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“敗者復活組”の制度に葛藤も 『M-1』Pが語る「決勝の舞台を支える“影の功労者”」とは?

  • 『M-1』の総合演出を務める朝日放送の桑山哲治氏 (C)oricon ME inc.

    『M-1』の総合演出を務める朝日放送の桑山哲治氏 (C)oricon ME inc.

 変革期を迎えているエンターテインメント業界。テレビ最盛期やミリオンヒットが続出した時代に青春を過ごした30代は今まさに、その最前線で活躍している。そんな彼らが今なにを考え、どう時代の変化に立ち向かっているかをインタビューする本企画。今回は、漫才日本一を決める大会『M-1グランプリ』の総合演出を務める朝日放送の桑山哲治氏。お笑いの賞レース番組として圧倒的地位を確立し、今年で15回目を迎える同番組。お笑い界が揺れた今年は特に、多くの注目が集まってくるだろう。そんな『M-1グランプリ』の審査基準や芸人さんへの想い、番組の裏側を語ってくれた。

審査員にも求めた“真剣さ”「70点と71点、その1点の差を説明できるように」

――桑山さんがテレビ局を志望したきっかけは何でしたか?

【桑山哲治】大学時代、演劇部に入っていたんですが、僕が尊敬していた先輩がテレビ朝日に入社したんです。ちょうど就職活動をする時「演劇で遊んでいることがテレビ局でもできるぞ」と先輩に言われて、テレビ局を志望するようになりました。僕の中で「演劇」をベースにした番組を作りたいという想いもありましたし、関西出身で小中学校の時はお笑い番組を見て育ったので「こんなお笑い番組を作りたい」というのも漠然と持っていましたね。

――『朝日放送』に入社してからはどんな部署に?

【桑山哲治】最初は「スポーツ部」に配属されて阪神タイガースの密着と高校野球、「熱闘甲子園」という番組を担当しました。3年半スポーツ部にいて、それからずっとバラエティ番組を担当しています。この秋で11年、『M-1グランプリ』は2008年のディレクターからはじまり、途中で抜けた期間はありましたが、2017年から総合演出になりました。

――M-1総合演出の役割とは?

【桑山哲治】「漫才の日本一を決める」という大きな枠組みが決まっている中で、その年の「テーマ」を決め、VTRのテイスト、裏側の見せ方、美術面や台本などをトータルで見ています。特に審査方針やネタ順の決め方などは、毎年多くの時間をかけて議論しています。第1回の会議は4月から始まりますし、多くの方が知らないとは思いますが、M-1の予選は8月1日から始まっているんです。

――予選は8月から…ということは、12月末までの約半年ものあいだ戦っているのですね。ちなみに、昨今話題の審査員についてですが、予選はどういった方が担当しているんですか?

【桑山哲治】予選1回戦は3名の審査員が担当しています。漫才に精通している作家さんが2名とテレビ局のスタッフ。3回戦以降は作家さんとテレビ局のスタッフがそれぞれ増えていくという形です。

――M-1の審査基準というのは?

【桑山哲治】エントリー用紙にも書いてありますが「とにかくおもしろい漫才」というのがただ1つの審査基準です。“王道の喋くり漫才”や“ネタ構成が意外な漫才”、“新しいスタイルの漫才にチャレンジしているもの”などなど、「面白い」という解釈や考え方は各審査員それぞれにあるかもしれませんが、基本的には「面白いかどうか」その大きな基準の中で審査してもらっています。

――審査員に伝えていることはありますか?

【桑山哲治】僕らが必ずお伝えしているのが、M-1に出ている芸人さんは「本気で人生をかけているので真剣に審査をお願いします」ということです。それは心得的に、毎回必ずお伝えしています。それともう1つ、自分の中で必ず「審査基準」を持ってくださいと。70点と71点。その1点の差は何なのかを説明できるようにしてください。それも毎回、必ず伝えています。

『M-1』決勝は“特別で異様な舞台” 実力派を発揮できない芸人も

――他の賞レースでは、「会場でウケていたのに落ちた」という芸人さんからの声もあったりします。そういった声を桑山さんはどう受け止めていますか?

