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官公庁からテレビ、YouTubeまで…始動から10年、 フリー素材『いらすとや』が変えたイラストレーターの概念

 ここ数年、日本では動画コンテンツの飛躍が著しいが、そんなコンテンツを下支えしているのが、フリーのイラスト素材を提供する『いらすとや』。温かみのある画風のイラストが無料で使用できる(規約あり)とあって、ネットユーザーから、テレビ、雑誌、広告のクリエーターまでこぞって同イラストを使用。東京都のコロナ対策のボードをはじめ、官公庁の資料などにも使われている。なぜここまで幅広く、愛されているのか? また、『いらすとや』が変えたイラストレーターの概念とは?

「無料」「編集・加工OK」使い勝手の良さで誰もが一度は見たイラストに

『いらすとや』がスタートしたのは、今から10年前の2012年1月31日。節分用に公開した太い眉毛で笑うかわいい赤鬼のイラストを皮切りに、管理人でイラストレーターのみふねたかし氏は、昨年1月まで毎日、地道に新規のイラストを公開。季節やイベント、動物など多ジャンルにわたり、累計では2万5000点以上(2021年1月末まで)のイラストを無料で公開し続けてきた。

 そんな『いらすとや』のイラストは、今や我々の生活のいたるところで目にすることができる。テレビの情報番組、雑誌や広告をはじめ、例えば一昨年4月に小池百合子都知事が記者会見で掲げたコロナ対策〈人との接触を8割減らす10のポイント〉のボードのような官公庁の資料、YouTube、TikTokなどの動画サイトまで、個人、企業にかかわらず広く使われている。無料で使用できるイラスト素材のサイトは、以前からあったにもかかわらず、『いらすとや』はなぜここまで支持を集めているのか。

 その一番の要因は、当然ながら「フリー」であること。しかも『いらすとや』のフリーは「無料」であることにとどまらず、その使用法にまで及ぶ。著作権はみふね氏が所有しており、イラスト自体の販売や、公序良俗に反する使い方を禁止してはいるものの、利用規約はごく一般的で、それを守れば個人だけでなく、法人、商用・非商用問わず、20点まで無料で利用可能。加えて規約の範囲内で編集・加工もOKなので、自分の意図に沿うようアレンジもできる。この自由度の高さこそ、さまざまなクリエーターが集まる要因の1つと言えるだろう。実際、『いらすとや』が更新されたことを知らせてくれるツイッターには、フォロワーが22.1万人、インスタグラムにも12.3万人おり、その人気を表している。

「マネーロンダリング」に「中二病」…どんなシチュエーションにも対応、驚きの汎用性

 前述と併せて支持を集める大きな要因になっているのが、イラストの「バリエーション」の豊かさだ。同じ題材でも、老若男女さまざまな人物で描いたイラストが用意され、同じ女性でも、正面、背中など、さまざまな角度から描いたものや、喜怒哀楽を表した表情の違うものなど、実にバリエーションが豊富。また人物や動物などは、キャラが強すぎず、ごく平凡なほのぼのとした表情で、同じイラストでも使い方によってさまざまな表現を可能にしてくれる点も見逃せない。例えば寝そべってスマホをいじっている女性のイラストは、怠惰な生活をしているようにも、自分だけの楽しい時間を過ごしているようにも見える。感情を押し付けず、見ている人の気持ちに添った表情に見えるのが、『いらすとや』の作風ともいえるだろう。

 その汎用性の高さとともに「種類」の多さも魅力のひとつ。「まさかこんなイラストはないだろう」と思って検索すると、たいていのシチュエーションのイラストが出てくる。例えば、「マネーロンダリング」として、男性が洗濯機でお札を洗いそれを干している様子をイラスト化。手の甲に六芒星を描き、魔法陣の上で怪しくにらむ「中二病」など、イラストにしにくい言葉も、一目見ればそれだと分かるよう、巧みに表現されている。これら以外にも、無機質なものからブラックジョーク的なものまで実に豊富。「難しいテーマでもここにくれば、必ず使えるものが見つかる」とユーザーに期待感を抱かせることが、同サイトに何度も足を運ばせる要因につながっているといえるだろう。

