにもかかわらず、芸能人の報酬を事務所側が不当に中抜きするケースも問題になっています」

 また、11月に見解がまとめられた『競業避止義務』の原則禁止についてもそうだ。報道によると業界団体側に伝えられはしたものの、実は芸能人側に周知されていないのだという。

 「業界団体『日本音楽事業者協会』は、タレントが独立や移籍をする場合、事務所側の判断で契約期間の延長をできるとした規定を制限し、『移籍金制度』を導入するなど、契約書の見直しを行いました。ですが、移籍金制度は、透明性、公平性のある制度作りが求められる。『移籍金が高額だから芸能事務所をやめられない』といった、次のトラブルにつながりかねないので、検討していかなければならないテーマだと思っています」

独立や移籍後、芸名やSNS・YouTubeアカウントはどこに帰属するのか?

 2020年以降、『移籍金制度』が実行されたとしても、そこで勃発しそうな問題もある。それが、のんの移籍騒動でも表面化した『芸名の帰属』に関する問題だ。従来、芸能界では「本名は本人に帰属するが、芸名は事務所側に帰属する」との見解がなされている。

 「私としては、芸名を事務所側に帰属させる正当な理由は一切ないと考えています。のんさんを例に出せば、事務所が『能年玲奈』の名を持っていたとしても、基本的には新たなビジネスを展開することはできない。ましてや芸名は、芸能人の努力とファンが培ってきた財産です。現在、裁判でアーティストグループ名の帰属について争っていますが、公正かつ自由な競争をするためにも、芸名は本人に帰属させるべきだと、訴えていきたいと思います」

 帰属といえば、SNSやYouTubeのアカウントが、タレント側と事務所側、どちらに帰属するかというのも、インターネット社会ならではの問題だ。

 「タレントが独立や移籍をする場合、アカウントを渡さないことや自由にさせないことも、事務所がタレントの退所、つまり移籍、独立を思いとどまらせるための一つの手段になってしまっています。フォロワーは事務所ではなく芸能人についている。にも関わらず、アカウントを渡さないケースや閉鎖を求めてくるケースが増えているんです。アカウントも芸能人に帰属させるべきです。芸能人の知的財産についても、現状では無条件で事務所側に帰属する契約になっていることが多いですが、これも正当な対価が必要でしょう」

事務所と芸能人は、対立ではなく“協働”すべき

 このように、芸能人の権利を守るために今後改善すべき問題は多々あり、エンタテインメントの立法が待たれる。とはいえ、佐藤弁護士は「事務所と芸能人が対立するのではなく、『協働』が必要」だと語る。

 「事務所側が改善すべき問題点を挙げてきましたが、もちろん芸能人側にも、権利があれば義務もある。これまで日本の芸能界を支えてきた芸能事務所が、潰れてしまっては元も子もないんです。大切なのは、対立ではなく『協働』。そして、事務所は契約でタレントを縛るのではなく、マネジメント、育成など、自らが持つ魅力で“惹”きとめるべきだと考えます」

 「2019年は薬物問題等もありました。コンプライアンスの徹底はもちろん必要ですが、この裏には、芸能人の精神的な過重労働やハラスメントの問題も隠れています。ストレスケアができていないと、薬物に逃げる人が後を絶たない。そういった面も今後考えていくべきでしょう」

 様々な問題が勃発し、公取委も動いた2019年の芸能界。2020年以降も、まだまだ問題は山積していると言えるだろう。そんな中で、我々いち視聴者ができることはなんだろうか?

 「まずは声を上げ、議論を深めることです。そうすることが、若い世代が夢を見られて、世界に誇れる日本のエンタテインメントを作る一歩になるのではないでしょうか」

 改革元年となった2019年。2020年のエンタメ界に期待だ。

(文:衣輪晋一)

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