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窪田正孝インタビュー『いつもどうしていいかわからない 答えに近いものを探していく』

主演・佐藤浩市率いる、エンタテインメント大作『64‐ロクヨン‐前編/後編』。窪田正孝は、佐藤ふんする県警の広報官・三上義信らとともに、昭和64年に起こった少女誘拐殺人事件(通称ロクヨン)の捜査に関わった青年・日吉浩一郎を演じた。前後編合わせて4時間。一瞬たりとも緊張の緩む隙のない強烈な作品を、主役級の役者陣と作り上げて、窪田はどんなことを感じたのか? 現在公開中の『ヒーローマニア-生活-』や、まもなく公開される『MARS〜ただ、君を愛してる〜』をはじめ、幅広いジャンルの作品で多様な顔で観客を魅了する、若き演技派俳優の原点にも迫る。

芝居の基本であり、すごく難しいところを体験した撮影現場

――窪田さんが生まれてまもない、昭和64年が舞台の本作。瀬々敬久監督とはどのようなやりとりをして、撮影に臨まれましたか?
窪田正孝最初の衣裳合わせの段階で、僕が聞きたかったことのほとんどを監督から話してくださったんです。僕が演じた日吉は、録音技師としての技術を買われて、ロクヨン事件に招集されたキャラクターなので、彼自身のなかに刑事になりたいという願望があったわけではない。(例えば)犯人を捕まえようという、人を狩るような目ではなく、日吉の刑事らしくないところや若々しさについてのご指示をいただいて。その役割を全うしていきたいというのは、最初に思いました。

――日吉は、ロクヨン事件以降14年間、自宅に引きこもってしまうキャラクターです。彼の弱さについては、どう捉えましたか?
窪田正孝技術者として、自分の持っている技術が大きな誘拐事件の手がかりになり、警察の仕事に貢献できるのならば、という感覚で日吉は事件の現場に行っていたのではないかと思いました。自分の技術や正義に自信を持っていたからこそ、それらが全く役に立たなかったとき、その反動があまりにも大きくて、引きこもってしまうという現実になってしまったのではないかと。「おまえのせいだ」と言われて、ヘコんでしまう、泣いてしまう彼の脆さはわかりました。ちゃんと掴めていたかはわからないですけど(苦笑)。

――日吉とともに、事件解決にあたった自宅班のメンバーには、吉岡秀隆さんや筒井道隆さんをはじめ、芸達者が顔を揃えました。撮影現場の雰囲気はいかがでしたか?
窪田正孝一軒の家のなかで、一日撮影をさせていただいたのですが、役者のみなさんが目の前にいるだけで、昭和64年の世界になっていたんです。それぞれの役者がそれぞれのキャラクターとして、その場にいる。その姿を見ているうちに、自分も不思議とその空間に入ったような、そんなイメージでした。自分ひとりで役を作っていくのではなく、芝居を通してキャラクターが決まっていく。自分ひとりでは絶対にできない、みんなで作りあげた役だと思いました。そんな、芝居の基本であり、すごく難しいところを今回の現場では体験させていただきました。

何かを伝えようと思ったら覚悟や誠意があれば言葉は二の次

――先輩たちのお芝居から、刺激を受けたことはありますか?
窪田正孝出来上がった作品のワンカットごと、画面が切り替わるたびに、対峙する役者さんの表情がものすごく研ぎ澄まされているとか、力がこもっているとか、柔らかい表情をされるとか、いろいろなことを感じました。人の表情だけで、これだけのものを伝えられるんだと。もちろん言葉は大切ですけれども、何かを伝えようと思ったら、覚悟や誠意があれば言葉なんて二の次なのかと。

――そういう意味では、日吉も言葉ではなく涙で表現する場面の多い、難しい役どころでしたね?
窪田正孝正直な話、現代パートについては、涙は要らないのではないかと思っていたんです。撮影日数がすごく短かったので、そのなかでどれだけできるかという部分もありましたが、(現代パートの)撮影の前に、現場で日吉の部屋のなかを見回したりして、自分の気持ちに整理をつける時間をいただいたんです。美術の方がすごくこだわって作ってくださった彼の部屋にあるものは、ほとんどが昭和64年の出来事にまつわるものばかりでした。事件の資料だったり、自分なりにまとめた調書だったり。現場の空気に触れることで、何とかしたいという彼の気持ちを作っていった部分がありました。部屋のなかから、カメラマンさんとかスタッフやキャストのみなさんの様子をずっと見ていたら、本番では自然に泣けたというか、なんか涙が出てきましたね。あのとき、あそこにいたのは、佐藤浩市さんではなく、三上さんでした。

――現場で生まれた涙だったのですね。
窪田正孝そうですね。どうしたらいいのか、ギリギリまでわからなくて。撮るシーンはわかっているんですけど、気持ちの整理がつかなかったので、ずっと自分に「大丈夫」って唱えながらやっていました(苦笑)。

