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老朽化による解体危機…奇抜な建物以上に独特な生活スタイルがやみつきに 昭和の珍建築・中銀カプセルタワーが50年愛された理由

中銀カプセルタワーマンション(画像提供:Keeenさん)

中銀カプセルタワーマンション(画像提供:Keeenさん)

 日本を代表する建築家・黒川紀章が設計し、世界で初めて実用化されたカプセル型の集合住宅『中銀カプセルタワービル』。日本発の建築思想・メタボリズムが体現された貴重な建物で世界的に有名な観光資産でもあるが、3月22日、老朽化により建て替えを前提にした不動産業者への売却が決定した。現在、実際に稼働しているカプセルは140基中約30基。外観・内装は映画監督スタンリー・キューブリックらが描いた近未来の世界観そのものだが、同ビル保存・再生プロジェクト代表・前田達之氏によれば、「利用者は昭和のような長屋的、トキワ荘的生活をしている」と時空の交錯をほのめかす。同ビルの歴史や魅力、問題点などについて聞いてきた。

かつてはミニスカートを履いた“カプセルレディ”が常駐 ミニマリズム・ノマドの“予言的”建築物

 日本経済が飛躍的に成長を遂げていた1970年――開催された大阪万博で黒川紀章ら若手建築家がメタボリズム思想の体現であるカプセル住宅を発表した。メタボリズムとは、当時の日本の人口増加圧力と急速な更新、膨張に“有機的”に応えるもの。いわば都市・ビルなどの「新陳代謝」であり、要は取り外し可能なカプセルを老朽とともに次々と新しいカプセルに入れ替えれば、集合住宅の「新陳代謝」が行えるという発想。

 これは変化し続ける社会・家族・人間関係にも対応しており、例えば子どもが成長すれば、子ども用カプセル住居を取り外してカプセルごと子どもは巣立てる、引っ越ししたければカプセル住居ごと移動し、別の都市のタワーにカプセルを設置する──部屋ごと都市を移動・転居できる──という、“土地からの開放”をも謳った思想だ(カプセルの大きさはトラックに積み、日本の道路を走れる大きさに設定されている)。

 この思想建築を社会実装したのが銀座の一等地に建つ『中銀カプセルタワービル』。鳥の巣箱を積み重ねたような外観をしており、壁に机や電話、時計、テープレコーダーなど必要最低限の生活用品がコンパクトに設置・収納。真っ白な内装に大きな丸窓のある風景はどこか、キューブリックの映画『2001年宇宙の旅』の宇宙ステーションの一部屋を思わせる。

「住居、サラリーマンのセカンドハウス、事務所などの使い方をされていますが、そもそもビジネスカプセルですので、分かりやすく言えば分譲型のホテル」と前田氏。カプセル内にはキッチンも洗濯機置き場もなく、当時は、今で言うコンシェルジュが洗濯、掃除、食事の手配を行っていた。「また“カプセルレディ”という秘書サービスも過去にはあり、ミニスカートを履いた女性が9時〜17時で常駐。当時はワープロもPCもありませんからタイプライターを打ったり、コピーを取ったりとビジネスに特化したホテルとして使用されていました」(前田氏/以下同)

保存再生派と建て替え派が対立 有形文化財・世界遺産を目指すもコロナで頓挫

 しかし竣工後30年が経った頃から老朽化、また壁の裏側に吹き付けられたアスベストも問題視された。そしてついに2007年に「建て替え決議」が。ゼネコンも決まっていたが時はリーマンショック。その会社が倒産してしまったことで白紙になってしまう。「その後、2011年に東日本大震災に見舞われますが、あれだけの大きな揺れがあったにも関わらず、破損は見られませんでした。保存活動が強まったのはその頃からです」

 保存派の意見はメタボリズムという日本発の建築思想が体現された貴重な建物であること、歴史もあり世界的にも有名なことから建築遺産、観光資産としても有用。何よりファンが多く、同ビルのコンセプト・存在を心から愛す人が「なくなってほしくない」と感じていることだ。

