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「死ぬまで隠し続けなさい…」同性婚に踏み切ったゲイ男性の決意「子どもたちが希望を持てる社会に」

 「自分は幸せになってはいけない人間だ」と考えていた少年が、最愛のパートナーとの幸せをつかむまでの半生を綴ったエッセイ『僕が夫と出会うまで』。著者は2016年10月に東京・築地本願寺で宗派公認の同性結婚式を挙げて話題となった七崎良輔さん。結婚式には両親も参列したとのことだが、カミングアウト当時、「死ぬまで隠し続けなさい」と母親は否定的だったと言う。同性パートナーシップ制度が全国の自治体に広がるなどLGBTを取り巻く状況は改善しつつあるなか、幼少期にゲイであることでからかわれいじめを経験した七崎さんが「子どもたちの未来のために」活動を続ける思いを聞いた。

いまだゲイであることに胸を張れる世の中ではない…、教育現場や行政にこそ届けたい

──このエッセイは、漫画家のつきづきよしさんによってコミカライズされ、4月刊行が決まっています。そもそもご自身の半生を記録に残そうと思い立ったきっかけを教えてください。

七崎良輔 人間、年齢を重ねると図太くなるじゃないですか(笑)。だけどこんな僕でも過去には傷ついた経験がたくさんあって、それを忘れないうちに書き留めておきたかったんです。悩んだり苦しんだりしている若い当事者はもちろんですが、教育者や自治体などの議員 の方にも読んでいただきたかったんですよね。LGBTを取り巻く環境は少しずつ改善されてきましたが、特に若年層にはいまだにゲイであることでからかわれたり、苦しんだりしている人がたくさんいます。それは本人というよりも、やはり大人や社会の責任によるところが大きいと思います。

──七崎さんも小学校時代にいじめにあっていたそうですが、そのときの教師の対応は?

七崎良輔 学級会で「七崎くんを“オカマ”と呼ぶのはやめましょう」と呼びかけられたり、僕の“ぶりっ子”な仕草を「大人になると困るから頑張って治そうね」と“指導”されたこともありました。20年ほど前のことです。先生も悪気があったわけではなく、はみ出し者となった僕をなんとか馴染ませようと一生懸命だったんじゃないかというのも、大人になった今だったらわかるんですが、いじめが止まるわけもなく、僕自身も深く傷つきました。

──子どもは大人の言葉や振る舞いの影響を強く受けるもの。大人の責任を感じるエピソードです。

七崎良輔 LGBTへの理解もだいぶ進んだ今は、そんな対応をされる先生もいないと信じたいのですが、これ以上子どもたちに同じような思いをさせたくないという気持ちが、この本を書く原動力になりました。最近は性的マイノリティの子どもへの対応に悩まれている先生から相談を受けることも増えています。僕の経験が何かしらのヒントになればいいなという思いもあります。

「カミングアウトするべきか否か?」を悩ませてしまう状況そのものが問題

──七崎さんは長らく「自分は幸せになってはいけない」と思い込んでいたそうですが、それはどのような心理からだったのですか?

七崎良輔 僕もそうでしたが、ゲイには自己肯定感が低い子が割合として多いみたいなんですよね。それも突き詰めて考えると、好きな人と結婚することを「公的」に認められないという制度の問題が、とても大きいと思います。

──同性婚を承認した国では、青少年の自殺率が減少しているというデータもあるそうですね。

七崎良輔 結婚する・しないはあくまで個人の選択ですが、自分にも選択ができる、「公的」に社会に認められた存在であるという事実によって、結婚年齢に満たない子どもたちの心が救われているんだと思うんですよね。親にカミングアウトするかしないかというのもゲイを悩ませる問題の1つですが、20年前に世界でいち早く同性婚を承認したオランダではすでにカミングアウトという概念もないそうです。日本ではカミングアウトをしなければ当然のように「異性愛者」として扱われてしまうのも問題です。

──七崎さんの場合は20歳のときにお母さまに明かしたとのことですが、カミングアウトしてよかったと思いますか?

七崎良輔 カミングアウト当時は、「社会はあなたのような人に厳しい。死ぬまで隠し続けなさい」と言われました。母親としても認めたくないというよりは、僕を守る一心からの言葉だったんだと思います。「親を傷つけたくないからカミングアウトしない」というゲイはたくさんいます。だから現時点の日本では、「カミングアウトしたほうがいい」とも「しないほうがいい」とも言い切れません。むしろ「カミングアウトするべきか否か?」を悩ませてしまう状況があることが問題だと思うんですよね。

──その7年後の2015年に夫の方と公正証書を交わしたことが、ご両親との“雪解け”のきっかけになったそうですね。

七崎良輔 僕たちの暮らす東京都江戸川区役所に婚姻届けを提出しましたが、不適法で受理されませんでした。当時は同性パートナーシップ制度もなかったので、医療や財産にまつわる内容を盛り込んだ公正証書を作成して、それを僕たちの“結婚”として、その際、両親に報告しました。2017年に僕の故郷である札幌で同性パートナーシップ制度が導入された時、母がうれしそうに電話してくれました。やはり公的機関に認められたことで安心したんでしょうね。今では夫と帰省したり、両親を交えて『さっぽろレインボープライド』に参加することもあります。

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