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“無人販売所”で万引き横行の最中、なぜ『餃子の雪松』は“性善説”を貫けるのか? 4年で430店舗&不採算店ゼロの躍進

スタートは、群馬・みなかみの食堂の名物・餃子の味を全国に広めたい

 非接触の無人販売という形態から、コロナ禍に着想を得て、ピンチをチャンスに変えたビジネスモデルの代表例として、昨今、取り上げられることが多い『餃子の雪松』。だが、冷凍生餃子の無人販売店をオープンさせたのは、新型コロナウイルス感染症の世界的流行などまだ想像もできなかった2019年7月のこと。「叔父さんが作る秘伝の名物餃子を多くの人に届けたい」という代表の長谷川保氏の思いから始まった挑戦だった。幼なじみで、現在『餃子の雪松』運営会社のYESでマーケティング部長を務める高野内謙伍氏は言う。

「長谷川の叔父さんは、群馬県みなかみ町にある『お食事処 雪松』の3代目。特に餃子は、昭和15(1940)年から受け継がれ、著名人やプロアスリートをはじめ遠方からもわざわざお客さんが訪れるほどの看板メニューでした。最初に相談されたときは、飲食業の経験もない自分たちには難しいだろうと思ったのですが、最終的にはこの“伝統の味”を継承することになりました」(高野内氏/以下同)

 それから1年10ヵ月、3代目のもとで作り方を学び、試行錯誤しながらなんとか開店準備を整えた2人は、2018年9月に埼玉県入間市に餃子定食のみを提供するイートイン形式の『餃子の雪松』1号店をオープン。すると初日から駐車場待ちをする車が公道に列をなし、警察が出動するほど人気に。以後も連日、行列ができ、対応しきれなくなってしまったことから、1カ月もしないうちに潔くテイクアウト専門店に変更した。

「テイクアウト専門店に変更したときに僕らが意識したのは、エンターテインメントを食卓に持ち込みたいという思いでした。焼き餃子は置かずに、冷凍餃子だけを販売しているのはそのためです。買って帰って、自宅の台所でひと手間かけて、焼きたての熱々をみんなで食べる。そんなふうに家庭の食卓を明るく演出する一品にしたかったんです」

性善説は大前提『日本人は勝手に盗ったりしない』

 入間店での評判が噂となり、店舗数を増やすと時を同じく、設備投資で増産体制を確立。さらなる拡大を目指して“無人店舗”に挑んだのが、2019年7月に出店した12店舗目となる大泉学園店だった。

「80年以上にわたって受け継がれてきた歴代の店主の思いを、より手軽に全国に届けるためにはどうしたらいいか。そう考えたとき、浮かんだのが野菜の無人直売所でした」

 しかし当然と言うべきだろう、社内からは防犯上、反対の声が上がったという。

「決済したら冷凍庫が開くシステムとか、セルフレジとか、自動販売機とか、さまざまな仕組みも検証したのですが、どれもしっくりきませんでした。『秘伝の餃子を、この方法で売っていいのか? 味気ないのではないか?』という思いがどうしてもぬぐえませんでした」

 この想いと同時に、あるシステムの進化の状況も気になったという。

「2018年1月にシアトルに1号店をオープンさせていたスマホ自動決済の“レジなし無人コンビニ”Amazon goの存在も気になりました。当時、アメリカ国内に20店舗くらいあったときだったのですが、今、たくさんのトライアンドエラーとフィードバックを貯めている状態で、それが解消次第、ものすごい勢いで拡大して、日本にもやってくるのではないか。今は中途半端に設備投資をしないで、もうしばらく様子を見ることにして、むしろ、ビックリするくらいアナログに振って、情緒性を大事にしたいと考えました。人を信じて、昔ながらの販売方法で、昔ながらの餃子を買ってもらって、一人でも多くの方にほっこりした気持ちになってもらえればと思い、無人販売に踏み切りました」

 だが、多くの小売店が万引きなどの窃盗に頭を悩ませている昨今、そこと逆行する無人販売について、高野内氏は「大前提として“性善説”であることは間違いないです」と言い切る。

「長谷川は鶏肉屋の息子で、僕は同じ商店街の和菓子屋の息子でした。僕らの原体験の中には昔の商店街の活気と、ほのぼのとした人と人とのつながりがあって、それを大切にしたいという気持ちとともに、『日本人は勝手に盗ったりしない』という思いもありました。本当に盗まれて仕方がなかったら、次の日から有人にすればいいわけだし、小さい会社なので、それくらいラフに、とりあえず試してみたかったんです」

