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2013年『ガンプラW杯』優勝者が語る、世界一となって感じた「ガンプラに優劣はない」

[左]2018年『ガンプラW杯』優勝作品/製作:ウツギ [右]2013年『ガンプラW杯』優勝作品/製作:シュン(C)創通・サンライズ

[左]2018年『ガンプラW杯』優勝作品/製作:ウツギ [右]2013年『ガンプラW杯』優勝作品/製作:シュン(C)創通・サンライズ

 東京・お台場のガンダムベース東京で9日、『ガンプラビルダーズワールドカップ2018(ガンプラW杯)』の世界大会決勝戦表彰式が行われ、日本代表のウツギさんが優勝した。ガンプラは1980年7月の発売以降、累計4億5000万個以上を出荷。80年代の空前の“ガンダムブーム”を牽引したのはもちろん、HG、MG、RG、PGといったカテゴリー分けで試行を実施し、今なお進化し続けている。その人気は世界的にも絶大で、今では年間約1000万個の出荷数のうち、その3割が海外に出荷されているという。また、近年は海外モデーラの技術向上も話題となっている。そこで今回、バンダイ公式のガンプラ世界大会で、日本人で初めて優勝した人気モデラー・シュンさんに、世界大会に挑んだ経緯や、『ガンプラW杯』の現在地と変化について聞いた。
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世界を舞台に戦うモデラーに感動「ガンプラ世界一を日本に持ってきたい」

 今回で8回目の開催となる『ガンプラW杯』決勝戦には、世界各国の代表作品としてオープンコース(15歳以上)に16作品、ジュニアコース(14歳以下)に12作品がノミネート。オープンコースのチャンピオンは日本代表のウツギさんの作品『ガンダムエクシアリペアII−胎動−』が、ジュニアコースのチャンピオンにはインドネシア代表のマーク・アレクサンダー・イルワントさんの『ビルドダイバーズ ファンタジー』が選出された。

 振り返って2011年、初となるガンプラの世界大会『ガンプラW杯』が日本で開催された。それをネットニュースで見て、ガンプラの世界大会があることに驚いたというシュンさん。「子供の頃に作っていたガンプラがいまや世界でも売られていて、そしてその世界大会があることに驚きました」

 しかし、記念すべき同大会で日本人モデラーの最高位は3位。それに対してシュンさんは「ガンプラはMade in Japan。自分にとって小学生時代のキラキラした思い出なので、外国人の方に取られるのはすこし悔しかった」と率直な想いを吐露。そして、その感情がガンプラ制作を再開する大きなきっかけになったようだ。

変わる「ガンプラW杯」と、変わらぬ「モデラーの想い」

 シュンさんその後、2年間のガンプラ研究期間を経て第3回大会で見事優勝。受賞作品は、『ガンダム』の生みの親・富野由悠季監督が手がけた映画『逆襲のシャア』に登場するνガンダム。ただ、そのクオリティが評価される一方で、自身の感情の変化を感じたという。

 「当初は『ガンプラ世界一を日本に持ってきたい!』という想いで参加しました。ですが今は、モデラーにはそれぞれの作り方やこだわり、楽しみ方があって、それは上手い下手で語るのともすこし違うと思っています」と、心境の変化を明かすシュンさん。ガンプラを作り始めてモデラー仲間もでき、それぞれがガンプラに対して熱い思い入れやこだわりを持っていることを知り、「そこには優劣はないんだ」と思うようになったのだそう。

 一方で、世界的な広がりを見せるガンプラ文化。『ガンプラW杯』の位置づけは、モデラーにとってどう変わってきたのだろうか。

 「技術面、表現面では作品のレベルが毎年上がっているので、初心者の方には少しハードルの高い大会になりつつあるなと感じています」と、年々上がり続ける大会レベルを指摘。そして、「ですが、この大会はどこか“1年に1度のお祭り”的な雰囲気もあり、大会に応募されたモデラー同士がSNSや大会会場、あるいは懇親会などでお互いを讃えあう光景や、まるで旧知の仲のごとく楽しく接している様は、私が出場した2013年から変わらぬモデラーの文化。そういうどこか温かい雰囲気がこの『ガンプラW杯』にもあって、それは素晴らしいことだと思っています」と、笑顔で語った。

 実際、そう語るシュンさんにとって今の楽しみは、モデラー仲間との交流なのだそう。「気の合う仲間とたまに会って、ガンプラの勉強会じゃないですけど作った作品を見せ合っています。今は、こうした交流が最高に楽しいです」
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