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篠原涼子、小室哲哉と90年代音楽の“熱狂”語る「もう一度歌手として歌いたい」

 90年代のJ-POPやコギャル文化など懐かしのカルチャーがスクリーンに蘇り、観客の追憶を誘う映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』が8月31日(金)に公開される。かつてのコギャルの仲良しグループ「サニー」の奈美を演じた篠原涼子はこの作品で最後の映画音楽となる小室哲哉氏と再会。90年代に小室氏のプロデュースのもと歌手として大ヒットを飛ばした篠原。そして本作品は小室哲哉が“最後の仕事”として映画音楽24曲を書き下ろしたことでも注目を集める。“小室ファミリー”らのCDが飛ぶように売れ“黄金期”とも言われた90年代の音楽シーンを席巻し、篠原をスターダムに押し上げてくれた小室哲哉とはどんな存在だったのだろうか。ともに楽曲制作をしていく過程で見えた小室氏の凄み、映画の舞台にもなった90年代、歌への思いをORICON NEWSに本音で語ってくれた。

“コギャル”や“90年代”を知らない息子が「良い映画だね」と言ってくれた

――『SUNNY〜』は同一人物を過去(90年代)は広瀬すずさん、現代は篠原さんが“二人一役”で演じる面白い映画でした。今作の現場で思い出深いエピソードは?

篠原涼子 サニーの大人メンバーがそろうと本当にいつもくだらない話題で盛り上がっていて、具体的にどんな話をしていたのかも覚えていないんです(笑)。大人メンバーは何かしら一緒に仕事をしたことのある人達だったので、現場では昔から知っている友達みたいな感覚でした。病室のベッドでみんなと戯れるシーンがあるんですけど、そこでは音を録らないで撮影すると言われたので、各々が好き勝手に言葉を発しちゃって。監督の大根さんからは「今の言葉は絶対に劇場で流せないね」と言われていたみたいです(笑)。

――放送禁止用語が飛び出す時の「ピー」が流れちゃう感じですね(笑)。

篠原涼子 もう「ピー」だらけです(笑)。でも、こっちも映像で使われないとわかっているから、あえて現場で言うってノリでした。スタッフの人も笑いをグッと堪えていましたし、大根監督も「ちょっと待ってください。放送禁止用語多いです!」と言っていたのが懐かしいですね。内容は話せませんがどこを切り取っても「ピー」ってなるような下ネタ系です(笑)。
――『SUNNY〜』は10代、20代にとって“コギャル”や“90年代”は未知のカルチャーです。一方30代、40代にとってはすごく懐かしい気持ちにさせてくれる映画だと思います。

篠原涼子 自分自身の青春時代を振り返る作品なので、そういう気持ちを大切にしながら観ていただけると嬉しいですね。私も原作となった映画『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)を観て大泣きしてしまったので、その感動を日本の皆さんにも届けたいと思って作品に取り組みました。ちなみに息子が『SUNNY〜』を観た時「生まれて初めて感動した。良い映画だった」と話していまいた。まだ10歳で“コギャル”や“90年代”なんてまったく知らないのに、それでも「すごく楽しかった。明るい気持ちになれるね」と言っていたのが印象的でした。見たことのない世界だからこそ、面白く感じたのかもしれないです。若い人達には新しい世界を見る感覚で楽しめると思いますし、大人達には自身の青春時代と重ねてワクワクできるのかなと。
――映画では学生時代の夢と大人になった現実に悩む姿もありました。篠原さんは、90年代に思い描いていた将来のイメージと“今”の姿を比較するといかがでしょうか?

篠原涼子 当時私が「こうなりたい!」と描いていたイメージとは全然違いますね〜(笑)。私は今でも歌手をやっているはずだったんです。ましてやお芝居なんて絶対やらないと思っていました。小室さんとは1990年ぐらいにライブハウスで行った東京パフォーマンスドールのステージを観に来ていただいたのが初めての出会いで、たぶん私が16歳の時だったと思います。だから今回お芝居を通して小室さんと再会できたのはすごく不思議な気持ちでした。

篠原涼子が見た小室哲哉の凄み「普通の人には見えないものが見えていた、限界突破をさせてくれた人」

――映画のテーマにもなっている90年代は、篠原さん自身にとっても芸能界デビューや小室哲哉さんプロデュースの『恋しさと せつなさと 心強さと』(1994年)のWミリオン突破など激動の時期だったと思います。篠原さんにとって人生の節目となる出来事が起こった激動の時代だったと思います。

篠原涼子 1990年でデビューして1994年に『恋しさと〜』を出してから一気に忙しくなり、当時は自分でも何をやっていたのかよく覚えていないぐらい、目まぐるしい日々を送っていました。番組で歌ったと思ったら外に車が待っていてすぐに次の現場に移動しちゃうんですよ。で、そこでも歌って…というのを1日に3本くらいこなして、その後にバラエティを2本撮って、またその次は連ドラの撮影。“お祭り騒ぎ”がずっと続いているような感覚でした。

――90年代の音楽シーンでは“小室哲哉プロデュース”というのがアーティストにとって大きなステータスでもあったと思います。数いる原石の中からなぜ篠原さんがプロデュースされたのか、その理由を小室さんからお聞きしていますか?

