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『ぼくイエ』が突き動かす書店員たちの熱量 中学生の「誰かの靴を履いてみる」発言に大人が感銘

試し読みのメモには「読んでほしいところが多すぎてふせんだらけに…」(紀伊國屋書店ららぽーと豊洲店※2020年1月5日に閉店)

試し読みのメモには「読んでほしいところが多すぎてふせんだらけに…」(紀伊國屋書店ららぽーと豊洲店※2020年1月5日に閉店)

 イギリス在住、人種差別や貧富の差が広がる“底辺”の中学校に通う息子の「毎日が事件の連続」の日常を綴った、ブレイディみかこ著のノンフィクション『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が、熱狂的な反響を呼んでいる。11月6日には「Yahoo!ニュース」と「本屋大賞」が選ぶ「2019年ノンフィクション本大賞」を受賞。新潮社は異例の13万部増刷を決定し、11月14日にはエッセイ・ノンフィクション部門で「第7回ブクログ大賞」も受賞するなど、まだまだ熱は冷めやらない。このヒットの背景には作品の魅力に突き動かされる形での、全国の書店員たちの熱心なPOPによる応援があった。

熱い手書きPOPや私物を提供する書店員も…「読むと誰かと語りたくなる」

 今年5月に発売されて以来、「読むと誰かと語り合いたくなる」とジワジワと読者の輪を広げてきた同書。その思いは店頭から本を届ける立場である書店員も同じだったようで、「お試し用の担当の私物なんですけど、読んでほしいところが多すぎてふせんだらけになってしまった…」(紀伊國屋ららぽーと豊洲店)といった熱いPOPが全国の書店を飾っている。

 発行元の新潮社ではこの本を届けるための「チーム・ブレイディ」を結成。発売前に全国の書店に試し読み用の本を配布したところ、たちまち書店員から140件以上の感想が寄せられたという。この反響を受けて「チーム・ブレディ」では、感想を送ったすべての書店にその書店独自のオリジナルPOPを作成して届けている。

 出版社の丁寧なアプローチも相乗効果を生み、手書きの感想がびっしりと書き込まれたPOPやチラシを作成する書店や、1冊の本のために異例の広さのコーナーを展開する書店も。また八重洲ブックセンター本店では、書店員と出版社、読者が選ぶ「第2回八重洲本大賞」の選出後より、毎日のようにTwitterで同書の魅力を発信している。

 こうした店頭からの熱心な応援により、11月には「第73回 毎日出版文化賞特別賞」「Yahoo!ニュース 本屋大賞2019 ノンフィクション本大賞」「第7回 ブクログ大賞 エッセイ・ノンフィクション部門」と立て続けに受賞。11月7日には『NHKニュースおはよう日本』(NHK総合)の「けさのクローズアップ」コーナーに著者のブレイディみかこがテレビに初登場した。また『王様のブランチ』(TBS系)や『あさイチ』(NHK総合)でも取り上げられ、盛り上がりはさらに全国に拡散している。

「誰かの靴を履いてみる」ことで他人を思いやる、中学生の「ぼく」に大人も反響

「第2回八重洲本大賞」を受賞した八重洲ブックセンター八重洲本店の展開

「第2回八重洲本大賞」を受賞した八重洲ブックセンター八重洲本店の展開

 書店員たちの「この本を届けたい!」という思いを突き動かした同書の魅力は、なんといっても著者の息子である中学生の「ぼく」の、背伸びをしない人間力にあると言えるだろう。

 日本人の母親とアイルランド人の父親の間に生まれた「ぼく」が、多様な人種が混じり合う牧歌的な小学校から、9割以上が労働者階級の白人の生徒というガラの悪い地区にある中学校に進学するところから同書は始まる。日本でも盛んに報道されているように、格差の広がりや移民問題が背景とされるEU離脱で、今まさに揺れているイギリス。見た目が東洋人で背もまだまだ低い彼が、「差別されるのでは」「暴力的ないじめに遭うのでは」と父親は心配でならない。しかしそんな大人の凝り固まった懸念をよそに「ぼく」は果敢に前に進み、事件にぶち当たっていく。そしてそのたびに「誰かの靴を履いてみる」。

