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テレ東・新制作局長が自虐「正直、評価され過ぎてる」 人材流出、働き方改革…テレビが抱える課題に言及
『こんなの誰が見るの?』を追求し続け…ようやく“誰”に届くようになった
「ずっと逆境ですからね(笑)。テレビ事業は、指標だった視聴率を取りに行くために“広く浅く”を追求する必要がありました。だけど、テレ東はもともとアニメしかり、ニッチなスポーツや趣味番組など“狭く深く”ファンに突き刺さる番組を得意としてきたコンテンツメーカーです。『こんなの誰が見るの?』みたいな、だけど熱い視聴者が確実に一定数いるような番組です。それが成せたのは、在京キー局では放送収入が今も万年最下位で、他局さんと同じ戦い方ができなかったからなんですけどね(笑)。だから、これからはもっと暴れることができますよ」
自虐を交えつつ語るが、テレビ業界にとってライバルはもはや裏番組ではなくなった。テレビ東京は、2020年秋から「全コンテンツ・全配信」を経営方針として掲げ、コンテンツの価値の最大化を図っている。この成果もあって、営業利益は2期連続で最高益を更新中だ。
「もはや“編成”という言葉はいらないと思います。配信の時代になって、『こんなの誰が見るの?』の“誰”に届くようになりましたから。僕らはコンテンツメーカーなので、観てくれるなら地上波だろうが配信だろうが何でもいい。嗜好や価値観が多様化する中、組織の目標は、唯一無二のオリジナリティにこだわることです」
「普通では勝てない」数十年にわたり受け継がれるDNA
「僕が入社した1995年当時は、『(視聴率の低さから)振り向けばテレ東』『(企画の奇抜さから)テレビ番外地』なんて揶揄されて、愛されようとした時代もありました。それが、開局50周年を迎えた10年くらい前から、『あれ、俺たちってもしかして愛されてる?』と気づいてしまったんです(苦笑)」
近年では、テレビ東京の企画を模倣したような他局の番組も散見される。しかし伊藤氏は、「うまいことパクって面白くしてる番組もけっこうある」と動じない。
「だけど今、それ(パクり)をやってたらテレビは衰退するばかりですよね。週に何本も似たような番組が並んでいるのは、旧来の視聴率競争がベースにあるから。そうやってコンテンツが画一化してしまったのも、テレビがオワコンと言われている理由だと思うんです」
テレビ東京がオリジナリティあふれる企画を実現させてきたのは、「予算的にも人的リソース的にも他局をパクることができない中で、必死で戦ってきた歴史があるから」と伊藤氏。入社前後は、『開運!なんでも鑑定団』、『出没!アド街ック天国』、『TVチャンピオン』など、他局がゴールデンで放送しないような番組がスタートした時期だった。
「普通にやったって勝てないという当時の魂がにじみ出た、とんでもない番組ばかり。テレ東しかやらないという感覚は、そのときに醸成されて、骨格ができていたんですね。私はそんな時代に入社したんです」
「評価され過ぎている」今こそ“テレ東ブランド”再構築のタイミング
「社内に残るすごい過去や伝説があまりに多いので、10年ほど前に担当した50周年の特番で、それを大放出したんです。それで、ビートたけしさんに『テレ東、バカだな〜』と言ってもらって、出演者の方々に笑っていただきました。だって本当に酷いんですよ、過去のアーカイブを観ようと思っても、テープを保管する倉庫を借りる家賃代がもったいないからテープを捨てればいいとか…。でもそういう歴史を知ると、可愛らしくて放っておけない愛情がますます湧いてきたんですよね。番組はリスペクトを込めつつの自虐ネタでしたが、放送後すぐに上層部から電話がかかってきて、ものすごく怒られました」
「達筆で、『新橋のガード下で、いつか“だるま”を飲もうと言いながらトリスを飲んで…それが僕たちのテレ東だった。それを思い出しながら、笑い飛ばしてくれてすごく感動した。この会社に未来を感じた』と頂きました。たぶんテレ東の“自虐第一号”の企画だと思うんですけど、心からやってよかったと思ったし、視聴者や出演者からいい意味でイジられて、“テレ東”という愛称の意味を自覚しました」
そうしたテレビ東京のDNAは、“愛され期”に突入した後も継承されるのだろうか。
