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芸能人、母、政治家…今井絵理子氏、いまだ止まぬバッシングへの思い「無知と言われても、失敗しても受け止める」

今井絵理子

 SPEEDという一世を風靡したグループの一員にして、一児の母、そして参議院議員である今井絵理子氏。国会議員として5年目を迎えながら、まだまだバッシングにさらされることも少なくない。そんな今井氏は何を思い、政治家を続けるのか。SPEED結成から25年。彼女の歩んできた試練と挑戦の四半世紀とは? 聴覚障がいを抱える息子のこと、現パートナーについても語った。

「絵理ちゃんが決めた道だから応援する」、SPEEDメンバーからの後押し

 ダンス&ボーカルグループ・SPEEDが結成されてから、25年という節目となる今年。現在、参議院議員を務める今井絵理子氏がデビューしたのは、わずか12歳という年齢だった。ミリオンセラーを連発し、国民的グループとなるも、3年半後に解散。今井氏はその後、ソロとして活動しながら、2004年には結婚し、出産。2008年の『24時間テレビ 愛は地球を救う』(日本テレビ系)では、長男が感音性難聴であることを告白し、障がいを持つ家族などへの公演やボランティア活動を積極的に行うようになった。そんな活動を約10年間行うなか、「自分にもできることはあるのでは」と政治の道へ。現在、国会議員として5年目を迎えている。

 「ジェットコースターのようだった」と振り返るように、この四半世紀は今井氏にとっても大きな転機の連続だった。

 「まだ38年しか生きていないのですが、本当に目まぐるしい人生だなと思います。12歳から仕事をしているということに、我ながら驚きました(笑)。ただSPEEDのときは、仕事というより、歌とダンスが大好きで趣味の延長という感じだったんです。20歳を過ぎたらすぐに子育てが始まり、さらに障がいのある子を育てるという想像もしていなかったことが起こり、その後は政治家。変化のたびにさまざまな試練があり、失敗も経験して反省の日々ですが、政治家になっても応援してくださる方のおかげでここまでやってこられたんだと思います」

 大きなムーブメントとなったSPEEDの活動は、最初の解散まで3年半という短い期間だった。その後、再結成しているが、現在国会議員として国民と向き合っている今井氏にとって、SPEEDで過ごした時間はどんなことをもたらしてくれたのだろうか。

 「最初にグループを解散するという決断に至ったときは、まだ15〜16歳。一般的に見れば、人生を決断するには早い年齢ですよね。でも大人たちと一緒に仕事をしていたので、精神年齢はすでに30歳ぐらいだったかもしれません(笑)。ただ、SPEEDというのは、それぞれの生き方を尊重するグループ。誰かが一旦立ち止まりたいと言ったらなら、絶対に否定しない。いまはメンバーとは離れていますが、その関係性は変わらないんです。私が政治家になるときも、『絵理ちゃんが決めた道だから応援する』って背中を押してくれました。親友とか家族とか、友だちとか…そんなカテゴリーを超えた存在。そういう関係を築けたことは、いまの政治活動にも大きな糧になっていると思います」

「神様って残酷」障がい持つ息子の公表には賛否、「一芸能人が語るよりも…」

今井絵理子

 今井氏の現在に繋がるもう一つの大きな出会いが、愛する息子である礼夢(らいむ)さんだ。彼を育てたことは、彼女にたくさんの大切なことをもたらしてくれた。

 「生後3日目で息子の耳が聞こえないと知ったときは、『本当に神様って残酷だ』と思いました。なぜ音楽をやっている私たちの元に、耳が聞こえない子を授けたのだろうって…。歌を届けられない悔しさと、母親として五体満足に産んであげられなかったことの申し訳なさで、泣いてばかりいました。でもいま振り返ると、こうしたこともすべてが未来に繋がっていたと思えるんです。『24時間テレビ』で公表したときには、もちろん賛否がありました。でも自分と同じ境遇にある方々に、少しでも笑顔になってもらいたいという思いでボランティア活動や講演を続けているうちに、『一芸能人が障がい者の現状を語るより、政治の世界に入った方が変えられることがたくさんある』という言葉をいただいた。なかなか陽が当たらない障がい者の政策に、光を届けたいと思えたんです」

“芸能人”だからこそ…、止まぬバッシングに悩むことも「無知と言われても、失敗しても」

 純粋な思いで新たなステップに進んだ今井氏だが、“芸能人”という目立つ存在であるだけに、その一挙手一投足は大きな注目を集めた。内閣府大臣政務官に任命された際も、メディアからは「大丈夫なのか?」と揶揄されるなど、知名度があることは良い面もあれば、悪意を持った受け止め方をされることもあった。

 「名前を知っていただいていることによるメリットやデメリットは、ある程度は理解していました。でも、私自身はあまりそういった部分には左右されず、ただひたすら真っすぐ、自分がやらなければいけないことに取り組んでいこうという思いが強かったです。5年間国会議員をやらせていただき、やっぱり一番大切なことは信頼。芳しい評価をいただけなくても、地道にやるしかない。無知と言われても、失敗しても、しっかり受け止めつつ、一歩ずつ真摯に取り組んでいくことしかできませんからね。その覚悟は、政治の世界に飛び込んだときから持っています」

 とは言いつつも、辛辣な意見に心を砕かれることもある。

 「もちろん人間なので、厳しいことを言われればつらいですし、悩むこともあります。でもそういう時期こそ、『私はなんのために政治家になったんだろう』と初心にかえります。私は、自分と同じ境遇の親御さんの気持ちに寄り添える立場にいる。これまでの自分の経験とともに代弁者としてその声を国会に届け、政策を作っていく。そのことで一人でも笑顔になる人が増えたら嬉しい。これはSPEED時代から同じなのですが、求められたことに応えたいという思いが強いんです」

 失敗も厳しい評価も、真摯に受け止めるという思い。近著『動かなきゃ、何も始まらない』(光文社)には、現パートナーについても言及している。

 「SPEED時代から私の人生を書いていくなか、彼とのことも自分の人生の一ページとして、正直に綴りました。これからもいろいろな憶測が飛び交うとは思いますが、しっかりと残しておく必要があると思ったんです。そこには反省を忘れてはいけないという思いも、多分にあります」

 こうした信念のなか行ってきた政治家活動。障がい者を取り巻く環境に対して、実を結んだことも多い。

 「もちろん私一人の取り組みではありませんが、例えば特別支援ろう学校の先生から、『いまの時代と合わない教科書なので、変えて欲しい』という意見をいただきました。調べてみると、ろう学校で使用されている教科書はもう約30年近く改訂されていなかった。教科書の改訂をはじめ、医療的ケア児支援法の施行、電話リレーサービスなど、超党派でいろいろな議員さんと一緒に取り組み、少しずつですが前進している実感はあります」

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