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ロックは今、時代のビジネスになりえるのか、ROCKIN'ON JAPAN編集長・小蜻蝠緕

――学生時代に好きだったエンタメコンテンツは何ですか?
 「映画」「音楽」「テレビ」も人並みに好きだったんですが、その中でも「音楽」は物心ついた時から大好きでしたね。初めて好きになったのは『チェッカーズ』。世代的にギリギリだったと思いますが、親に頼んで「レコード」を手に入れていました。これが僕にとって一番古い「音楽の記憶」です。中学に入り「エンタメ」「カルチャー」という意味では「本」がすごく好きで、本を読む時間が一番長かったと思います。当時は、『村上春樹』『村上龍』『宮本輝』や『遠藤周作』『吉行淳之介』が好きで、古典では『太宰治』『芥川龍之介』、あとは『星新一』や『シドニィ・シェルダン』もよく読んでました。がんばって『安部公房』を読んだりもしていました。中学生の時はまだ「アイデンティティ」が定まっていなかったので、手当たり次第、いろんなものを見て吸収していたと思います。

――雑誌『rockin'on』との出会いは?
 出会ったのは1994年、中学3年生です。当時から毎月読んでいましたし、高校に入ってからは、完全に『rockin'on』が僕の「経典」になりました。読み物として面白かったのは勿論ですが、書いてある原稿、選んでいる写真、コピーも全て僕にとっては衝撃的でした。当時は洋楽を聴く仲間が周りにいなくて、「孤立している感覚」がどこか僕にはあったんですよね。その孤立した「アイデンティティ」を認めてくれる。「ああ、僕には居場所があるんだ」と感じることが出来た。「自分」という「アイデンティティ」がロックを通して語られる。その行為が僕の心に突き刺さったんです。その感覚は今でも鮮明に覚えていますね。

――当時からすでに、将来は「ロッキング・オン」で働きたいと?
 そうですね。漠然とですが、思っていたと思います。本当に一生懸命読んでいたので、周りの友達は「いつかお前はその会社で働くんだろうな」って言ってました(笑)。あと、僕は小学校から野球をずっとやっていて、中学校では強豪チームでキャプテンをやっていました。将来はプロ野球選手を目指したいということも漠然と考えてました。僕の名前「大輔」は、荒木大輔氏(元プロ野球選手)からきているくらい、親父も野球に熱心だったんです。ちょうど中学3年の時、今後「野球」とどう向き合っていくのか、職業としての「野球選手」という夢を追っていくのかと悩んでいた時に親父に言われたのが「もしかしたら、強豪校に入って甲子園に行けるかもしれない。ただ、お前はその道で生きて行くのか。プロになれる可能性は俺の目からみたら「ゼロ」だ。だったらその道ではなく、その一生懸命読んでいる『rockin'on』っていう本があるだろう。そんなに好きなら、そういう仕事をするというのも将来あるんじゃないか」と。親父もなんとなく、将来の事を僕に伝えたかったのかもしれません。その言葉が、ずっと僕の心には残っていましたね。

――大学は『慶應大学』に入学された。4年間「ロッキング・オン」への気持ちは変わらずですか?
 そうですね。その頃には、明確に4年間「ロッキング・オン」に就職したいと思っていました。音楽の趣味も広がって、ロックだけじゃなくて、いろんなジャンルも聴き始めていた。「アイドル」も高校の時から聴いていて大好きでしたし、洋楽も相変わらず好きでした。当時から「音楽の仕事」をリアルに考えていたので、分け隔てがあるより、色んな知識を持っていた方が良いだろうというのはあったと思います。あと、「書くトレーニング」も当時からやっていました。有名な文芸評論家『福田和也』先生のゼミに入って、原稿を書いたり、新しい企画書を提出したり、それなりに一生懸命取り組んでいました。評価は散々でしたけどね。Dにマイナス、マイナス、マイナス。書くのも好きだし音楽への憧れも強い。モチベーションも高いけど、俺には才能がないんだって。野球もそうでしたが「また自分に才能がないものを好きになってしまった」って思ってましたね(笑)

――でも、好きだから頑張れた?
 そういうことになりますかね。ただ、根性だけはあったんでしょうね(笑)。努力をやめない根性だけはあって、ダメならダメでいい、才能がないならなくてもいいと思ってました。才能がある人や結果を出している人を真似して、そこから学ぶ方法を見つける。それで勝てるまで努力すればいいじゃないかと。とにかくやり続ける、諦めないという決めごとを自分のモチベーション、支えにして頑張り続ける。その姿勢は、今も変わっていないですね。

――就職活動は『ロッキング・オン』も含めてエンタメの業種を中心に?
 いえ、『ロッキング・オン』1社だけです。いわゆる「就職活動」はほとんどしていません。周りのみんなは、広告代理店やマスコミ業界を受けていたんですが、僕はとにかく『ロッキング・オン』でした。当時の採用人数は1人か2人、1000分の1くらいでしたね。現実は甘くなくて、最初の書類選考で落ちました(笑)。今も狭き門ですが、当時は今よりも会社が小さかったのでさらに難関だったと思います。入社試験に落ちてからしばらく時間があったので、さてどうしようかと(笑)。周りに色々紹介してもらって、将来的に「音楽レーベルを作る」というビジョンを持ったベンチャー企業を紹介してもらい、働くことになりました。ただ、会社の立ち上げ直後だったので、売り上げを作るために最初は営業活動をやる事に。スーツを着てネクタイ締めて走り回る。本当に1日100軒くらいこなすような飛び込み営業ばかりだったので怖い思いもたくさんしたんですが、「営業」を通じて仕事の基礎を学んだ気がします。すごく勉強になりましたよ。ただ「音楽」の仕事という面では、まだまだ立ち上げに時間がかかりそうだったので、転職を決断しました。ちょうどその当時「エイベックス」の知り合いがいて、声をかけていただいて「エイベックス」へ。このご縁も、本当にありがたかったですね。

小柳大輔氏(C)MusicVoice

小柳大輔氏(C)MusicVoice

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