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漫画賞の選考はどのように行われる? 何をもって”良作“なのか、多様性の描き方が問われる現代の漫画シーン
「第4回マガデミー賞」にノミネートされた作品
ノミネート作品の共通点に“多様性の受容” 異質な世界観が“当たり前”として物語がスタート
対象作品は24年1月1日から12月31日までに紙および電子単行本が発売された、もしくは発売予定の漫画作品のうち、最大巻数が10巻までの作品。「作品賞」「設定賞」「表紙インパクト賞」「感銘賞」「こだわり賞」の5部門(※)と左記以外で審査員が「この作品こそ推したい」と太鼓判を押す漫画に与えられる「審査員特別賞」からなる。
審査員を務めたBookLiveのすず木さんは、「マガデミー賞は今年から審査員によるノミネートの後で、ユーザー投票が実施され、受賞作が決まります」と一般投票が行われる審査方式に変更したことを強調。
「投票を行うユーザーのみなさんにもご自身の推し作品の応援をしてもらえるよう、こだわりの注目作からよく名前を耳にする話題のビックタイトルまで、推薦しています。単に作品を評価するだけではなく、ユニークな視点ですでに知っている作品の新たな魅力を再発見する機会にもなれると思っています」(すず木さん)
編集部が今回同賞にノミネートされた作品を読んでみて、ひとつの傾向をあげるとすれば、各作品における“多様性”の描かれ方だ。今回に関わらず、近年の漫画賞にノミネートされる作品群は、この描き方に独自性が見られるように思う。
漫画のストーリーとして“異質である人物”をいかに受け入れるか、その過程を山場として描くのが、かつての王道だった。例えば『NARUTO』では、主人公・ナルトのように里のなかで“仲間外れ”にあい、周囲との軋轢を生みながらも仲間として認められるまでを厚みを帯びて描いている。
異質な人物がドタバタを巻き起こし、一波乱あり…という状況は、ストーリーの山場としての“描きやすさ”もあったはず。しかし、今回ノミネートされた作品では、そういった異質なものを周囲が認める過程、誤解を解くという展開が、物語序盤で完結しているor“前提”として描かれる傾向にあるのだ。
“異質”が“日常”に溶け込んでいるからこそ、凡庸ではない物語に
『尾守つみきと奇日常。』/(C)森下みゆ / 小学館
同作について審査員のすず木さん(BookLive)は、多様性の描かれ方に着目。「多様な存在が生きる現代。「普通」じゃない日常が始まる」と作品の序盤に一文が入っていますが、多様性って幻人と暮らすことなの!? と衝撃を受けた。人間以外がいることが、当たり前として描かれている」とコメント。実際、作中の登場人物たち=人間は幻人を“個性”や“人種の違い”ぐらいにとらえ、差別ではなく“区別”として日常に溶け込ませている。
『COSMOS』(C)田村隆平 / 小学館
『正反対な君と僕』(C)阿賀沢紅茶/集英社
さらに、作品賞にノミネートされた『正反対な君と僕』(集英社)では、元気いっぱい女子と物静かな男子の恋模様を描いている。ここで考えがちなのが、過去のヒット作にも多数見られた“格差の恋愛”を描いているんじゃないか…という見方。でも「作品内にカーストの上下という対立はない」と審査員の小磯洋さん(丸善ジュンク堂書店)。「それぞれ1人1人、得意・不得意などの「違い」があるだけ。その個人それぞれの「違い」について深く自己認識していく様を、学園ラブコメ的な明るくテンポ良い展開でありながら丁寧に明確に描いている高い表現力に唸らされました」(小磯さん)。
『佐橋くんのあやかし日和』(C)三卜二三/イースト・プレス
通常であれば、日常に“異物”が紛れ込んだら、その“差異”を受け入れるのに時間がかかるよう描かれがち。だが今回のノミネート作は「この人が認めたのだから、自分がとやかく言うべきではない」「こんな人は当たり前にいるよね」と、その異質な状態を割と早い段階で自然と受け止め、周囲が順応している。このスピード感が気持ち良く読み進められるポイントであり、これまでとは微妙に違った展開を見せられる鍵となっているのではないだろうか。
読者は“安心して読めること”を求めている? 冒頭ですでに“救い”の萌芽がある
『君と宇宙を歩くために』(C)泥ノ田犬彦/講談社
審査員を務めた近西良昌さん(三省堂書店)は、「多様性のこの時代、生き辛さを感じる世の中でもありますが、その描写も巧く描きつつ、多くの人に共感を得られる内容かつ主人公たちそれぞれの成長を読むことで、人への優しさや思いやりという大切な“なにか”を思い起こさせてくれる良作」と評価している。
『スーパースターを唄って。』(C)薄場圭 / 小学館
審査員を務めた、児玉佳菜子さん(TSUTAYA)はこの“味方”がいることについての重要性について「ひたすらに救いのない薄暗い世界に、唯一差し込む光のような存在が主人公ユキトの親友であるメイジなのだと気が付いた時、なんて尊い関係なんだ…と思いました。どんな形でも、この2人には報われてほしいと思わずにはいられません」と語っている。
読者は、推す作品に“自分との共通点”を見出しているケースも多く見られる。作品の登場人物と似たような経験があったとして、生き辛い、救いようがない…という世界観の作品、そのストーリーを「安心して読みたい」想いがあるのか。認めてくれる味方がいる、異質を受け入れる前提が序盤にあることが、読者にとっても“大きな救い”になっているのではないか。
「バトルが始まりそうな設定であっても、あえてその世界の“日常”を切り取るマンガは増えた」
「多様性があることへの問題提起の時期は終わり、そこを踏まえた上で“じゃぁどうするの!?”というところに意識が進んでいるのではないでしょうか。さらに興味深いのが、生きづらさを感じた際に周りに変化を求めるのではなく、自分自身を変化させていくことで周りも変化していく様を描く作品が増えている気がします」(スギノさん)
次にBookLiveのすず木さんは「クラスメートがドラゴンだったり獣人だったり…。バトルが始まりそうな設定であっても、あえてその世界の“日常”を切り取るマンガは増えた気がします。こういった作品が増えた背景には、現代社会における価値観の変化が関わっているのかもしれません。
異質なものに対する恐れや偏見はかつてに比べると薄く、“どうにか乗り越える壁”というよりは“当たり前にあるもの”という扱いになっています。色んな人がいるけど、まあ別にそんなもんだよね、というようなリラックスした感覚が社会に浸透してきている。もっとそうなるといいよね、という願いが込められた結果が作風に反映されているのかな、と思っています」と分析している。
漫画の作り手にとっては、本来あるはずの“山場”を削っているとも言えるので、その先の展開を見据えて作品作りをする“力量”が問われる。ストーリーを展開する“難しさ”や“大変さ”もあるだろう。だが、その力量を問われる時代になったがゆえに、それを乗り越えた作品が良作として評価される。作品自体が重厚感ある設定やストーリーとなり、審査員に選ばれる作品の傾向としてあげられるのではないか。
※第4回マガデミー賞 各部門の解説
・作品賞…本アワードの最も権威ある部門で、作画・ストーリー・表現。話題性などあらゆる面において総合的に評価が高いと思える漫画。
・設定賞…物語設定が革新的でユニークな漫画。
・表紙インパクト賞…第1巻が対象で、思わず中身が気になる印象的な表紙の漫画。
・感銘賞…心が動いた/心に刺さった漫画。
・こだわり賞…画力や書き込み、作品づくりに作者のこだわりを感じる漫画。
・審査員特別賞…上記以外で審査員が「この作品こそ推したい」と太鼓判を押す漫画。
文/衣輪晋一