【受賞プロデューサーインタビュー】『今日俺』が示したドラマの可能性 福田脚本・演出と期待に応えた役者たち
“こうなって欲しい”がことごとく実現したドラマ
高 明希放送開始から、観てくれているファンの方々の熱量の高さを感じながら回を重ねていきました。とくにSNS上での反響が大きかったです。ツイッターは回を追うごとにフォロワーが増えて、名だたるタレントさんや大手一般企業にならんでフォロワー数急上昇ランキングに入ったり。おもしろいものを共感したい、広めたいという人たちの熱量を喚起するようなドラマだと感じられてうれしかったです。福田さんとこうなって欲しいと話していたことが、ことごとく実現したドラマでした。
――福田さんとはどのようなやりとりがあったのでしょうか。
高 明希福田さんのポリシーとして、自分はコメディの人間だからコメディを書くんだという強い想いがあります。私もテレビでフィクションを作る以上は、エンタテインメントを突き詰めたいと思っています。それには、やはり笑いが不可欠です。みんなを笑顔に、ハッピーにしたい。そう考えると、昔のようにお茶の間で笑って、親子が共通の会話を楽しめるものを届けられたら、日曜の夜にやる意味があると話していました。
――ファミリー向けのエンタテインメントを作ろうとしたときに、なぜツッパリのドラマだったのでしょうか?
高 明希最初から掲げていたコンセプトは「当時を知っている世代には懐かしく、知らない世代には斬新に映る」。懐かしいだけのドラマだと子どもたちが置いていかれます。80年代は子どもたちにとってはファンタジー。でも、お父さんたちにとってはリアル。そこに会話が生まれると予測をして、一番大きいコンセプトがそのまま刺さってくれました。
――不良ではなくツッパリなんですよね。
高 明希彼らは不良でもヤンキーでもないんです。正義をつらぬくし、漢気もあって、優しい。授業にもちゃんと出るし、親の弁当をちゃんと食べて、家で家族で食事をする。ムロさんが「やりたいんだけど、本物の人にカラまれたくないから、学生服の見えない裏側にだけ印字していた」という話を聞かせてくれましたが、みんながあれに憧れていた時代を具現化したいと、福田さんと話していました。今の子たちにはツッパリというワードがわからない。その目線に合わせるのではなく、あえて「なにそのワード?」というところを狙いました。