「正直、評価され過ぎていると感じます。褒められるって怖いんですよね。でもテレビ業界が斜陽産業であるのは事実だし、テレ東が抱いてきた歴史とはまた違う危機感や閉塞感を、スタッフたちが抱いてるのも感じます。テレビの環境が変わるど真ん中にいるからこそ、上層部は僕みたいな、大変なときほどニヤニヤしちゃって『面白いじゃん! 視聴率は取れないかもしれないけどやってみよう』と背中を押すアホな人間を制作局長にしたんじゃないかなと思いますよ」
これまでも多種多様な企画を放ってきたテレビ東京だが、今後はさらに大量にコンテンツを投入していく意向だ。
「今は、未来に向けて改めてテレ東ブランドを作るタイミングに来ています。それは何かと言うと、唯一無二のオリジナリティに最後までこだわること。加えて、届け方やターゲットなどの戦略をしっかり練ることでしょう。評価軸も、CMをはじめとする広告収入はもちろん大切だけど、それが難しそうなら別の場所から火を灯してもいい。すでに何人かのスタッフにスイッチを入れて、この7月や10月くらいにはいくつかの新たなコンテンツが形になります」
働き方は「その人に任せる」、“3K”イメージの脱却と人材育成への想い
「きっと“テレビ局”で働きたいというより、『テレ東で何か番組を作りたい』というモチベーションのほうが高いんじゃないかなと感じます。一言で言うと“変なやつ”が多いんです(笑)」
制作局にも新入社員が入った。コンテンツを生み出す業界はどこも若手育成が重要な課題だが、制作局長としてはどのように臨むのか。
「テレビ業界と言えば“3K”みたいなイメージがありましたが、デジタルツールの充実で、その印象がものすごく変わりました。テレビ局の働き方こそ、その人に任せちゃえばいいんです。特にADの雑務的な仕事が、だいぶ効率化されています。その空いた時間でTwitter用の動画を編集するなど、クリエイティブな仕事を任せることが増えましたね」
若い世代特有の編集センスに、舌を巻くこともあるという。
「動画アプリの影響もあると思うんですが、若手の編集ってアグレッシブなんですよ。ずっとテレビ畑にいたスタッフなら絶対にしないような“攻撃的”編集で、『わかればいい』『面白いところだけ攻める』という、かつてのテレビでは流せなかったような荒っぽさがあって。だけど、意外とリアリティがあって面白いんです。タイパ消費と言われる今、テレビの観方も変わってきています。これまでの制作セオリーが正解なんてことはないし、セットや照明も変わってくるかも。そうした映像表現しかり、ディレクションや企画も含めて、どんどん若い感性を生かしてもらいたいです」
働き方改革も進んでおり、特に制作現場ではリモートが増えている。全社的には、週休3日も検討されているとのことだ。
「もはや、休めないというストレスを抱えてるスタッフはいないと思います。むしろ若手を面談すると、『物足りない、もっと経験を積みたい』という声もあるくらい。だったら企画を出してみたら? と促していますね。テレビ局はスタッフを、『ベテラン・中堅・若手』と分けたがりますが、テレ東は部署もキャリアも関係なく企画を出せるシステムで、それが通れば誰もが制作者になれるんです」
もちろん企画がすんなり通るばかりではない。その際は各番組に配置するなどして経験を積ませ、“共創”の意識を育んでいる。
「最近の若手の特徴として感じるのは、クリエイター気質が強いなということ。それが悪いとは言わないけど、1人の人間の発想だけでコンテンツを作るなんて、テレビにおいては過去もこれからも絶対にあり得ないんです。自分の考えてることが一番面白いと思っているかもしれないけど、隣を見たらもっと面白いやつがいるぞ、と。“共創”の意識とは、ようは『独りよがりになるなよ』ということです」
動画コンテンツが世に溢れ、テレビ番組も配信で見られる今の時代。それでもなお伊藤氏は「テレビ由来の配信コンテンツとそれ以外には、明確な違いがある」と断言する。
「テレビ局は、日本国内に電波を飛ばす免許事業者です。ということは、テレビ局の制作するコンテンツは、『日本人の文化度の高まりに貢献するもの』でなければいけないんです。お笑いやスポーツ中継、情報番組や生放送など、すべての番組で伝える意義があって届ける。その意識でめちゃ面白いものを作る挑戦って、テレビマン以外のクリエイターには味わえないことだと思います」