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ロックは今、時代のビジネスになりえるのか、ROCKIN'ON JAPAN編集長・小?大輔氏

――「エイベックス」ではどんな仕事を?
 広くいうと営業部です。営業推進部という部署で、全国の営業実績を過去の実績と比べ、販売促進の施策を考えたり、数字の進捗管理をしていました。

――「エイベックス」で働いている時も『ロッキング・オン』で働きたいという想いはあった?
 ずっとありました。「エイベックス」に入社した時から、当時の上司に「いつかロッキング・オンに行こうと思っています」と伝えてました(笑)。でも周りは「いいじゃん、頑張れよ!」と応援してくれたんですよ。「新卒」「定期採用」「契約社員」「アルバイト」、募集を見る度に応募して、もう働けたら何でも良かった。ただ2年ほど過ぎた頃、当時の上司に「そろそろ、エイベックスも2年になるから、しっかり向き合わないといけないんじゃないか」と言われたんですよね。当たり前だと思います。僕はエイベックスという会社も、エイベックスが作る音楽も大好きだったし、エイベックスに骨を埋める未来もいいもんだなと。それで自分の中で決心がついて「次の試験を最後にします」と言いました。

――5回目の挑戦が最後?
 そうですね。5回目のラストチャンスで、何とか採用してもらえました。エイベックスの皆さんも、本当に喜んでくれましたね。続けて良かったねと。試験自体は全く手応えがなかったので、本当に嬉しかったです。試験では原稿もたくさん書いてグループワークもあった。最後の面接は、僕1人と管理職が15人から20人くらいだったと思います。社長の『渋谷陽一』もいて、最終面接では猛烈にダメ出しされたんですよ。本当に厳しい試験でしたが、5回目で何とか合格。エイベックスで一緒に働いていた方々には、今でも本当に感謝しています。「エイベックス」に育ててもらったという気持ちは、今でも心の中にありますね。

――『ロッキング・オン』に入社されて、最初の仕事は?
 最初は、カルチャー誌『H』の編集部に配属されて、主に「広告営業」から仕事を始めました。営業をやりながら、編集者としての基礎を学んでいましたね。週の半分くらいはスーツを着て、広告代理店に営業に行ったり、タイアップの提案などもやっていました。2年間、『H』編集部にいて、『H』と『CUT』(映画を中心としたカルチャー誌)が同じ編集部として合併するタイミングで『CUT』も作るようになりました。

――『CUT』編集部で、印象に残っていることはありますか?
 2008年に『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の新キャラ『マリ』を表紙にした時。これはすごく印象に残っています。表紙用に書き下ろして頂いたんですが、当時の『CUT』は映画作品を中心に、いわゆる「ハリウッドスター」を含めて「役者」が表紙になることが多かったんです。だから、テレビアニメ発の作品を表紙にする事は「大きな挑戦」でした。僕自身も「エヴァンゲリオン」という作品が好きでしたし、この千載一遇のチャンスを逃したくない。もちろん反対する人もいましたが、これはやるべきだと思うと。当時も渋谷が編集長でしたから、渋谷にも相談して「おまえの中で、この作品がすごくおもしろい、素晴らしいんだと説明できて、読者に対して訴えたいと思う情熱と必然性を持っているならやってみたらいいんじゃないか」と。僕の中で、「CUT」がこれから目指すべき方向と読者が求めているもの、時代と自分自身の能力がカチッとはまった瞬間だったと思います。部数も伸びて、大きな結果も出ました。時代の流れ、ユーザーの求めているものに対して「半歩先」に行けたという感覚があった。ユーザーが欲しいものを的確なタイミングで提供できた時「コンテンツはこんなに遠くに飛んで行くんだ」と身に染みて感じましたね。

――6年『CUT』編集部にいて、それから『ROCKIN'ON JAPAN』へ異動?
 そうですね。入社9年目の時に編集部員として異動しました。当時「邦楽事業」は3つの事業を展開していて、それぞれが大きな存在だった。『ROCKIN’ON JAPAN』という雑誌があり、大きなフェスの運営があり、新たな事業として「RO JACK」というオーディションの運営にも挑戦する。僕も編集だけではなく、「邦楽事業」全てに関わる形になりました。

――それからわずか2年で編集長に?
 そうですね。2015年4月に編集長になって、今は編集長4年目です。当時も今も僕の上長は『山崎洋一郎』という『ROCKIN'ON JAPAN』を30年作っている大先輩です。少しでも追いつけるように、頼りにされるようにがむしゃらに頑張ってきました。副編集長時代もたくさん叱られて、たくさん指導してもらった。その山崎に「編集長を任せる」と言われたときは、本当にびっくりしましたね。『ROCKIN'ON JAPAN』には30年の歴史があって、編集長になった人は決して多くはない。ずっと憧れていた雑誌に自分の名前が連なるのは本当に嬉しかったですし、大きなプレッシャーでもありました。