【桑山哲治】M-1の審査は全て「審査員の合計点数」で評価しています。審査員それぞれの基準はありますが「ウケ」を重要視する人もいれば、会場の盛り上がりや台本としての素晴らしさを“プラス材料”にする人もいます。一方で、劇場の人気者だったから笑いが多かったのか、そのあたりを冷静に判断して加味する人もいます。M-1予選会場はお笑い好きの目の肥えたお客さんが多いので、会場の盛り上がりだけでは判断しづらい部分もあり要注意です。

――審査員も相当悩みそうですね。

【桑山哲治】先ほど言った通り、70点と71点、その1点の違いをどこでつけたのか、審査員はみんな心の中でたくさんの「葛藤」があると思います。とはいえ、私も予選の各会場を行ける限り見ていますが、会場で“きちんとバカウケ”している漫才師はちゃんと上がってきている印象です。準決勝まで残っているのは、長く厳しい予選を通過してきた芸人さんたちですから、準決勝は毎回全員が大爆笑で、決勝戦とともにプレミアムチケットになっています。

――決勝のネタ順も、毎年大きな話題になりますね。実際に「トップ不利」「敗者復活有利」はあったのでしょうか。

【桑山哲治】「トップ出番は不利」、「敗者復活は有利」というのが一昨年までの課題として確かにありました。以前は芸人さんも、トップバッターになるとショック受けていました、「終わった」と。だから、この2つの課題は改善しなくてはいけないということで議論を重ねてきました。

――そこで生まれたのが「笑神籤」だと。

【桑山哲治】そうです、「敗者復活組」を最初に発表し、10組が横並びの状態で生放送当日に順番を決める形にしました。これは今までよりもフェアになったと思います。ただこの形は順番が決まってすぐにネタを披露しなければなりません。ただでさえ緊張している舞台ですから、噛まれたらどうしよう、最高のネタを披露してもらうのが本来の趣旨なのに…とも悩みました。けれど、「漫才頂上決戦のショー」としてはそのドキドキ感を視聴者の方にも楽しんでもらえるわけで、芸人さんと視聴者、それぞれの立場でベストな状態はなんなのか。そこはいつも、本当に悩みどころなんです。

――緊張というキーワードが出てきますが、決勝の舞台は普段とは違った雰囲気なんですね。

【桑山哲治】現場の緊張感はとてつもないです。先ほど、準決勝は毎回全員が大爆笑だと言いましたが、そんな激闘を勝ち抜いたファイナリストたちなのに「なんで決勝に出てきたの?」なんてSNSで言われることもあります。それは、緊張や異様な雰囲気が、実力漫才師さんのリズムを崩してしまうことがあるからなんです。実際、スリムクラブさんが2016年の決勝に進出したんですが、準決勝で爆笑だったネタが決勝ではテンポアップして3分半になってしまった。

――ネタを飛ばしてしまった?

【桑山哲治】いえ、内間さんが緊張して早く喋ってしまったんです。それだけ決勝は、普段とは違う「特別で異様な舞台」なんだと思います。ちょっとの差がウケに影響してしまう。漫才と一言で言いますが、まだわからないことだらけの非常に繊細な「話芸」だと思います。でも決勝で仮に点数が伸びなかったとしても、決勝10位は、日本中5000組の中のトップ10位ですから本当は凄いコンビなんですよ。そこがなかなか伝わらないんですよね(苦笑)。

――“審査の難しさ”という部分では、過去には07年のサンドウィッチマン、15年のトレンディエンジェルが敗者復活から優勝を果たしています。面白い芸人を上げるというシステムの中で、運営サイドとして忸怩たる思いなどあるのでしょうか?

