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綾野剛とカメラが歩んだ12年間 いつも「撮られる」俳優が「撮ること」に込めた意味

この記事は、LINE初の総合エンタメメディア「Fanthology!」とオリコンNewSの共同企画です。
⇒この記事をオリジナルページで読む(8月30日掲載)

綾野剛

俳優として数々の作品で、極限までキャラクターと向き合った表現を見せる綾野剛さん。そんな綾野さんが12年前から月刊誌『+act.(プラスアクト)』で続けてきた連載『牙を抜かれた男達が化粧をする時代』が書籍化されました。ある瞬間、綾野さんが刹那的に感じたものが、言葉と写真でつづられた本作。俳優として「撮られること」を生業にしてきた綾野さんにとって、「撮ること」はどんな意味を持つ“行為”なのでしょうか――。率直な胸の内を伺いました。

撮影:KOBA 取材・文:磯部正和
ヘアメイク:石邑麻由 スタイリスト:申谷弘美
衣装:ジャケット ¥334,400 パンツ ¥239,800/以上全て アン ドゥムルメステール

「撮ること」は「精神安定剤」だった

――『牙を抜かれた男達が化粧をする時代』は、綾野さんが撮った写真でつづられた作品です。もとになる連載が開始されたのは12年前ですが、「撮ること」を通じてなにを表現しようとしていたのでしょうか?
初めは精神安定剤のような、当時はその行為が俳優として生きながらえている気分だったのだと思います。自分が役者として生きている世界というのは、どこまでもがフィクション。そんな非現実的な世界を切り取って、それを加工して、自分の見たい世界に変えていく作業と安心感の獲得として、写真を撮っていたのでしょう。その意味で、カメラとの向き合い方が、正しいものであったかどうかを答えることは、非常に難解です。

人物が出てこない写真というのも、そんな自分の鋭利な感情ぶつけたくないという思いだったのかもしれません。そもそも、人を撮る勇気がなかったのでしょう。
――そういった動機や心情は、変化していったのでしょうか?
より人や自分と向き合っていくようになり、人に対しても、ファインダーを覗いても、被写体に対して発見できる美しさや喜びみたいなものを感受できています。いまは人を撮りたい。人は面白い。

普段僕は撮っていただいている側なので、いままで仕事が続いてきたのは、僕の良いところをたくさん見つけてくださった方々が、諦めずに向き合ってくれていたおかげなのです。自分の持っている性分だけで立ち続けているとはとても思えません。いま撮るというのは、そういったことへの感謝も含まれています。

――シャッターを切ることに、快楽はありますか?
レンズを覗くという作業は、どこか五感に帰着するように思われがちなのですが。そういう感覚は僕にはありません。右目でファインダーを覗いているとき、僕は左目も開いているんです。やっぱり人は肉眼で見たい。ファインダーはあくまでピント合わせで、左目がシャッターのタイミングです。
――写真を撮るという行為は、作品を残すという物質的なものではなく、精神的なものが大きいということでしょうか?
連載を始めた当時は、ずっとカメラを持っていましたが、ここ何年かは、連載のために2か月に1回、シャッターを切るぐらいで、それ以外のときはカメラを持ち歩いていません。自然とカメラを持たなくなっていました。

もう一つ、カメラを持って歩くと、世の中すべてが被写体に見えてしまう。それは、僕の生理から外れてしまう行為に変化していきました。肉眼でしっかり見るということが大切であり、スポーツでも何でも、ライブで体感がより豊かです。

残酷だった、過去の自分と向き合う作業

――あらためて、2009年に始まった連載は、どんな経緯で始まったのでしょうか?
僕が当時撮っていた写真を『+act.』の船田編集長に見ていただいたみたいで、「連載を始めませんか?」という話を受けて開始しました。今以上に何者でもない当時の僕に。感謝です。

――そんな連載が長い歳月を経て一冊の本になりましたが、過去の自分と向き合うことへの気恥ずかしさや怖さはありませんでしたか?
残酷な作業ですし、もちろん羞恥心もあります。記憶も辿る時点で確かばかりではありません。だからこそ「証言」という形で、自分の過去と向き合うところに「解読」の言葉を入れているんです。でも、過去と向き合うというのは、読者の方も一緒で「この文章を読んだとき、こんな精神状況だった」と振り返る作業は、ある種、残酷だと思います。
――それでも本を出そうと思った理由は何ですか?
船田さんへのご恩返しと言ったらおこがましいですが、船田さん自身がやってきたことが一つ結実する物体的なものとして、この本があるなら、それはとても意義のあることだと思ったんです。本を作りたいとおっしゃっていただいたとき、僕には断る理由が見つかりませんでした。

