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(更新: ORICON NEWS

戦争経験したやなせ氏が伝えたかった“アンパンチ”に込めた正義とは

世界最弱・自己犠牲ヒーロー、アンパンマンは弱くても決して武器を持たない

 やなせさんは、アンパンマンを「世界一弱いヒーロー」と評している。顔が濡れただけで弱ってしまうし、新しい顔を自分で作ることはできないので、毎回ジャムおじさんに助けを求める。それでも決して武器は持たず、自分の力のみで闘う。
 「自分が傷つくことなしに正義を行なうことはできない」というのも、やなせさんが戦争で学んだ持論だ。戦場で飢えている子どもがいたら、自分が空腹でも食べ物を分け与える。人が川で溺れていたら、泳ぎが得意でなくても飛び込んで助ける。ヒーローは“強いから”闘うのではなく、“弱くても”闘うのだ。従来のヒーローのように、見た目が格好良いわけでもなく、強い技や武器を持っているわけでもなく、“アンパンチ”で正義を守る、それがアンパンマンの姿なのである。実際、初代アンパンマンは人間だが、マッチョでもなくイケメンでもなく、ただの小太りの普通の男だ。

 30年以上に渡ってアンパンマンの声優を務める戸田恵子は、「やなせさんこそアンパンマンのような方だった」と語っている。69歳にして空前のヒット作に恵まれたやなせさんは、絵本・アニメ・映画・作詞とひっきりなしに仕事が舞い込んだ。心臓病、肺炎、がんなどの大病を幾度も患い、92歳を迎えた2011年に漫画家の引退・生前葬を決意する。しかし、その発表直前に東日本大震災が発生し、引退を撤回、一生現役を宣言した。
 《震災後、ラジオで一番リクエストが多かったのが『アンパンマンのマーチ』だった》、《地震で心を閉ざしてしまった子どもが、アンパンマンのポスターを見て笑い、親が泣いた》といった話を聞くと、やなせさんは視力も聴力も失われていく中、被災地のためにペンを走らせ続けた。自分の顔を分け与え、自己犠牲の上に正義を貫くアンパンマンは、弱くも強いやなせさんの姿そのものだったのである。

アンパンマンとばいきんまんの関係性は、“アンパンチ”で善悪バランス保つ人間そのもの

 1973年からアンパンマンの絵本を発行しているフレーベル館は、やなせさんとともにさまざまな読者の疑問に答えた『アンパンマン大研究』を出版している。その中で「アンパンマンは、ばいきんまんをやっつけるだけで、なぜ捕まえないのですか?」という問いに対し、「アンパンマンとばいきんまんは、光と影、陽と陰、あるいはプラスとマイナスのような関係です」とし、また、「アンパンマンは、なぜすぐにばいきんまんをアンパンチでぶっ飛ばさないのですか?」という問いには、「ばいきんまんの悪事をとめるのが目的で、やっつけることが目的ではないからです」と答えている。
 アンパンマンとばいきんまんの闘いは、誰しもが抱く“良い心”と“悪い心”の象徴であり、常に“悪い心”を自身の“アンパンチ”で制御しながらバランスを保っている人間そのものを表しているという。だから、アンパンマンは顔を汚されたりつぶされたりするが、決して死ぬことはないし、ばいきんまんもアンパンチを受けて突き飛ばされても、また翌週には元気に現れる。絶えず良心と悪心が共存する人間のように、どちらか一方が完全に勝利することはなく、この闘いは永遠に続いていく。単に暴力で悪を排除するという話ではないのだ。

 アンパンマンとばいきんまんは、酵母菌がなければできないパンや無菌状態では生きていけない人間同様、闘いながら共生している。しかし、菌が増えすぎてしまっては美味しいパンはできないし、人間も病気にかかってしまう。そういう意味では、“アンパンチ”とは平和なバランスを保つための“調整剤”ともいえるかもしれない。暴力や戦争という直接的な解決手段ではなく、むしろそうした悲劇を生み出さないために、人間が本来持っている“抑制力”や“制御力”を表現したものではないだろうか。
 自己犠牲を払ってでも、弱くても困っている人のために手を差し伸べる。やなせたかしさんは、最期まで自分自身に“アンパンチ”を下しながら、多くの人に愛と勇気を届けていたのかもしれない。

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