性善説が通用…料金箱から千円札が飛び出してもそこに重ねる日本人の気質

 一部懸念していた防犯面に関して、心配は杞憂に終わった。間口を広く取り、常に明るく、外から店内の様子が分かるようにガラス面を大きくするなど、入りやすく防犯面も考えられた店舗の設計に加え、「セキュリティーの都合上、詳細は言えませんが、防犯カメラや料金箱などにもさまざまな工夫を施している」ということもあり、窃盗などのトラブルについては、店舗拡大した現在まで「トラブルはほぼなく、警察に届けを出したことも一度もない」という。だが、それも「お客様との信頼関係があってこそ」と、高野内氏は感謝の気持ちを忘れない。

「今もそうですが、お客様の中には、防犯カメラに向かって、商品と千円札を掲げて、料金箱にお金を入れる様子をあえて映るようにしていらっしゃる方も少なくないんです。うちとしては、そこはお客様を信頼しているのですが(笑)」
 また、こんなエピソードもある。一人の客が入れたお金が料金箱の差し入れ口に詰まってしまい、その後、入れられなくなった客は次々と料金箱の上に千円札を置くようになり、千円札が積み重なって山ができてしまったのだ。防犯カメラで確認し、回収に向かったそうだが、性善説を掲げながらも「さすがにこれにはビックリした」と高野内氏は笑みをこぼす。

 消費者と信頼関係を築けたことで、可能になった無人販売は、出店のペースにも好影響を及ぼした。飲食店と異なり、水回りの設備もいらないため準備期間を大幅に短縮。工場からの配送ルート上に次々と出店し、「月30店舗出すときもあった」という快進撃で、約4年が経った現在は、沖縄をのぞく全都道府県で430店舗を展開するに至った。さらに驚くべきことに、設備投資も冷蔵庫や防犯カメラなど最小限で済むため、不採算店舗がなく、これまで閉店・撤退もないという。「こんなペースで出店するつもりはなかった」と高野内氏は言うが、自慢の伝承の味を広く手軽に届けるために選んだ販売手法は見事に成功を収めた。

「先ほどの料金箱に積み重なった千円札の出来事もそうですが、我々の会社はお客様の善意で成り立っている。だとしたら、その売上は良い形で社会に還元させなければならないと考え、全国の児童養護施設に餃子を毎月無料で配布することを決め、昨年11月から月1回、子どもたちに餃子パーティーをしてもらうべく実行しています」

小売りに卸さず、味も変えない「自分たちの手で直接この味を届ける」

 全国に店舗が拡大するとともに、餃子に関しては、「ニンニクが強すぎる」「肉が少ない」など、客からの意見が寄せられることも増えているそう。しかし、“昔ながらの販売方法”の発想の元となった“伝承の味を守る”ことへのこだわりは、当然、一大チェーン店となった今もゆずれない。味のレパートリーを増やさないのも同じ理由だ。

「受け継がれてきた雪松の餃子に自分たちの思いつきで手を加えることは考えられません。クセが強い餃子であることは認識しています。でも、ガンコなオヤジが作り上げたそこが持ち味だし、変えたら雪松ではなくなってしまいますからね」

 スーパーなどからの引き合いの話もあるそうだが、「無人であっても、自分たちの手で直接お客様には届けたい」という思いから、現在の販売方法のみにこだわる。
 
 最後に、『餃子の雪松』の成功がけん引となり、同じような形態の無人販売所が増加していることについて、高野内氏に見解を聞いてみた。

「完全に模倣した店は考え直してほしいというのが本音ですけど、僕らのやっていることが刺激になって、違う業態で工夫した店が現れるのは素晴らしいことだと思います。無人ビジネスはこれからますます増えていくだろうし、そんな中、巨大な企業も必要だけど、面白いスモールビジネスがたくさんあるのが豊かで良いのではないかと思います」

 非接触とテクノロジーの進化による利便性で注目を集める無人ビジネスにおいて、“昔ながら”を大切に、人のぬくもりを重視した販売方法と伝承の味で発展している『雪松の餃子』。令和の時代には、その両立が「日本ならでは」として定着するのかもしれない。

取材・文/河上いつ子

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