【桑山哲治】「本当に面白い漫才師を見落としてはならない」というのは、我々スタッフの“永遠の課題”です。毎年葛藤する部分ではありますが、準決勝に残っているメンツがすでに実力伯仲の皆さんです。準決勝からおよそ2週間、敗者の烙印を押された漫才師さんは、敗者復活戦に相当な想いをもって臨んでいます。寒空の野外ステージで漫才をして、国民の皆さんから後押しを受け、その日アツアツの1組だけが決勝ステージに下剋上を果たしにやってくる…そういう「うねりのような勢い」も背負っているので、“敗者復活組は強い”、ということもあるかと思っています。

極度の緊張状態を緩和、『M-1』“影の功労者”は「前座」と「技術・美術スタッフ」

――まさに、芸人、審査員、関わるスタッフ全てが緊張している現場だと思います。その現場を“緩和”させるために工夫していることはありますか?

【桑山哲治】M-1の前座ってすごく豪華なんですよ。人気芸人さんが何組も出て、完全な「営業ネタ」で本番前のお客さんを温めてくれます。CM間にもVTRを流して、お客さんの“笑いの温度”を下げないように工夫しています。ただ、どんなに準備を120%にしても、番組が始まればスタッフに出来ることは少ないんです。それで、CM中にも「みなさんそんなに硬かったらあきませんよ。漫才師だって緊張するんだから」と盛り上げてくれて、硬い空気にならないように審査員の方もそれに応えてくれる。今田さんの名司会ぶりも毎年スタッフとしてはありがたいですね。

――セットや映像も豪華です。

【桑山哲治】美術スタッフ、技術スタッフも決勝の日のために本気で向き合って頑張ってくれています。むしろ、「M-1 のために1年間、他のバラエティ番組で技術を試してきた」とまで言ってくれるんです。テレビ朝日の優秀な技術スタッフが某特番で使用したCGを組み込んだり、カメラマンも細かい画角にこだわっていますし、美術スタッフはM-1の正面の絵は何がいいかを1年間考えてくれている。間違いなく、M-1における陰の功労者は「技術&美術スタッフ」だと思います。

――今年は特に、お笑い界では様々なことがありました。今回のM-1は例年より注目度が高くなるのではないでしょうか。

【桑山哲治】芸人さんって、ピュアでかっこいいなってめちゃくちゃ思うんです。だからこそ、M-1を見て笑ってもらいたい。漫才おもしろい、凄いなって思わせることで、色んなことがプラスに転じると思います。僕は、笑いは“一番のエンタメ”だと思っているんです。それを届けている芸人さんは、やっぱり1番かっこいいですよ。

――芸人さんの凄さを身近に感じてきたんですね。

【桑山哲治】僕がすごく覚えているのが、2008年M-1決勝の時。舞台袖で密着カメラをまわしてたんですが、笑いが起きると壁が揺れるんですよ。爆笑で壁がビリビリと音を立てている。正面客席から漫才ネタを見ているわけではないのに、芸人さんってすごい!って心底思いました。その記憶は、今でも強く残っていますね。

――M-1の総合演出というプレッシャーはありますか?

【桑山哲治】めちゃくちゃありますよ!秋風を感じた時に「は!」っとなって身震いします(笑)。総合演出になってからは生放送が終わると、喜びよりも「ほっ」という安堵の方が大きいです。生放送の番組を無事にオンエアするのも大事ですが、何よりも芸人さんに最高の舞台を用意してあげたい。あれのせいで、やりたいネタができなかった、思うようにできなかったと言われたり思われるのが一番悔しいです。

――今後はM-1 の審査委員も発表されます。桑山さんの意気込みを聞かせてください。

【桑山哲治】日本一の“お笑いの祭典”へ成長させると共に、視聴者の方々に「これで年が越せる」と思って頂けるくらい“年末の恒例行事”にさせたいですね。言うなれば『M-1グランプリ』がお笑いの『紅白歌合戦』になるよう、今年も全力で向き合いたいと思います。

 インタビュー中に何度も言っていた言葉「芸人さんに最高の舞台を用意したい」。テレビ番組である以上、TVショーとして求められる部分との攻めぎあいの中で、桑山氏は「芸人ファースト」を何度も口にしていた。今年はいろんな事があったお笑い界。そんなことを一気に吹き飛ばす『M-1グランプリ』の熱戦は、もう始まっている。今年は芸人さんだけではなく裏で支えるスタッフさんの想いを感じながら、『M-1グランプリ』を楽しみたい。

取材・文:山本圭介 SunMusic

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