元『egg』カバーモデル・藤田杏奈、ギャルマインド貫いた10年「大人たちは私を最後まで見捨てなかった」

14歳で『egg』モデルになった藤田杏奈、現在は『JELLY』モデルとして活躍中 撮影:嘉陽宗也

14歳で『egg』モデルになった藤田杏奈、現在は『JELLY』モデルとして活躍中 撮影:嘉陽宗也

 1990年代後半から2000年代にかけて、ギャルのバイブルとして渋谷ファッションシーンをけん引した伝説のギャル雑誌『egg』(大洋図書/2014年に休刊)。その読者モデルとしても活躍した藤田杏奈は、数々の有名ギャルを輩出したオーディション「D-1グランプリ」(現:女子高生ミスコン)で2009年度のグランプリを受賞。14歳ながらトップモデルとして活躍し、2011年9月3日には16歳で史上最年少アパレルブランドディレクターとして就任するなど、当時の“読者モデルバブル”を経験したひとり。酸いも甘いも経験した波乱万丈の10年間について振り返ってもらった。

『egg』はカルチャー誌だから個性を見せる場所「違うキャラを演じるのは違うと思った」

――『egg』モデルになったのは何歳の時ですか?
藤田杏奈14歳の時でした。きっかけは「D-1」(ギャルサークルのミスコン)。当時は『egg』を読んだこともなかったし、読者モデルになんて全然興味がなかったんです。

――では、「D-1」に応募した理由は?
藤田杏奈友達が勝手に応募していて。だから友達とは大喧嘩しました(笑)。ただ、そのままトントン拍子でミスコンを取って、流れで『egg』モデルになって。元々目立ちたがり屋だから、モデルもいいかなって(笑)。

――喧嘩した友達に感謝ですね。
藤田杏奈恩人ですよね(笑)。当時の『egg』の看板モデルはろみかな(ろみひ&川端かなこ)。『men’s egg』は梅しゃんとかJOYさんとかまだギリギリいたのかな。

――当時はガングロギャルが多かったと思います。藤田さんはどんなギャルだったんですか?
藤田杏奈私もコテコテのギャルでした。髪型もスパイラル(螺旋階段のようなカールヘア)だったし。“強い”とか“悪っぽい”のがカッコイイと考えるギャルでした(笑)。

――ただ、当時の『egg』は“ヤンチャ”なカルチャー誌で、藤田さんのようなクールなタイプとは少し路線が違いますよね。
藤田杏奈ファッション撮影の時、スタッフによく「ちゃんと笑って」って言われたけど、でも私は笑わなかった。だから編集の人と超喧嘩してた(笑)。“藤田杏奈”っていう私のキャラがあったから、そこに別のキャラを乗せるのは違うかなって。だって、『egg』ってギャルの個性を見せる雑誌だから、自分を貫きたかったんです。みんなが可愛らしい盛りヘアにするなら、私はあえてサイドを刈り上げてみたり、そんなタイプでした(笑)。

ギャル同士のケンカは正面突破!? 「ギャルは思ったことを本人に直接言っちゃう」

藤田杏奈さんもカバーモデルを務めた『egg』177号(大洋図書/egg編集部)

藤田杏奈さんもカバーモデルを務めた『egg』177号(大洋図書/egg編集部)

――それだけ個性が強いと、先輩たちとぶつかったりしませんでしたか?
藤田杏奈中学の時から同い年の友達が少なくて、年上と一緒にいることが多かったんです。

――それで先輩への礼儀はしっかりしていたと。
藤田杏奈絡む先輩も20代とかだったから、礼儀とか締めるところはちゃんと締めてました。ベースは生意気なんだけど、ちゃんと挨拶しなきゃただの“クソガキ”じゃんって。

――『egg』に入って背伸びをしたんじゃなくて、地元での先輩後輩の関係で、自然と年上を敬うようになってたんですね。女性だけのグループって色々と難しいのかな?って想像しがちです。モデル間のイジメ、嫌がらせとかはありましたか?
藤田杏奈1ミリもない!なんでかっていうと、ギャルは直接言っちゃうから(笑)。当時のギャルってちょっと尖っていて、根性がある人がギャルになってた。モデル同士でもちろん好き嫌いはあるし、ケンカだってするけど、正面からやりあってた(笑)。陰湿な嫌がらせとか、追い落とそうってのは無くて、それがギャルマインドのいいところかも。

ギャルを突き通すのが不可能だけど、“ギャルマインド”の根本はブレたくない

――14歳で読者モデルになって10年経ちましたが、自分にとって一番大きな出来事は?
藤田杏奈16歳で自分のブランドをやらせてもらえたことは人生のターニングポイントかな。でも、一番は事務所のありがたみというか、周りの人の支えを理解できたこと。上手くいかない時に支えてくれた人がいて、自分は恵まれているなって。

――読者モデル時代は自分優先だったけれど、それが変わった?
藤田杏奈ブランドでも芸能の仕事でもそうだけど、大人のサポートのありがたみが分かってなかった。元々、バイト経験もないなか14歳で『egg』モデルになって、その後すぐに事務所に入ったから、“仕事が来るのが当たり前でしょ”って勘違いしていたんです。実際は、仕事1つにしても、マネージャーたちが走り回って営業をかけて、やっとの思いで持ってきた仕事なんだけど、全然理解していなくて…。

――そして、19歳の時にファッション雑誌『JELLY』(ぶんか社)の専属モデルになりましたね。
藤田杏奈モデルとして数年間くすぶっていた中で『JELLY』がチャンスをくれたんです。事務所も遊びじゃないしビジネスだから、私を切り捨てることも簡単にできたはず。それでも見捨てないでいてくれて、こうしてチャンスを作ってくれて、それで今があるのかなって。

――読者モデルになって10年になりました。今後をどう見据えていますか?
藤田杏奈目標は色々とあるけど、“自分の根本”である雑誌モデルは辞めたくない。モデルとしての経験はたかが10年だけど、今の私を作ってくれたのはギャル雑誌っていうカルチャー。『egg』や『JELLY』があってこその私だから、その芯のところはブレたくない。

――ギャルのマインドはこれからも変わらないと。
藤田杏奈自分の芯が崩れるのはヤダ。24歳だし、もう子どもじゃないからギャルを突き通すのが不可能なのは分かってるけど、“自分らしく生きる”っていう、根本のところはブレたくないです。

取材協力/egg編集部

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