 一方で建て替え派の主張は「銀座という土地が高い場所に、こんな効率の悪い建物ではなく、ホテルなど経済的効果があるものを作るべき」というもの。ほか老朽化・劣化による意見も。「カプセルはメタボリズム思想に基づいているため25年ぐらいで交換しようというコンセプトでしたが、すでに49年目。交換することが金銭面などで困難なため、一度もカプセルを交換できていません。すると外壁の鉄板が錆びて穴が開く。穴が開くと雨漏りなどで使えなくなる。使えないカプセルを所有するオーナーは管理費と修繕積立金(年間20数万円)を長年続けている状況。『建て替えると聞いたから持っているのに』との怒りの声は当然です」

 そこで前田氏が理事を務める管理組合は140基のカプセルのオーナーの意見を必死にまとめていった。そして「敷地売却決議」へ。つまり土地と建物をデベロッパー(土地開発業者)に売却し、建て替えも土地・ビル利用も彼らに任せるということ。前田氏ら保存再生派は、同ビルを遺そうと考えてくれる会社選びに奔走した。

 「同ビルは世界遺産保護に関わるNGO『イコモス』も見学に来ています。有形文化財・世界遺産を目指しており、近代建築を守る世界組織の会議が昨年の東京五輪の際に行われるはずでした。しかしこのコロナ禍で延期に。さらに保存再生には大金がかかるので海外のデベロッパーと協議していましたが、コロナ禍で打ち合わせがすべてストップしてしまいました。宙ぶらりんの状態のまま現在に至るのです」

 前田氏が思い描いていたのはカプセルの全交換とカプセルが取り付けられているコアタワーの耐震補強。「それこそが真の意味でのメタボリズム建築=新陳代謝の実現であり、完成形と言えたのですが…」

令和の大都市で行われる“昭和的”コミュニケーションもまた魅力の一つに

『無印良品』とコラボしたカプセル(画像提供:中銀カプセルタワー保存・再生プロジェクト)

『無印良品』とコラボしたカプセル(画像提供:中銀カプセルタワー保存・再生プロジェクト)

 前田氏はクラウドファンディングのほか、同ビルファンを増やす活動もさかんに続けた。『無印良品』とコラボしたカプセルや、月ごとで賃貸できる「マンスリーカプセル」も好評(現在新規募集なし)。見学ツアーも実施しており大人気に。コロナ前は海外からの見学者もかなり多かった。

 ここまでの人気は建物の魅力に寄るところが大きいが、同ビルでの独特な生活スタイルが人々の心を魅了した部分でも大きい。その生活スタイルを前田氏は「長屋」と表現する。

 「利用される方はクリエイティブ系の方が多い。さらにはレトロフィーチャー好きなど近い趣味を持っている方も多いので意気投合しやすいのか、カプセルでの飲み会=“カプ飲み”も頻繁に行われていました」

 集まって一緒に映画鑑賞をすることもあった。作品はキューブリックはもちろん、『ブレードランナー』など退廃的近未来もの、同ビルの秘蔵映像など。こうして仲良くなるからか利用者同士で一緒に銭湯へ行ったり、外食を共にしたり。隣人の顔を知らない・人間関係の希薄さが嘆かれる令和の大都市で“昭和的”コミュニケーションが行われていたのだ。

 「カプセルを事務所として利用していたベンチャー企業の社長が、同じく事務所利用していたデザイナーとシステムエンジニアと組んで仕事なんてことも。ほか住んでいるインテリアデザイナーに自身の部屋のリノベーションを頼んだり、カプセル内で多くのことが完結しているのも特徴です」

 近未来建築、令和の時代、なのにそのスタイルはまるで「トキワ荘」のようだ。そんな未来と過去、現在が入り交じる『中銀カプセルタワービル』は、コロナ禍でその価値が見直されたのと同時に取り壊されてしまう。未来と希望と人のあたたかみを乗せた“銀座の白い方舟”が旅立った先には何があるのか、今後も見届けていきたい。
(取材・文/衣輪晋一)
中銀カプセルタワー保存・再生プロジェクト
中銀カプセルタワービル保存のため、2014年にプロジェクトを設立。2020年12月に20カプセルを取材した『中銀カプセルスタイル: 20人の物語で見る誰も知らないカプセルタワー』(草思社)を出版。
ホームページ:https://www.nakagincapsuletower.com/
Twitter:@nakagincapsule

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