――編集長になってから、仕事への向き合い方は変わりましたか?
 今、『ROCKIN'ON JAPAN』はありがたいことに、アーティストのキャリアにとって重要なインフラを担う存在になっています。だからこそ僕たちは「アーティスト生命の一端」を担っている気持ちでやらないといけない。大袈裟かもしれませんが、それは本当に強く思っています。常にお互いの主張や目指すべきものをしっかりと話し合って、アーティスト、マネージメントとしっかり向き合う。編集長になって、求められる役割も大きくなるし、重くなります。いち編集者のときにはある程度「自分はこう思うんだ」と好きなことを書けた。でも「自分が好きなこと」だけじゃダメですよね。アーティストの本当の気持ちやポテンシャル、マネージメントが考えている「これからの戦略」も受け止めて話をするべきだし、あるいは、フェスに出てもらうメリットもしっかりと伝えないといけない。それに、読者の期待に応えるパフォーマンスも圧倒的でないといけない。全てが揃わないと役不足になってしまいます。すべての仕事でその基準に向き合っていかなければならない。「立場が人を育てる」ではないですが、編集長になってからの3年間で、僕自身の考え方はかなり「本質的」になったと思います。

――今、どんどん変化している音楽業界に関してはどう思っていますか?
 すごく前向きですよ。ユーザーがこれほど早く、正しい反応を示す時代はなかったと思っています。その中において、サービスを提供する側はシビアですけど、ユーザーの欲望に対して正しいサービスを提供すると必ず反応があります。ユーザーはちゃんと見つけてくれる。だから、「フェス」の存在は僕らにとって大きいものなんですよね。つまらない言い方かもしれませんが、正しいサービスを提供し続ける。ユーザーが何を求めているか、潜在的な欲望との対話を繰り返すことがすごく重要だと思っています。音楽業界もどんどん変化している中で、フェスの形もどんどん変わってきました。サブスクが普及し、音楽の作り方や聴き方も変わった。『ROCKIN’ON JAPAN』も記事の質、写真の選び方、撮り方、コピー、10年前とは全然違います。僕が編集長になった3年前と比べても、かなり違います。今の時代、変わらないと変なんです。当然、ブランドは守る。ブランドは保ち続けないといけない。ただ時代に応じて、求められているデザインや写真が変わるなら、誰よりもそれに真摯に向き合い、時代にアジャストしないといけない。その結果として、勝つ。それが「ブランドを守る」ということだと思います。変わりながら「ブランドの価値」を上げていく。変わることでブランドの価値が保たれて行く。これはすごく大事なことだと思います。

――最後に、小柳さんの原動力を教えてください。
 ひとつひとつの音楽のポテンシャルを誰よりも正確に伝える事がそのときの仕事であるとすれば、そこに向き合って、求められているベストを尽くす。あるいは、時代やアーティスト、何より読者に求められる誌面作り、会社と世間が求める僕の働き方、それを感じ取り、それに向かってただ全力を尽くす。その想いがすべて、僕の原動力です。僕自身がいることで、誰かがメリットを享受することができる。読んでくれている読者、アーティストや事務所や関わった全ての人。そんな人たちに、何かのメリットを1個でも生み出すことが出来れば、それは「喜び」であり、次の「原動力」になっていきますよね。あとはとにかく、僕の中では「諦めない」という気持ちが一番強くて、執念深いんですよね(笑)。うまくいかないことが当たり前という中でずっとやってきましたし、でもまあ何だってそんなもんだぜと。「編集長」になれたからすごい、才能があるんじゃないですかって言っていただけることもありますが、全然そうじゃないんだと思っています。僕はこの仕事に向いているかというと、絶対向いていないし、特段優れた才能があるわけでもありません。ロッキング・オンに入って、仕事を任せてもらう中で、そのことは本当に骨身に染みましたし、だからこそいつも「悔しさ」がありました。うまくいかないなと。その「悔しさ」はありましたけど、でも、うまくいかないから何なんだよと。うまくいくまでやり続ければいいだけじゃないかと。それが僕の、僕らしい生き方なんだと思います。今、自分に求められるベストをやり続ける。その「続ける」という約束事を守り続ける。不器用にがむしゃらに、これからも全力で「音楽」、「仕事」に向き合っていこうと思います。

小?大輔氏(C)MusicVoice

小柳大輔氏(C)MusicVoice

 ◇

 諦めずにチャレンジし続け、5回目の「ラストチャンス」で掴んだ夢。仕事をしながら採用試験を受けていた時代、「エイベックス」への感謝の気持ちを何度も語っていた小柳氏。どの会社でも、どんな部署でも、その仕事に全力で向き合う。『ROCKIN'ON JAPAN』でのインタビュー記事が、そのアーティストの今後を左右するかもしれない。そんなアーティストの未来と向き合いながら、自問自答を繰り返し、努力し続けている。「好き」という言葉だけでは言い表せない「覚悟」のような想い。どんどん変化していくこの業界で、変わることを恐れず、「変化」しながらさらに「進化」していく小柳氏の「挑戦」は、今後の音楽業界をさらに明るく照らしてくれるはずだ。
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