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“女性装の大学教授”安冨歩、独自の人生観とは

ずっと自分に違和感を感じていて、気づくのに50年かかりました

――では、女性装のせいで身近な人との関係がおかしくなったりはしなかったんですね。
安冨 むしろ良くなったと思います。男性として暮らしていた頃に築いた関係――以前の結婚や親との関係は、全部虚像として創り出したコミュニケーションだから、やっぱりうまくいかないんですよ。恋愛関係もダメになることが多くて、それは多分、相手の女性が「この人、なんかヘン!」って感じたんだと思う。ストレートの女性からしたら、男性とつき合っているはずなのに、そういう感じがしないのは不気味ですよね。今のつれあいも、私がトランスジェンダーだとわかる前はずっと違和感を感じていて、それがストレスになっていたんですよ。その問題は消えてはいないけど、今は違和感の理由がわかっただけマシだって言ってます。

――理由がわからないっていうのはお互いに苦痛ですよね。
安冨 私自身、ずっと自分に違和感を感じていて、それに気づくのに50年かかりました。いわば50年間、小さな女の子がどっかの牢獄に無理矢理、閉じ込められていたようなもので、大変な悲劇ですよ。その間に発生したストレスはすごかったと思う。苦手な男集団の中にずっといて、周りが何を考えているのか、まったくわからないし、わかってもらえないわけで。

――精神的に孤独ですよね。
安冨 私の場合、苦痛の理由があまりに想定外だったので、気づくのに時間がかかったけど、それと同じくらいほとんどの人が本当の願望に気づくのは難しいんじゃないですかね? というのも、生まれてからすぐに男女っていう役割をはめこまれ、学校や会社という帰属集団を設定され、その帰属集団が抱く欲望を“感じなくてはいけない”“正しいと思わなくてはいけない”と強制されてるわけじゃないですか。

――なるほど。
安冨 それと同じでお金だって、脳ってものを一回経由して無理矢理作り出している満足ですから。お金自体は何の喜びも生み出さないけど、非常に複雑な経由を辿って“持っていれば満足できるもの”として認識されている。それは例えば好きな人とデートするとか、心の通う人と暮らすっていうときに感じるダイレクトな喜びとはまったく違うレベルの満足であり……だから本来の喜びとは相当かけ離れていますよね。

――なぜ、人はかけ離れた喜びを追ってしまうんでしょう?
安冨 子供のときから、それぞれ自分の属する集団や立場にふさわしいものに反応するように何10年もトレーニングされているからでしょうね。私がそのなかでやりたいことをわからなくなっていたように、多くの人もわからなくなっている。しかも、身体や精神の本来の喜びに目覚めてしまったら、今の日本の職場で働くのは難しい。ストレスを抱えながらも、“わかってしまう”ことを怖れますよね。私が講義している東大の学生たちなんかも東大に入るぐらいなので“仕込み”はかなり効いてます。「キミが感じてるのは偽の喜びだ」なんて言ったら、クモの子を散らすようにいなくなりますよ。「ここまでがんばってきた努力は何だったんだ?!」って。だから最近、講義をあまり頼まれなくなりました。大騒ぎになるので(笑)。

自分のやりたいことを覆い隠さず生きるのは、実は経済的にも成功の第一歩

――でも、気づきたいと思っている人も多いはず。安冨さんのように気づくためにはどうしたらいいと思いますか?
安冨 今、もし何かを我慢しているなら、それがどれほど危険かってことにまず気づくことだと思います。そのポイントは仕事でもなんでも、今、自分がやっていることは本当に正しいのかを考えることなんだけど、正しいかどうかなんてわからないじゃないですか。だから、唯一の感覚は、やっていることに意味を感じるかどうかだけなんですよね。それで意味がないと感じたら、やめる勇気を持つことが必要。そのためには思い込みを捨て、打破しないといけないんですよ。

――先ほどの東大生の話のように、“思い込み=それまでの常識を捨てること”ってかなり困難ですよね。下手をしたら、それで精神が壊れることもある。
安冨 だから逆に、私のように自分が女性の格好をしたかったとか、同性愛者だったとか、世間ではダメだって言われていることが本来の喜びだったと気づいてしまった人、特に若い頃にその経験をした人は強いですよ。かなり根本的に“予想外”の解答に出会ったしまったわけだから。それで、そのときにカミングアウトしたり家族と話し合ったり、困難を経験した人はさらに強い。カミングアウトできたら、それはその人にとって成功の第一歩です。できなければ一生、自分じゃないものとして生きて人生を終えるっていう恐怖が待っていますから。それに自分のやりたいことを覆い隠さず生きるって、実は経済的にも成功の第一歩なんですよ。私自身、以前は本を出版してもたいして売れなかったし、テレビにも呼ばれなかった。でも、こういう格好をしたらたくさん依頼がきて、いろんな意味で良くなっています。

――テレビ出演もちろん、安冨さんのこれまでの話を綴った著書、『ありのままの私』も話題になっていますしね。
安冨 この本は私のパーソナルを暴露しているんじゃなくて、こういう稀な経験の中で考えたことを深めて書きました。あと、女性の格好をしてメイクをした写真も載せています。せめて気持ち悪くならないぐらいには仕上げたいと思ったけど、結構イケてますよ。モデルといってもおかしくないレベル(笑)。

――確かに(笑)。
安冨 だから、かなりいろんなことが“どうにかなる”ということです。普通は50歳になってこんなことをするのは、無理って思うじゃないですか。私自身、気持ち悪くて誰もいなくなるかと思ったけど、やってみたら、いろんな人が声を掛けてくれるようになって、意外に上手くいっている。それに自分らしくなったことで崩れる人間関係なんて崩れていい。それは、元々なくてもいいものなんです。虚構の上に構築された関係はその人を苦しめるだけだし、崩れることで、自分にとって必要な人、信頼できる人もわかります。余計なことを言って妨害してくる人はいらない人だし、苦しみを理解して受け止めてくれる人は信頼に値する人。そうやって人間関係を組み変えれば、それまでのいろんな問題はかなり解決するはず。だから、怖れなくていいと私は思いますよ。

(文:若松正子/撮り下ろし写真:草刈雅之)
安冨歩(やすとみ あゆむ)

1963年生まれ。1986年に京都大学経済学部を卒業し、1991年に京都大学大学院経済学研究科修士課程を修了。1993年に京都大学人文科学研究所の助手を経て、1997年に『「満州国」の金融』で博士号(経済学/京都大学)を取得。名古屋大学情報文化学部の助教授などを経て、2009年に東京大学東洋文化研究所の教授に着任。2013年より自身がトランスジェンダーであることを知り、女性装で過ごしている。

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