篠原涼子 世間から全然知られていなかった私の噂をどこかで耳にして、ライブを観に来てくださっていたみたいで。そういう誰にも及ばない小室さんの情報収集力は本当すごいなと思います。『恋しさと〜』が映画『ストリートファイター? MOVIE』(1994年)の挿入歌で「僕がイメージしているメロディにぴったりな声だったから」と仰っていました。きっと小室さんには普通の人には見えないことがいろいろ見えていたんですね。
――90年代、音楽が最も盛り上がっていた時期にスターダムに上るのはどんな気持ちだったのでしょうか。

篠原涼子 当時はバブルが終わった後で業界的にもまだ潤っていたと思うし、活気のある時代だったなという記憶はあります。でも歌手としては『恋しさと〜』の前後を知らないから逆に他と比べようがなくて、CDが100万枚以上売れる90年代の“熱狂”は感じましたが、“異常”であることは分かっていなかったですね。

――共同制作をしているなかで小室さんの”凄み”を感じた瞬間があれば教えてください。

篠原涼子 『恋しさと〜』のレコーディング時に「こんな高いキーは出たことがないから歌えないかもしれないです」と言ったんです。そしたら「歌えるよ。必ず出るよ。やってみて」と言われ、その場で小室さんがピアノを弾きながら「あー」という発声とともにキーを一つずつ上げていったんです。そしたら「OK。ほら出たじゃん。じゃあこのキーでやるから」と言われて一番高いキーを設定されたんです。当時まだ19歳だった私は「こんな限界突破をさせてくれるすごい人がいるんだ!」と驚かされました。

――そして『恋しさと〜』は200万枚を超えるメガヒットとなり、90年代を代表する楽曲にもなりました。

篠原涼子 でも『恋しさと〜』がこんなに売れるなんてレコード会社の人も小室さん自身ですらも誰も思っていなかったんですよ。だから蓋を開けてみたらこんなにヒットして腰が砕ける、みたいな(笑)。あの時小室さんに出会わなかったら今の自分はいなかったと思います。本当に感謝しています。本格的に音楽に挑戦したいと思っていた時期に『恋しさと〜』を世に出せたのはもちろん、やりたい方向にシフトチェンジしてくれたのも全部小室さんのおかげですね。

「早く歌手として曲をリリースして歌いたい!」楽曲制作にも意欲

――映画の中では篠原さんが歌って踊る姿を見られますね。ちなみに今後、篠原さんが再び歌う可能性は…?

篠原涼子 歌いたいです! 歌は永遠の友だと思っているので、機会さえあればまた歌手活動はしたいです。私としては本当に歌いたくてもう5年ぐらいずっと会社に言い続けているんです(笑)。もちろん、ミュージカルで歌うとかではなくて、歌手として曲をリリースして歌いたいという意味で。

――それは楽しみにしている方も多いと思います。今の篠原さんはどんな楽曲を歌うのでしょうか。

篠原涼子 今はまさにそれを考えている時期ですね。バラードもいいけどアップテンポな曲も捨てがたいし…どれを選択するにしてもやり方次第だなと思います。一つに決めちゃうと視野が狭くなっちゃうので、いろんな曲を聴いて、大人になった今の自分が歌うべきものをしっかり考えていきたいですね。

――ゆくゆくは楽曲制作のほうにも…?

篠原涼子 挑戦したいですね〜! 作詞もやりたいけど、もっと欲を言えば作曲にも携わりたいです。でも今回やるとしたら最初はやっぱり控えめにしようかなと(笑)。本当にそう遠くないうちに歌手として曲をリリースして、作詞とか楽曲制作にも関われたらいいなと思います。その時はORICON NEWSさんのほうでPRしてくださいね(笑)。

――もちろんです(笑)! 楽しみにしています!

映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』

8月31日(金)公開

監督・脚本:大根仁
音楽:小室哲哉
企画・プロデュース:川村元気
出演:篠原涼子、広瀬すず、小池栄子、ともさかりえ、渡辺直美、池田エライザ、山本舞香、野田美桜、田辺桃子、富田望生、三浦春馬、リリー・フランキー/板谷由夏 
オフィシャルサイト:http://sunny-movie.jp/ 
(C)2018「SUNNY」製作委員会

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