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岡澤セオン、同門・井上尚弥への畏敬「ともに練習…あの人だけは別格でした」 欠かせない“音楽”への熱いこだわり【連載第2回】
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連載第2回は「大橋ジム移籍の経緯」、「プロ選手との練習で得られる学び」、「井上尚弥との同門エピソード」、そして「音楽への深すぎる愛」など、練習の実態から素顔まで幅広く迫った。
岡澤元々、パリ五輪で金メダルを獲って競技を引退しようと考えていたこともあり、五輪が終わった直後、進路はまったくの白紙でした。競技に対する思いと同時に、社会人として仕事をしてみたいという気持ちもありました。実は以前から、社会人経験を一度もしたことがない点が自分的にすごく気にかかっていたんです。それで所属先のINSPAとも話をし、東京で働かせていただけることになりました。
一方、ボクシングのほうは一度引退を覚悟していたこともあり、「東京で自分をもっと強くできる環境がなければ競技は続けない」と自分に言い聞かせていました。いろんな方に応援していただいている以上、中途半端な状態では続けたくなかったんです。そんなとき、大橋ジムとのご縁を頂いて。日本一、いや世界一とも言えるジムですし、ここならまだ強くなれると確信したんです。
もうひとつ大きかったのが、鹿児島時代に一緒に練習していた荒竹一真選手も大橋ジムに入ることになったこと。彼がいるなら、というのも決め手のひとつでしたね。
移籍して約1年半が経ちますが、一番変わったのは意識の部分で、このジムの一員である以上、強いボクサーであり続けなければならないという誇りと自覚が生まれました。
──大橋ジムに移って、練習やサポート面での変化はありましたか?
岡澤サポート体制が全然違います。金銭的な負担が大きい海外遠征も、大橋ジムのサポートを受けながら積極的に行うことができています。以前の自分からしたら考えられないくらい、経済的な面も含めたサポートが充実しています。
練習は今、週2回ほど山形から東京に来て1〜2泊しながら集中してトレーニングする形が基本です。ジムの施設を全面的に使わせてもらえているので、環境としては申し分ないです。日本のランカーや元タイトル保持者など、プロの選手とスパーリングする機会も増えましたね。
岡澤僕たちの試合は3分×3ラウンド、しかしプロは3分×12ラウンドのため、ラウンドの使い方やペース配分の考え方が異なります。陸上競技でいうと短距離走と長距離走のようなもの。
だからこそ、プロボクサーの方とのスパーリングでは一つひとつの技術や駆け引きをじっくり試せます。ボクシング競技は瞬間的な判断の連続ですが、プロとやることで重厚な駆け引きを体験できて、それが自身の技術の向上においてもプラスになっています。
──普段の練習で特に意識していることは何ですか?
岡澤「打たれずに打つ」に尽きます。ボクシング競技の採点では、クリーンヒットをもらうと受けたダメージの重さに関わらず判定に直接影響してくる。だから打った後に必ず避ける、動くという動作を身体に染み込ませることを徹底していて、ミット打ちでも、スティックをつけたサンドバッグ打ちでも、常にその意識を持ってやっています。
これは鹿児島時代に荒竹会長から叩き込まれたスタイルです。会長は、細かいミスを指摘するよりも数少ない「ここ」という急所を見抜く指導者で、なんて表現したらいいか僕も説明に苦労しますが、とにかく会長の言うことは絶対なんですよ。だから、指摘されたところは必ず直します。本当にコーチとして天才だと思っています。今でも会長が鹿児島から教えに来てくれる機会があれば、できるだけそこに日程を合わせて指導を受けますね。
──同じジムには世界スーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥選手がいます。一緒に練習してみていかがでしたか?
岡澤以前から「追いつき追い越せ」という気持ちをもっていて、今ももちろんその気持ちもありますが…現時点では完全に次元が違う存在だと感じています。多くのボクサーを見てきましたが、尚弥さんだけは別格です。
一番衝撃を受けたのは練習の質です。尚弥さんの練習に何度か参加させていただいたことがあるのですが、疲れ切った状態でも動きが全く崩れない。あれだけの精度を保てる背景には何があるのだろう。想像を絶する反復練習の積み重ねなのか、まだ僕にはわからない何かがあるのか。一緒に練習をする機会で、それを目の当たりにして本当に衝撃でした。
多くの人に「交流がありますか?」と聞かれるのですが、ジム行った時に出演したテレビの番組を“見たよ”など、声をかけてくれることもありますが、プライベートではそこまで交流は深くないですね。だから、今度は自分から積極的に交流しようかなとも考えていますよ(笑)。
岡澤練習前や移動中、音楽は必須です。戦闘モードに入るときはヒップホップです。歌詞に力があって、自分を鼓舞してくれるメッセージ性の強いものを選んでいます。プライベートではロックが好きで、メロディや楽器の音をじっくり楽しむ感じです。同じ音楽でも、シーンによって完全に使い分けています。
まだ世に知られていないアーティストを自分で発掘するのが楽しくて。気に入ったアーティストの関連動画をったりたどったり、SNSで知らない人のプレイリストを漁ったりしています。最近「掘り当てた」のはEasy Yokeさんという14年に京都で結成された日本のフォークロックバンドで、「優しい人になるのよ」という曲がお気に入りです。また、ジンバブエを代表する世界的ミュージシャンのオリヴァー・ムトゥクジさんの曲も気に入っていますね。良い曲に出会った時の喜びは、ちょっとした宝探しみたいな感覚があるんです。
──特に思い入れのあるアーティストはいますか?
岡澤やはり「LOSTAGE(ロストエイジ)」ですね。まだ好きになりたてだった高校生のときにライブに行って…、当時ちょうど4人から3人に体制が変わったばかりだったのに、何も知らず4人時代の曲「海の果実」をリクエストしてしまったんですが、実際に演奏してくれたんです。あれは忘れられない思い出です。
また大学卒業後に鹿児島へ引っ越してすぐのころ、まだ部屋にWi-Fiもなくてダウンロードしてあった音楽しか聴けなくて。そのときに繰り返し聴いていたのが孫GONGさんの「花火」です。今でもあの曲を聴くと、あのハングリーだった時代がよみがえってきます。苦しかったけど、あの時期があったから今の自分がある、という感覚があります。
──ヒップホップにも相当詳しいと聞きました。
岡澤高校時代に先輩から教えてもらってハマりまして、実は第2回高校生ラップ選手権への応募を打診されたこともあります(笑)。もちろん僕は聴く専門で実際にラップをやったことはなかったですが、そう言われるくらい当時から好きですね。
実はラッパーの梵頭さんの曲 「Battle Field」では『挑むBattle Field My flow like セオン』と自分の名前をリリックに入れてくれているんです。本当に光栄でした。ボクシングをやっていなかったら、こんなことはなかったですし、最高にうれしかったです。僕のボクシング人生において、音楽は絶対に欠かせません!
1995年12月21日生まれ、山形県山形市出身。ガーナ人の父と日本人の母を持つ。本名:岡澤セオンレッツ クインシー メンサ。中央大学法学部卒業。INSPA所属。大橋ジム拠点。小中学校でレスリングを経験後、高校入学を機にボクシングを始める。21年AIBA世界選手権ウェルター級で日本人初の金メダル。東京・パリ2大会連続オリンピック出場。25年World Boxing世界選手権70キロ級銀メダル。26年9月に愛知で開催されるアジア競技大会で2大会連続の金メダル獲得を目指し、28年ロサンゼルスオリンピックでの金メダル獲得を目標に掲げる。