 この「誰かの靴を履いてみる」という慣用句は、「自分とは違う立場や意見の人の気持ちを想像する」という意味であるという。

 ハンガリー系の美少年・ダニエルは、自らも移民でありながら"白人の優位性"をカサに突っかかってくる。貧困家庭で痩せっぽちのティムは万引きの常習犯。関わったら面倒くさいことこの上なさそうな、そんなクラスメイトの靴も「ぼく」は履いてみる。履いたところで答えが出ることばかりではない。理不尽な目に遭うこともある。それがわかっているからこそ、大人はそっと「靴」から目をそらしてしまいがちだ。

 だからこそブレイディみかこ氏、そして読者はそんな「ぼく」の素朴な人間力に思わず脱帽する。そして「今日」という日に止まれない成長期の素晴らしさ、頼もしさを噛みしめてしまうのだ。

 母親と息子の会話が多いライトな文章で、1つのエピソードが5〜6ページで展開するテンポのよさも同書が広く支持される理由だろう。それでいて、

「親子関係や教育問題、差別・格差問題、環境問題、日本でのハーフへの偏見など、考えさせられる内容」(八重洲ブックセンター本店、船本栄二郎氏)

「『誰かの靴を履いてみること』この本は、凝縮するときっとそこに行き着くのだと思う。つまりは、他人の立場に立って物事を考えてみる、という意味なのであるが、実際やろうとしてもなかなか難しいものだ。でも、この本の著者と息子は、自身が差別されようとも、他人を思いやる心を忘れず、強く強く生きる。息子である「僕」はいつも、自分で誰かの靴を履くことを厭わない。どんな理不尽な目に遭おうとも。なんて、かっこいいんだろう」(TSUTAYA 堺南店、大野舞氏)

「『ただただオドロキ! 息子さん、私よりも深く深く考え抜いてる。』イギリスでの貧富の格差についてはニュースなどで知っているはずだったが、ぜんぜん知らないと同じだった。世界はこれからもどんどん平和になっていくだろう。だがこの格差やそして差別はこれからも私たちにつきまとう。多感な少年時代をみずみずしく描いた青春小説でもあり、現代イギリスの抱える問題を炙り出した社会小説。なにより随所にちりばめられたユーモアがいい!」(マルサン書店 本部、小川誠一氏)

 といったコメントの通り、複雑化する世界の縮図を色濃く反映したような「ぼく」の日々のエピソードは読み応えも十分だ。

 かと言って、「ぼく」は単にガチガチの優等生ではない。母親と一緒に買い物しているところをクラスの女の子に見られたくないと隠れたり、ボランティアがひと段落したのにケータイを家に忘れてゲームができなくてブータレたり、オリジナル曲のネタに悩んだあげく(まだ恋愛経験がないためラブソングが思い浮かばないのだそうだ)、歌詞のテーマが「おじいちゃんと盆栽」になったりと、等身大の中学生らしさを覗かせたクスッと笑えるエピソードも満載で、同書をプッシュする書店員からはそんな「ぼく」のファンになってしまったという声がとても多い。

「ぼく」を思わせる少年が描かれたポップでフレンドリーな表紙も、手に取りやすい要因の1つ。「主な購入者は20代後半から30代の子育てをしている女性」(前出・船本氏)とのことで、子育て本、海外生活本として楽しんでいる読者もいることが伺える。

 オリコン週間「本」ランキングでも11/18付で初めて1位を獲得。その後も着実に部数を伸ばしている。11月に立て続いた数々の受賞の話題もさることながら、読者と書店員の興奮ぶりからもこの盛り上がりはまだまだ続きそうだ。
(文/児玉澄子)
>> 第1章「元底辺中学校への道」、第5章「誰かの靴を履いてみること」、第6章「プールサイドのあちら側とこちら側」、第8章「クールなのかジャパン」の試し読みはこちら

提供元: コンフィデンス

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