 さらに『いらすとや』のイラストは全てみふね氏によって描かれているため、テイストが同じであることも見逃せない。他のフリー素材サイトでは、イラストを描く人が複数で、絵のテイストが揃わない“寄せ集め”感が強いものが多い中、制作するページや動画の統一性が図れることは、ユーザーにとって大きな魅力といえるからだ。

 昨年1月をもって毎日更新を止めているものの、時事ネタなどにも対応。「令和」と書かれた額縁を持ったおじさんや、コロナ禍でのマスクをした人物のイラストを更新するなど、ニュース性に富み、今世間が求めているイラストがすぐに登場するのも人気の要因といえるだろう。

“作家名”で売ることが当たり前だったアート業界に革新

 このように、動画制作者やブロガー、デザイナーなど、クリエーターの仕事を下支えしてきた『いらすとや』だが、そのビジネス手法でも、これまでとは違ったやり方をとり、イラストレーター、ひいてはアート業界の概念を覆し、大きな革新ももたらしている。そのひとつが「作家名」で作品を売らないことだ。

 従来、イラストレーターは作品が世に出ていくに従って、その作風と作家の知名度が高まり、それによってさらにイラストの需要(依頼)が増えるというサイクルが一般的だった。そのため、多くのイラストレーターはさまざまな媒体で実績を積み重ねて、その作風とともに“名前を売る”ことが必要だった。

 例えば、海やプールなど「水」のある情景を描くことが得意なグラフィックデザイナーの永井博氏は、大瀧詠一の大ヒットアルバム『A LONG VACATION』のジャケットを手掛けたことでその作風が多くの人に知られ、独自の地位を築いた。
 タバコの『ハイライト』のパッケージや『週刊文春』(文藝春秋)を手がけた和田誠氏、雑誌や広告シーンで色鮮やかに男女のシーンを描いてきたわたせせいぞう氏らも、その作風で一世を風靡。作風が作家名と直接結びつき、一時代を築いた。

『いらすとや』は知っていても作者名は知らない…「使えるイラスト」が最優先

 このように、イラストレーターとして一躍名を馳せ、一世を風靡したイラストは、今も多くの人に知られる一方、「時代を象徴する作品」としての認識が強く、近年回顧主義からのリバイバルブームがあるなかでも、ある種の経年劣化感を感じてしまう側面もある。

 一方、『いらすとや』はというと、『いらすとや』の看板は知られていても、そのデザインを手掛けているイラストレーターがみふねたかし氏であることは、多くの人が知らない。『いらすとや』のイラストを使用する人にとっては、作者が誰であるかは関係ない。イラスト自体で一世を風靡したリ、時代を代表する作品がなくても、今、自分が制作するブログや動画、広告なりにぴったりとハマる、“使えるイラスト”があるかどうかが問題なのだ。同氏も自らの名前を売ることで作品の価値を高めようという考えがないのだろうか、積極的に表に出ることをせず、取材に関しても、公式HPに「苦手なのでお断りをしております。本当に申し訳ありません」と受けない姿勢を貫く。

 ではどうしてビジネスを成立させているのか。『いらすとや』はフリー素材のサイトなので、当然イラストの対価として金額を求めていない。そのかわり、需要がありそうなイラストをアップし、ユーザーを集めることで、サイトの価値を上げ、Webサイト上のバナーや広告などの収入でビジネスを成立させているといえる。前述の通り、作風が統一されたイラストが大量にあり、他にはないシチュエーションの作品が見つかるかもしれないという期待感が、ユーザーをサイトに足を運ばせ、サイト自体の価値を上げる。作家の知名度でお客さんを呼び込んでいるわけではないのだ。

 活動開始から10年を迎え、今や『いらすとや』は多くの人に知られるようになった。その知名度の高まりから、近年は『ONE PIECE』や『呪術廻戦』といった話題作ともコラボ。『いらすとや』のLINEスタンプや、ぬいぐるみ、ゲームセンターの賞品からTシャツなどのコラボ商品までグッズも展開するなど、幅を広げている。

 個のやり取り中心だった従来のイラストレーターのビジネスモデルに対し、自身の名よりも、多数のユーザーの使い勝手を優先した形で新たなビジネスモデルを構築。イラストレーターの概念に革新をもたらした『いらすとや』の躍進は、これからもまだまだ続きそうだ。

文/河上いつ子

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