とはいえ、僕は役者なので、本を出すというのはおこがましいなという思いはありました。だからこそ、どういう形で出すのがベストなのかは、船田さんとしっかりディスカッションしました。今回、本を作るということに向き合ってみると、あまりにも無知で、無力だなと思いつつ、真摯に向き合いぶつけたことを受け止めてくれたワニブックスの方々には頭が下がる思いしかありません。
――12年前の自分と向き合う作業というのは、いかがでしたか?
12年前の僕からしたら、いまの感性で、いろいろ語られ憶測されるなんて大きなお世話です。だから“解読”という形にしています。現在の自分が過去の自分を語ることはフィクションであり、その当時を生きている役をまとった綾野剛はノンフィクションの世界で生きている。手のつけようがないというのが、正直な思いです。

――『牙を抜かれた男たちが化粧する時代』というタイトルに込めた思いは何ですか?
連載が始まったとき、そういう時代と勝手に受け止めていたのでしょう。そのときの自分の立ち位置を明確にしたかったということだと思います。

撮っているものが「豊か」と信じることができるまで

――ところで、綾野さんのInstagramでは、共演したスタッフさんや俳優さんのお写真をモノクロでアップしています。そこにはどんな意図が?
いま自身が一番魅力的だと思えるクリエイションを提案しています。SNSをアウトプットする場だと捉えていないのです。あくまで作品として一方通行に伝えていくものとして、クオリティの高いものをどう届けていくかという思いです。ですが、SNSを始めたことで、もう一度「写真と向き合っている」という実感を与えていただきました。

――なるほど。
今回の本になった連載では、人を撮っていません。いまは人です。もちろん景色も力強いものですが、人の豊かさや愚かさにはかなわない。最近、雑誌『SWITCH』で発表させていただいた写真が、現在の自分の写真の体温です。もっと言えば、写真を撮ることの再スタートという位置づけになるかもしれません。
――写真を撮ることに対する、いろいろなお考えをお聞きしましたが、そんな綾野さんにとって「カメラ」とはどんな存在なのでしょうか?
結局はまだ自分を写す鏡になっている。

自分が撮られる場合、撮影現場ではカメラマンは恋人、照明部は自分の存在を照らしてくださり、録音部は呼吸だと思っています。でもまだ僕が撮る場合は、相手ではなく、自分が写っている。いま自分が撮っているものが、豊かだと信じることができるまで、もっと言えば“他者”を見つめ、撮り続けようと思っています。
プロフィール
綾野剛

1982年1月26日生まれ。岐阜県出身。2003年に『仮面ライダー555』で俳優としてデビュー。12年NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』、翌13年には同大河ドラマ『八重の桜』に出演。14年に主演した映画『そこのみにて光輝く』で、数多くの映画賞で主演男優賞を受賞。その後も映画やテレビドラマでさまざまな役を演じ、演技派俳優として活躍を続けている。今年4月には日本テレビ系水曜ドラマ『恋はDeepに』で石原さとみさんとW主演を務めた。
作品情報

『牙を抜かれた男達が化粧をする時代』(2021年8月30日発売)

『牙を抜かれた男達が化粧をする時代』(2021年8月30日発売)

月刊誌『+act.(プラスアクト)』にて綾野が撮りつづり続けてきた人気隔月連載『牙を抜かれた男達が化粧をする時代』が遂に単行本化。「その時の心情やコンディションが如実に表れている」と自身も評する連載内容を今あえて自ら振り返り、過去の自分と向き合う「証言(解読)」として新たに収録。心象風景を露わにしたアートブックのような1冊の中には、初めて見せる綾野剛の真髄がほとばしっている。表紙は気鋭の現代アーティスト・画家である佐野凜由輔氏が担い、この本のために描き下ろした綾野剛の肖像ZOOM「GO AYANO face」が本著を彩る。

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