――お芝居をするなかで、そういう状況に追い込まれることはよくあるのですか?
窪田正孝どうしていいかわからないときは……ありますね。いつも、どうしていいかわからないです(苦笑)。そのなかで、答えというか、答えに近いものを探していかなくてはいけない。それが監督と一致したときは、“今日の仕事ができたかな”というふうに感じる瞬間でもあります。

役者として自己満足で終わりたくない

――タフさを求められるお仕事ですね。日吉のように、心が折れることはありませんか?
窪田正孝極力、現実を見るようにはしているつもりです。誰だって、自分が正しいことを言っているつもりだと思いますし、自分を守りたいと思うから。それぞれの正義があるなかで、この人が本当に伝えたいことは何だろう? とか、必要な情報も選びながら、現実を見て生きていくべきなのかな……と。役者としても自己満足で終わりたくないと思っていて。苦しい思いをしたから、達成感を得るというのも自己満足でしかないし。結局、作品は観てもらうことができなければ、作品にはならないですから。難しいんですけど(苦笑)。(自分の原動力って)なんでしょうね、“役に負けたくない”と思う気持ちですかね。なので、おまじないみたいに「大丈夫、大丈夫」って言い聞かせながら、一生懸命やっている感じです(笑)。

――いつ頃から、そういうスタンスでお芝居に取り組まれているのですか?
窪田正孝ハタチくらいの頃に、芝居はおもしろいんだと思ってからですね。

――名作ドラマ『ケータイ捜査官7』の頃ですか?
窪田正孝そうです、ありがとうございます! 芝居っておもしろいと最初に思わせてくれたのが、三池崇史監督でした。その後、映画『十三人の刺客』でまたご一緒させていただいて。若き侍(小倉庄次郎)役をやらせていただいたんですけど、侍を演じたことがなかったので、あのときも全然わからなくて(苦笑)。いざ殺陣の練習をしても、人を斬ったこともないですし。でも人を殺す感覚にならなくてはいけないと思ったりして……。『十三人の刺客』の舞台挨拶も、ここ(東京国際フォーラム)だったんですよ。今日はそれ以来の舞台挨拶なので、胸に来るものがあります……。

――窪田さんにとっては思い出深い、大切な舞台だったのですね。当時と比べて、お芝居のおもしろさは変わっていますか?
窪田正孝スタンスは変わっていないですが、視野が広がったというか。あと、ほんの少しですけど、僕のことも観てもらえるようになったのかなと感じることもあります。だからこそ、どの役も、監督のもとでセリフだけじゃないものも残せる作品にしていきたいと思っています。……いまもあの頃のまま、ずっと楽しいですね。今年で28歳になりますが、生きてきて、いちばん夢中になれるものを見つけられて、それが仕事になって。形として残せるものだから、生んでくれた親に恩返しできるようなところもありますし。いまはすごく夢中です。この気持ちがいつ変わるのかわからないですけれども、一度夢中になったものは手放したくないので、追い求めていきたいです。

――いま、どんな理想の役者像を抱いていますか?
窪田正孝いろいろな役をやるなかで、いろいろな形で情報が発信されて、どうしても作品のイメージがついてしまうと思うんです。そのイメージを壊していきたい、どこにも染まらない人になりたいという願望がずっとあって。あの人はこういう芝居しかしない、こういう人だろうなというふうにはなりたくないので。例えば30、40歳になっても、学生服を着るかもしれないし、狂気を抱えた役をやらせていただくことだってあるかもしれない。ひとりの人間に描けるものって限界がありますし、そこは葛藤しかないんですけれども、役に染まれる役者になりたいですね(笑)。
(文:石村加奈/撮り下ろし写真:逢坂 聡)

64‐ロクヨン‐前編/後編

 昭和64年。わずか7日間で終わった昭和最後の年に起きた少女誘拐殺人事件は刑事部内で「ロクヨン」と呼ばれ、未解決のままという県警最大の汚点として14年が過ぎ、時効が近づいていた。
 
 平成14年、主人公の三上義信(佐藤浩市)は「ロクヨン」の捜査にもあたった敏腕刑事だが警務部広報室に広報官として異動する。そして記者クラブとの確執、キャリア上司との闘い、刑事部と警務部の対立のさなか、ロクヨンをなぞるような新たな誘拐事件が発生。怒涛の、そして驚愕の展開が次々と三上を襲う……。

監督:瀬々敬久
出演:佐藤浩市 綾野剛 榮倉奈々 瑛太 三浦友和
前編5月7日(土)/後編6月11日(土)怒涛の連続ロードショー
(C)2016 映画「64」製作委員会
【公式サイト】(外部サイト)

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