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なぜ『アルジャーノンに花束を』は日本でヒット繰り返す? “日本語の特異性”が世界観の解釈に寄与
累計発行部数352万部 ヒットの火付け役は氷室京介の1stソロアルバム
舞台では1990年から菊池准によって演劇化。その後、2005年、2020年、2022年と舞台公演を繰り返した。また劇作家の荻田浩一の手によっても2006年、2014年、2017年、2020年、2023年と舞台化が行われており、演劇集団キャラメルボックスも2012年に同作を公演している。
一般的に記憶に残っているのは2002年、ユースケ・サンタマリア主演で放送されたテレビドラマ化、また2015年、山下智久が主演を務めた同作原作のテレビドラマだろう。今年はヨルシカが当作品をモチーフにした楽曲「アルジャーノン」を発表したほか、小説紹介クリエイター・けんご小説紹介氏によるブックレビュー投稿がYouTubeショート・TikTok合わせて1350万再生を超えるなど、今においても話題が尽きない。
『第16回オリコン年間“本”ランキング2023』の「文庫」ジャンルでランキング入りした既刊の海外翻訳小説は『アルジャーノン〜』が唯一。なぜここまでヒットを繰り返しているのか。
「現状に限っていえば、同作を紹介したけんごさんのTikTok動画がバズったこととヨルシカによる影響です」
とはいえ、そもそもここまで多くの女性読者を獲得し、広く読まれるきっかけになったのは、1988年に氷室京介が発売したアルバム『FLOWERS for ALGERNON』が大きいという。
「このアルバムが発表する以前の『アルジャーノン〜』の発行部数は累計7.85万部でした(※)。ところが、同作にインスパイアされたと言われている本アルバムが1988年に発表されると、その年だけで9.4万部の重版がかかり、累計17.25万部に。現在の累計発行部数が352万部(単行本・愛蔵版・文庫含む)からすると、2.6%が氷室さん効果で読まれたということになりますが、それでもここまで広く読まれるようになったのは、氷室さんのアルバムがターニングポイントになったことは間違いないです」と清水氏は分析する。
BO?WY解散後、初のソロアルバムとして発売された同作は、累積56.3万枚を売り上げ、オリコン週間アルバムランキング最高位1位を獲得。同作のテーマが氷室の人生哲学と重なっていると言われていることから、BOOWYファンや氷室ファンを取り込むことになり、結果、従来の読者層以外からも読まれるようになった。
(※)1978年〜1987年までの10年間
3行で要約できる“わかりやすさ”がタイパ重視のZ世代にもマッチ
「長く愛される海外翻訳作品としては同作のほかにも『そして誰もいなくなった』(アガサ・クリスティー)や『夏への扉』(ロバート・A・ハインライン)、『1984』(ジョージ・オーウェル)などが挙げられます。これら作品に共通するのは、物語のあらすじを大体3行ぐらいで要約することができるということ。ショート動画のような、短時間でも内容がしっかり理解できるような骨格のしっかりした小説が求められているように感じます。現代においてヒットするには、わかりやすさというのは大事な要素ではないでしょうか」
タイパ重視のZ世代にとって、内容の面白さはもちろん簡潔さは何より重要。さらにはそのジャンルにおける“原点、入口”であることも多くの親しまれる本の共通点なのだ。
「翻訳小説は、翻訳ということ自体が今の読者にとってはハードルになっている部分もあります。なので、物語の展開が定番であったり、誰かのお墨付きということが翻訳小説がヒットする要素としてどうしても大事になってくると感じます。
また、日本人の琴線に触れやすいテーマになっていることも一つあるでしょう。読者に問いを投げかけるような結末が、中高生の課題図書や読書感想文などで取り上げられやすいのではないかと考えます」
普遍的なテーマ、泣ける要素、シンプルなストーリー構造。落語や歌舞伎、能のようなある種の「型」、「様式美」を親しんできた国民性がそういった要素を受け入れやすいこともあるのではないだろうか。そのため、繰り返しメディアミックスされても、飽きることなく広く読まれ続けていくことになるのだ。
「アメリカなどを見ると、映画『DUNE』などのような壮大な作品が再ブームを起こしています。対して、日本は舞台をどこに置き換えても文化的な障壁のない普遍性がある作品が好まれます。言い方は難しいですが、大掛かりなセットや複雑な背景が必要なく、いってしまえば低予算でもメディアミックスしやすいことも日本でヒットしている要因の一つではないかと考えます」