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作家・中村航が“横書きスクロール”のスマホアプリで無料公開する理由「僕なりの戦い方」

 小説『100回泣くこと』や『トリガール!』などで知られる人気作家、中村航氏。彼はいま、無料アプリ「LINEノベル」(アプリ内課金あり)と呼ばれるスマホ向けの小説読書アプリでの連載に挑戦している。20年のキャリアを持つ人気作家が、横書きスクロールで作品を読む「アプリ連載」という新しい表現に踏み切った理由とは?中村氏に話を聞いた。

“読書習慣をつけたい”に共感「無料で読まれることにも嬉しいと思っちゃう」

――「LINEノベル」での書き下ろし作品連載を引き受けようと思ったきっかけは?

【中村】2年ほど前に「LINEノベル」から「こういうアプリでやるのですがどうですか?」って声をかけてもらって。面白そうだなと思いました。もともと漫画アプリは自分で読んで知っていましたので、「こういう感じで小説もやるのか」と。

――面白いと思われた理由を詳しく教えて下さい。

【中村】運営の方々が「アプリ化によって読書習慣を喚起したい」というようなことをおっしゃっていて。つまりアプリを使うことが習慣化するようなしくみがあって、潜在的な読者層を掘り起こしたいと。「LINEノベル」では、課金しなくてもアプリ内で作品を最後まで読むこともできるんです。小説を生業としている身としては買ってもらわないと困るのですが(笑)

【中村】自分自身も、多くの作品を図書館で読んできたりしたし、無料で読まれることに対しても単純に嬉しいと思っちゃうんですね。読まれないよりは、無料でも読まれたほうがずっといいんです。ただこれ、難しい問題なんですけど、専業の小説家がいなくなるのは嫌だし、自分もプロとして生き残りたいんですよ。小説家という一個人がどう小説を書いて、生きていくか。それに興味がある。だから無料で読まれるのはいいんだけど、売り上げのほうもなんとかしなきゃ、とは思ってます。

――LINEノベルで連載を始めた小説『#失恋したて』着想秘話を聞かせて下さい。

【中村】「失恋したての女の子」というテーマで書こう、というのは、もうかなり前から思っていました。取材というか、誰かと話をするとき、男女問わず「最大の失恋話を教えて」とお願いしたりしてたんです。そうすると誰もが一つぐらいは面白い話があって。そうしたエピソードを集めて、作り始めようとしました。

――ほか執筆中のエピソードは。

【中村】作中に登場するさまざまな人の失恋話の投稿については、LINEさんがアンケートを取ってくれたんです。それが瞬殺といいますか、たった一日で相当数集まりました。これはすごいなと思いましたね。

文字離れはしていない「活字離れというより、縦書き文字離れ」

――書籍での小説は縦書きが基本ですが、横書きで読まれることへの抵抗はありましたか?

【中村】最初は不思議な感じがしましたけど、思っていたよりは慣れますね。スマートフォンという媒体がその横書きに適してるなら……それでもいいのかな、と思います。

【中村】よく活字離れといわれていますが、文字に触れる機会は、かつてより絶対に増えてますよね。ニュースなどの情報を文字で受け取っているし、メールやLINEなどのコミニュケーションでも文字を使っている。ソーシャルゲームなどでも文字が多いですよね。つまりこれ、活字離れなんじゃなくて、縦書き文字離れなんじゃないですかね。横書きの文字には、かつてより多く触れている。

――「LINEノベル」という媒体ならではの書き方など気にされたでしょうか?

【中村】僕自身はあまり変わらないかな。例えば携帯小説が流行っていた頃は、皆さん、小説の書き方として、僕らが驚くような(型にとらわれない)書き方をしてたり、これは書く人と読む人が一緒に文化を作っていった結果だと思うんです。「LINEノベル」もそうなるのかもしれないですね。

――電子書籍のようにページをめくるのではなく、スクロールして読むのも特徴的です

【中村】巻物に戻った感じですね。漫画だと、紙漫画の醍醐味である「コマ割り」の衝撃や構成の巧みさがスポイルされてしまうところはあると感じます。小説も同じなんですけど、文字だけのぶん、デメリットは少ないかもしれません。

――人気作家でベテランでもある先生が、意識していることはありますか?

【中村】えーっと……、デビューしたときから一貫して言ってることがあって、今まで小説に触れてこなかった人、本や小説を読まない人に読んでみてほしい、と。だからそういう人にも楽しんでもらえるようなものを書こう、ということは、ずっと意識してます。最近は、小説を触れてもらうきっかけ作りのために、イベントを開催しようとか。

ソシャゲやSNS時代も「物語消費量は増えている」作家それぞれの“闘い方”

――インターネットで、無料で楽しむということに関して、例えば米津玄師さんはYouTubeなどでMVを公開しているにも関わらず、ソフトやダウンロードの売上も高いという現象が起こっています。これは無料で披露することが収益につながるという新たなビジネスの形を示唆しているようにも思えるのですが。

【中村】音楽の一つの美しい形ですよね。音楽も不況といわれた時代は長かったですけど、全体としては底入れして、ライブや物販の規模はかつてより遥かに大きくなっている。僕も小説や漫画にどういうやり方があるかなと考えることはあるんですけど。みんな同じやり方ではなく、いろんなことをやっている段階だと思います。うまくやっている人もいると思うし、今まで通りが正解の人もいる。だけど出版不況といわれる現代でも“物語消費量”は増えていると思うんです。

――「“物語消費量”は増えている」とは?

【中村】本だけじゃなくて、世の中のという意味ですけど。巨大な一つの才能が物語を作るということじゃなくて、例えばネット動画のなかに流れる物語性、そこに皆がコメントしていくことによってまた大きな物語になっていきます(記者注:『#失恋したて』にもYouTubeにアップされたヒロインの動画がバズることによって新たな物語を次々と生む展開がある)。そういうのは皆大好きだし、そういうことに触れるのは、今はすごく簡単なんです。

――周囲の本業の小説家たちの反応はどうでしょう。

【中村】んー、既刊本をLINEノベルにアップさせてほしい、というオファーが来た人が、OKして大丈夫なのか、と僕に聞いてきたので、大丈夫と答えておきました(笑)。すでにある本を積極的にスマホアプリにアップしていて手軽に読んでもらうっていうのは、一つの大きな軸になりそうな気もしますよね。

――そんな世の中で、これから新たにトライしていきたいことはありますか?

【中村】まずは、どういう小説を書くかということが一番で、それがほとんどだと思いますよ。小説はなかなか売れなかったり、影響力が少なかったりしますけど、僕にとっては本を出すことは夢なんです。だからまだまだ創意工夫しながら、夢を追求していきますよ。あと、それに加えるなら、自分の媒体のようなものを持つことに時間と情熱をかけたいってことは、最近よく考えます。同時代を生きている作家さんって、やっぱり、人間的に非常に面白い方が多く、皆それぞれの闘いをしていて凄いなあ、と感じます。SNSを頑張るとか、テレビに出るとか、ネット上のプラットフォームで連載するとか。僕も自分の戦い方で、いろいろやっていきたいと思ってます。

(取材・文/衣輪晋一)

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