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渡辺謙インタビュー『俳優キャリアを振り返る―ラクな道ではないけれど居心地は悪くなかった』
つまらないところで論理で納得し合っても楽しくはない
渡辺謙つまらないところで、ああだこうだと論理で納得し合ってやっても、決して楽しくはないと思ったんですよ。それはもう直感的に。もちろん撮影前には、いろいろな話をしました。たまたま前の仕事が終わって、山小屋で夏休みを過ごしているときに、監督が来てくれて。役とか映画の話よりも、どうやっていままで生きてきたか? みたいな話を、お互いにずっとしていたんです。そのときにこの監督とは、映画の構造とか、役の成り立ちとか、そんな話をしてもしょうがないんだと。とにかくどうやって生きていくかという話に、正面から向き合うしかないんだという直感がありました。そこで(『許されざる者』の主人公である)十兵衛という男が、何を考えて、どう行動していくのかを悩み続けるしかないって、腹を括った。そのことは僕にとってラクな道ではなかったけれども、決して居心地は悪くなかった(笑)。
――李映画の魅力については、どう捉えていますか。
渡辺謙時代背景や社会構造の違いはあるんだけど、どの時代も結局、人間ってそんなに変わっていないし良くわからない。いまの情報社会では、ある意味白黒がはっきりと色分けされて判断されやすい時代なんだけど、でもこんなに人間って揺れ動くし、ひとつに決まらないし、グレーゾーンがたくさんあるってことを、時代に逆行して提示しているような気がして。例えばいま、社会に怒りが蔓延しているというひとつの側面がある。でもそれって、どっちが正しくて、どっちが悪いの? と線引きをして、怒っているみたいな感じがする。本当はそうじゃなくて、行ったり来たり、揺れ動くのが人間なんだよねって。その切なさとかはかなさが、人を苦しめていくんだということ、人間の本質的な部分を、彼はずっと見続けているのではないかという気がします。だからこそコンテンポラリーのものでも、歴史ものであっても、刺さってくる痛みに変わりがない。どの作品もファンタジーではなく、当事者間の話であって、いまここに突きつけられた痛みみたいなものを感じさせる作品になっているんだと僕は思います。
渡辺謙その在り方だから、僕は李監督が好きってところがあるんだよね(笑)。結局どんな時代でも、いま作品を観ている人たちが、我が事のように感じられなければ、何の意味もない。ただの偉人伝ではなくて、どの時代も同じで、人って逡巡したり、揺らいだり、欺瞞を持ったり、嘘をついたり、傷ついたりするんだよねということを、お客様に感じてもらえなければ意味がないと思うし、逆に言えばそういう作品なら10年経っても、古くはならないと思うんです。
出演作選びは、物語そのものが観客に何を提供できるか
渡辺謙ずっと王様をやってるわけにもいかないからね(笑)。年齢(現在56歳)もあるんでしょうけど、いまを生きている市井の人に興味があります。自分のなかで振れ幅があって、その欲求の振れる方に、です。製作する国も、プロダクションやバジェットの大きさもあまり関係なくて。役というよりは、お話そのものが何を提供できるのか? ということだとも思うんですけどね。だからヘンな話、李相日の映画だったら「何でもやる」、山田先生のドラマだったら「何でもやらせていただきます!」と思っているけど、結局は李監督がいま興味のあることに僕もギューッと引っ張られたり、山田先生が関心を示している震災から5年目にひとりで生きていく男の話というところに、自分の針も振れている。そういうところは、すごく不思議な同期をしている感じがあります。
――本作のテーマである“人を信じること”についても、改めて考えさせられるようなお話ですね。最後に、愚問を承知でお聞きしたいのですが、本作の愛子のラストカットの佇まいを、渡辺さんはどうご覧になりましたか。
渡辺謙個人的にはね、娘も、田代も、あぁ、いままで生きてたことがよかったなって思えるような、最後だったなと。彼(洋平)のバックグラウンドは、結局何も解消されていないけど、ただひとつだけ、洋平も、愛子も「信じる」ということを一度止めてしまった傷みたいなものに、ちょっとつける薬は見えたのかなって。痛みも傷跡も全然解消しないまま、映画は終わっていくので、その辺は、なかなか単純に、ひとつの答えを編み出せる映画ではないんだなって気はしますけどね(苦笑)。とにかく観ていただいた方に、少しでも答えみたいなものを見出してもらえたらいいと思っています。
(文:石村加奈/撮り下ろし写真:逢坂 聡)
怒り
あなたを信じたい。そう願う人々に驚愕の結末が突きつけられる。
監督・脚本:李 相日
出演:渡辺 謙 森山未來 松山ケンイチ 綾野 剛 広瀬すず 佐久本 宝 池脇千鶴 ピエール瀧 三浦貴大 高畑充希 原 日出子 宮崎あおい 妻夫木 聡
【公式サイト】(外部サイト)
(C)2016「怒り」製作委員会
9月17日(土)より全国東宝系にて公開