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鴨川シーワールド、海獣シャチと歩んだ半世紀 国内初の繁殖成功の裏で乗り越えた“死”

 今月1日で開業51年を迎えた千葉県の鴨川シーワールド。1970年のオープン当初より、日本で初めてシャチのショーを公開。1998年には国内で初めて、非常に難しいと言われるシャチの出産も成功させた。観客がずぶ濡れになるダイナミックなシャチの水かけも今ではお馴染みだが、初めて尽くしだったシャチの飼育や調教には知られざる苦労も。勝俣浩館長にこれまでの歩みを聞いた。

日本初の調教に、当初は飼育員も戦々恐々…! “退屈嫌い”なシャチのトレーニング法とは

 鴨川シーワールドの目玉であるシャチショーが始まったのは、開園と時を同じくした1970年。アメリカでの視察で見たシャチショーに刺激を受け、シアトルから2頭のシャチを飛行機で運び、飼育をスタートさせた。しかし、当初は飼育員にも獰猛の印象があり、受入れの際は恐る恐る作業を行ったという。

「いくら大丈夫と言われても、頭の片隅には『食べられてしまうのでは!?』という思いもあって、当時はかなり緊張感があったようです。シャチが動き出すと、散り散りに逃げたり(笑)。輸送中のシャチは人間で言うとずっと正座をしているような状態だったので心配もありましたが、プールに放すとすぐに泳ぎ出すほど元気だったと聞いています」(勝俣館長、以下同氏)
 イルカと比べると天敵が少ないため、その大胆さをうまく扱うのが難しいシャチ。体が大きいだけに、採血も一苦労だった。

「通常3日後、1週間後、1ヵ月後と、新しいところに来てすぐの時は、健康管理のために尾ひれの血管から採血をして検査をします。身体を抑えるのにイルカであれば4〜5人で十分ですが、若くて元気なシャチを抑えるのは相当大変だったと思います」

 日本でも有数のイルカ研究者だった初代館長の鳥羽山照夫博士は、豊富な知識を元に飼育員を指導。国内初で手探りながらトレーニングを進め、1ヵ月ほどで形にした。
「シャチは好奇心旺盛で、前向きにトレーニングに参加してくれるんです。イルカやアシカも同様ですが集中力は長く続かないので、飽きずに応じてくれるように、工夫しながら進めます」

 イルカは小道具をいきなり見せると驚いて警戒されてしまう繊細さがあるが、シャチは大胆な面もあるのでトレーニングは進めやすい。水中で遊びながらトレーニングをしていくが、人のことをよく観察しているだけに難しい部分もあるという。
「シャチは退屈でつまらないことを嫌います。こちらが手を抜いて同じことばかりすると見抜かれてそっぽを向かれるので、手を変え品を変え、面白がらせるように工夫するよう心掛けています。ショーでは、種目の順番やトレーナー、BGMなども変え、ご褒美もエサだけではなく身体を撫でたりと、様々な方法を用いています」

 毎日の日課は、8:00〜18:00の間にショー、トレーニング、運動、遊び、自由時間が繰り返されるが、その時間割も日々変化させて、シャチを飽きさせないように工夫しているのだ。

喜びの裏にあったいくつもの深い悲しみ…「出産後も祈る思いで24時間つきっきり」

 初代のシャチ“ジャンボ”と“チャッピー”に続き、その後3代のシャチを迎えたが、オープン当時、長く飼育することは難しかった。1995年には、“マギー”が日本で初めて交尾から出産までを成功させたが、30分後に赤ちゃんが死んでしまう。また、1997年には“マギー”が流産ののち、死亡。スタッフは深い悲しみに暮れながらも、その時の経験をもとに、その直後の1998年にようやく“ステラ”の出産と、その後の赤ちゃんの育成に成功する。

「シャチは妊娠期間が1年半、赤ちゃんも体長2メートルほどで150キログラムあります。マギーの出産を経験していても、その時に何が起きていて、何が必要かを試行錯誤しながら対応していました。ステラは無事出産したものの、母乳をあげるようになるまでに2日間かかり、飼育員が交代で、24時間つきっきりで見守っていました」
 前回の悲しい経験があるだけに、生まれても安心はできなかったという勝俣さん。とは言え、子育ては人間が手出しできるものではなく母親に任せるしかないため、「なんとかがんばってくれ」と、神頼みのような思いだったそうだ。

「生まれたから大喜びというわけにはいかず、ずっと不安でした。いつ“もう大丈夫”と思えたかは覚えていませんが、毎日ただひたすら世話をしていたら、いつの間にかしっかり育ってくれたという感覚です」
 国内でも初の試みだったため、海外の情報も集め、懸命に飼育を行った同園。その後“ステラ”は何度も出産を経験し、現在飼育されている“ラビー”や“ララ”、“ラン”など多くの子どもを誕生させた。その後、順調に数が増えたため、2011年には名古屋港水族館に群れを分けて飼育を開始。現在、日本の水族館にいるシャチは、鴨川シーワールドと名古屋港水族館のみであるため、全て血縁関係のある個体となっている。

目玉パフォーマンス“水かけ”は当初なかった シャチとともに50年変化し続けてきたショー

 日本導入以来、鴨川シーワールドの象徴として欠かせない存在となったシャチ。獰猛なイメージもあるが、行動をよく見て危険な行為をしたりしなければ、シャチから意図的に襲ってくることはないそうだ。とはいえ、体が大きく頑強なため、普段の行動様式を理解し、壁とシャチの間に入らないようにするなど、細心の注意を払いながら、事故を未然に防いでいる。

 開園当時に試行錯誤しながら作り上げたショーも、年々変化。ダイナミックなジャンプで観客に水がかかる演出は、今から10年ほど前にスタートした。

「30年ほど前は、お正月休みなどに着物で来られる方もいらっしゃったため、水がかからないように配慮していました。しかし、ショーの内容は常に変えていて、その中で、暑い夏は水がかかってもいいのではないかということで、始めるようになりました」

 勝俣さんを始め、飼育員にとって、シャチをはじめとする水族館の生物は、いわば大切な“仕事仲間”。そこで暮らす生き物たちが充実した時間を長く過ごせるようお手伝いしている感覚だという。

「狭いところでは本来の行動を見せない」、「虐待を受けている」といった誤った情報や様々な反対意見に対し、胸を張って飼育していると言えることが大切だと勝俣さんは語る。現に、日本初のシャチの飼育、繁殖に成功したことで、多くの人がその生態や魅力を知り得たことを考えれば、功績は大きいだろう。

 水族館を支持してくれている多くの来園者への感謝と共に、今後も魅力を伝え続けたいと語る勝俣さんの言葉からは、深い愛情と強い意志が感じられた。半世紀以上にも渡って人気を保っているのは、常に生物たちを見守り、新たなチャレンジをし続けた飼育員たちの努力があってこそだ。

 コロナ禍で厳しい状況が続く中、改めて「命」について考える機会があった人は少なくないだろう。各地で水族館閉鎖が相次ぐ中、太平洋に面した恵まれた立地を生かし、シャチを始めとする多くの生物の展示してきた鴨川シーワールド。これからも今まで築き上げてきた生き物たちとの信頼を守りつつ、新たな魅力を伝え続けてくれるに違いない。
(取材・文=辻内史佳)

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