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山田かつらって誰? 創業90年、日本かつら界の雄が語る邦画全盛期と伝統への危機感
網を発明、かつらと顔の境界線を曖昧に 映像作品におけるかつら界のパイオニアへ
「創業当時のかつらは羽二重(はぶたえ)というシルクに髪の毛を植え付け銅板に貼ったものが使われており、歌舞伎などの舞台、無声映画時代はこれが使用されていました。その後、銀幕全盛の時代が訪れます。ここで順次郎さんはある画期的な発明を。それがかつらと顔の境界線を曖昧にする“網”です。網の網目は亀の甲型の六角形。ここに一本一本手植えで生え際に変化をつけることで、当時としては、それが“かつらとは見えない”と言われる革命を起こしたのです」(佐野氏)
その技術は業界屈指で、あの故・黒澤明監督をして「山田順次郎がいなければカメラは回さない」と言わしめるほど。1986年には映画『乱』で『英国アカデミー賞』のメイクアップ賞を受賞するなど海外からも高評価を得た。故・市川崑監督も愛用しており、映像作品において「時代劇と言えば山田かつら」というイメージが業界に定着した。
また同社は時代劇に限らずコント番組などでも活躍。『オレたちひょうきん族』や『志村けんのだいじょうぶだぁ』、『めちゃ2イケてるッ!』などを手掛け、現在も『志村けんのバカ殿様』や、『ものまね王座決定戦』(すべてフジテレビ系)などでその腕を奮っている。
銀幕全盛期を支えた山田かつら、黒沢作品では「一年前からメイクテストがスタート」
このほかにも同社は黒澤監督のこだわりを目の当たりにしてきた。例えば『夢』では、きつねの嫁入りの行列のシーンで、役者の顔にきつねのヒゲを再現する為に手植えで人毛を付けるメイクや鬼のメイクなど。「監督は美術にうるさいですから(笑)」(佐野氏)。また、映画『天国と地獄』でも「家が撮影の邪魔だとしてその家を取り壊して後で建て直したり、川の流れが気に入らないからと言って重機を入れて、川の流れを変えたりも(笑)」(井上氏)。『赤ひげ』では「故・三船敏郎さんが薬物の影響でひげが赤くなったキャラクターを演じましたが、三船さんは作り物のひげではなく、自前のひげをビールを使って赤くしていました。三船さんは『毛がボロボロになった』と聞いた事がありますね。(笑)」(佐藤氏)。
当時の映画作りについて「黒澤監督は一年前からメイクテストがスタート。役者さんにも着物に馴染むように時間をかけ、所作や歩き方なども学んでももらうので、一本映画を撮るのに2年はかかる」(佐野氏)と語るように、作り手の姿勢が月日を重ねて現場の隅々まで行き届いていた。
撮影は2カ月、低予算でかつらの使用が減少…「邦画の衰退につながりかねない」危機感
さらに予算300万円で大ヒットした映画『カメラを止めるな!』も業界に影響を及ぼした。佐野氏は「もちろん素晴らしく面白い映画なのですが」と前置きをした上で、「低予算で面白い作品が撮れることが取り沙汰され、しかもそれが主流になると、コストがかかるかつらなどの使用は難しくなる。結果、邦画の衰退につながりかねない」と現状への危機感を述べた。
また、映画にしか出ない“映画スター”という概念が消えて久しい邦画界では、役者のオーラが全盛期より弱く感じられる印象も否めないと言う。「そんななかでも役所広司さんは画面に出たときのオーラの押し出しが違いますね」と佐藤氏。
「また木村拓哉さんがテレビCMで織田信長を演じた際、こちらが総髪(月代を剃らず、伸ばした髪の毛を頭頂で束ねて結う髪型)のかつらを用意したところ、木村さんは『信長は中剃り(月代を剃った髪型)じゃないの?』と。木村さんは時代劇の知識もあり、総髪で描かれることが多い世の信長のイメージに振り回されることなく、よく勉強されている印象がありました」(佐藤氏)。
時代劇やコント番組が減少、変化を受け入れつつ「“伝統”も守っていきたい」
また昨今はテレビで時代劇が放映されることも少なくなり、かつらを使用するコント番組も激減。かつらの需要が減ってきており、これによって時代劇や時代ごとの歴史について知識のある制作者も減ってしまった。「例えば戦国時代でも第一期、第二期と髪型が違うのですが、黒澤監督は我々と変わらぬ深い知識を持っていました。この伝統が失われ、時代考証とは異なる髪型の『るろうに剣心』や『刀剣乱舞』など、新ジャンルが躍進。もちろんそれはそれで良い面があるので、別軸として時代劇の“伝統”も守っていきたい」(佐藤氏・佐野氏)
現在はその減ってきたかつら需要を映像から一般層に広める試みも。「例えば大名行列などのイベントやハロウインのメイクなどを一般の方に体験していただく機会も。こうやって時代に合わせて変化してきたことが、山田かつらが今も第一線で業界に携われている要因かもしれません」と菅沼氏。「邦画の、時代劇の、古き良き伝統を未来に語り継ぎたい」と胸を張る山田かつら。同社のこだわりや強い想いが今後も映画やテレビを支えていくだろう。
(取材・文/衣輪晋一)