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『MIU404』『罪の声』『逃げ恥』新春SPも…脚本家・野木亜紀子が“無双状態”のワケ
コンクール大賞受賞、原作もの作品で高評価
「一般的に賞レースで出て来た脚本家の卵はまず、無償でのプロット作りを余儀なくされることが多い」と話すのはメディア研究家の衣輪晋一氏。「当然生活するのも難しく、その間に多くの脚本家の卵が潰れていくんです。野木さんも例に漏れず、『最初の頃は酷い扱いを受けた』と語っており、そうした累々と転がる屍を超えての今があります。そんな彼女が初めて脚本家チームに入れたのが松本潤さん主演の2012年のドラマ『ラッキーセブン』。タイトル前のアバン15分は彼女が書いてそのまま採用されたパートです」(同氏)
同年、野木亜紀子は人気漫画家・東村アキコ原作の『主に泣いてます』の脚本を担当。ドラマ愛好家の間では隠れた名作と言われており、連ドラ初出演・初主演の菜々緒の人気女優入りのきっかけとなった。その後も『図書館戦争』シリーズ、『掟上今日子の備忘録』、映画『俺物語!!』、『重版出来!』と原作実写化作品を手掛け、どれもヒット。そして、その名が広く世間に知れ渡ったのは、2016年放送のドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』だ。
“ムズキュン”“恋ダンス”“契約結婚”とブームは社会的に。視聴率は右肩上がりで最終話には20.8%の大ヒット。またこの同年、映画『アイアムアヒーロー』も公開され好評を得る。原作ファンをないがしろにした、いわゆる“原作レイプ”実写化作品を嫌う人々から「この脚本家は信用できる」の声が多く挙がり、一躍人気脚本家入りを果たした。
オリジナルでも実力発揮、“野木脚本”が全国区に
ところが2018年、初めて手掛けたオリジナル作品『アンナチュラル』がヒットする。慎重に取り組むべきテーマであり人気の医療もの&外れのない豪華キャスト…そんなハイリスク・ハイリターンな作品を見事成功させ、ギャラクシー賞など数々のドラマ賞で栄誉を手にした。
「同作は野木亜紀子という脚本家を語る上で重要な作品」と衣輪氏。その代表例が、石原さとみ演じるヒロイン・三澄ミコトの人物像だ。これまでのお仕事ドラマのヒロインと言えば、ドジっ子や、大門未知子のようなスーパーウーマンの“典型”がほとんどだった。だがミコトはそういった特徴のない“普通の”女性。「女性の“リアル”を人物と作品に落とし込み、“男社会”的だったテレビドラマ界の“典型”に一石を投じました。働いているのに男も女もない。女性はこうだと決めつける“男社会”への抵抗はその後の野木作品でも多く見られます」(衣輪氏)
例えば『獣になれない私たち』。田中圭演じる花井京谷は、女性に典型的な可愛さや従順さを求める“男社会”の代表のような男としてステルス的批判をしながら描いている。また『MIU404』では男性の刑事部長からの「さすが女性、細かいところに気づく」といった言葉に、麻生久美子演じる桔梗隊長が「今、女性、関係ありません!」とピシャリ。
彼女が描く社会問題はジェンダーだけではない。公開中の映画『罪の声』では、非道で劇場型の犯人の動向を、マスコミや民衆が面白がってさらに掻き立てる描写も。原作ありきとは言え、これは現在のSNSの炎上問題や、ネットメディアの報道のあり方への批判が見て取れ、我々ネットメディアとしても耳が痛い“インターネット時代の社会問題”にしっかりと問いかけている。
視聴者を“信頼”しているからこそ生まれるエンターテインメント
「視聴者時代が長く“視聴者目線”を持っている野木さんだから視聴者が面白い、観たいと思えることに敏感で、同じ体温でそういったことが届けられているのではないでしょうか。あと、例えば『アンナチュラル』だと、海外ドラマ『シャーロック』などで見られるスピード感や密度が取り入れられています。海外ドラマ慣れしていない人も安心して観られるよう設計されてはいるのですが、変に媚びることもなく、『エンタメ好きなら海外ドラマ的なノリでも絶対についてきてくれる』という視聴者への“信頼”も見える。つまり視聴者をバカにしてない。これが野木脚本の素晴らしい点であり、真髄」(衣輪氏)
視聴者をバカにいていないから原作実写化作品でも“原作レイプ”はない。また視聴者目線だからこそ、「加害者目線」「被害者目線」「男性目線」「女性目線」「マスコミ」「SNS」「フェイクニュース」などの日常に潜む問題点を、視聴者の当事者感覚にまで落とし込み、そこで上手くワクワクさせたり考えさせたりも出来る。テレビっ子から生まれた天性のエンターテナー、それが野木亜紀子とは言えないか。
実力で示し、積み重ねてきた現在の野木脚本評。TBSでは『逃げ恥』新春SPの放送に合わせて年末年始に『アンナチュラル』『MIU404』が一挙放送される。脚本家括りで再放送が決まるとなれば、歴代の人気脚本家たちと同様、視聴者が「脚本家で作品を観る」レベルの脚本家になったとも言える。果たして彼女が今後どんな作品を世に送ってくるのか。視聴率低下とコロナ禍による業績不振で、挑戦に尻込みしがちな“獣になれない”今のテレビ業界で、引き続き社会問題とエンタメに一石を投じ続ける“獣”でいてもらいたい。
(文/西島亨)