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松重豊×オダギリジョー:『劇映画 孤独のグルメ』「腹減ったー!」と言いながら映画館を出てほしい
松重豊、オダギリジョー(撮影:松尾夏樹) (C)ORICON NewS inc.
12年にわたって、主人公の井之頭五郎を演じ、今作では自ら監督を務め、脚本も手がけた松重豊。劇中に登場する中華ラーメン店「さんせりて」の寡黙な中華料理屋の店主を演じたオダギリジョー。監督経験のあるオダギリから見た松重監督の印象は?何度も共演経験がある2人に、お互いの印象についても語ってもらった。
全てのピースが全部はまった。本当に運が良かった
『劇映画 孤独のグルメ』(公開中)(C)2025「劇映画 孤独のグルメ」製作委員会
松重ひょんなことから思いついたんですが、よく見つけましたよね。パリに行くだけでお金がかかるから、何度も行けないし。フランスへ行くのも、シナハン(シナリオハンティング)の時が初めてでしたし、3日間で撮影に協力してもらえる店を探したり、“孤独カット”を撮る場所を見つけたりしなきゃいけなくて。パリに住んでいる杏ちゃんに出演オファーをするとともに、パリでおいしいスープの店を知っていたら教えてと頼んだほどです。パリでクランクイン(2023年9月)したのですが、エッフェル塔の前でたたずむ“孤独カット”がファーストシュートでした。天気にも恵まれて素晴らしい画(え)が撮れた。いろんな意味で全てが恵まれて、この映画ができたんだなと思いますね。
――きっと、日頃の行いが良かったからですね。
松重それはどうだろう(笑)。ただただ運が良かったのは間違いないと思います。パリでも、五島列島でも、韓国・釜山でも天気に恵まれて、キャスティングに関しても思い描いていた通りの方々に集まっていただき、各ロケ地でも全面的な協力をいただいて。全てにおいて、こうなったらいいな、という全てのピースが全部はまった。本当に運が良かったとしか思えないですね。
――オダギリさんへのオファーというのは?
松重僕は以前からオダギリくんの才能に嫉妬していました。星野源くんもそうなんだけど、役者の仕事以外にも、いろいろなことを軽やかに、楽しそうに自分の領域を広げていけるのをうらやましく思っていました。それにオダギリくんが監督したドラマ(『オリバーな犬、 (Gosh!!) このヤロウ』)に出ているので、ちょっとした貸しがあったんですよ。僕も出たんだから、出てくれるよね、というプレッシャーは無言の中にあったと思います(笑)。
オダギリ自分が監督する時は、「信頼できる俳優にしか出てほしくない」と思うんですよ(笑)。今回、松重さんがこの企画を立ち上げる段階から携わっていることや、この作品が10年以上続いているという重みを考えると、松重さんもきっと「信頼できる人たち」を集めているんだろうなと感じました。そして、そんな中に自分を選んでくれたことが、本当にうれしかったです。光栄に思うと同時に、背筋が伸びる思いでした。
松重一つ付け加えると、オダギリくんが監督したドラマで、僕はモノローグとともにラーメンを食べるヤクザの役で、つまり『孤独のグルメ』みたいな演技をしたことがあるんです。NHKのドラマだったんだけど、あえてそれをやるのが面白いし、それができるのもオダギリくんならではだと思ったし。僕の映画でも、きっとオダギリくんは付き合ってくれるだろうと思ってお願いしました。
オダギリ実は、今までテレビシリーズで何回かお声がけいただいていたんですよ。でも、スケジュールの都合などで実現しなくて、いつか関わりたいと思っていました。それが松重さんの監督回だったんで、こうなるべくしてなったんだなと感慨深く思います。
松重テレビシリーズに出ていなくて良かったですよ。今回の映画は、飲食店の再生がテーマの一つでした。もう一つ、ラブストーリーの要素も絶対入れたかったので、その両方にかかわる店主役はオダギリくんしか考えられなかった。
オダギリいやいやいやいや、ありがとうございます。
『劇映画 孤独のグルメ』(公開中)(C)2025「劇映画 孤独のグルメ」製作委員会
夢は一歩踏み出した時から叶っている
松重本作の主題歌を甲本ヒロト(ザ・クロマニヨンズ)にお願いしたんですけど、ヒロトと出会ったのは40年前。東京・下北沢にある中華料理屋「みん亭」(※みん=王へんに民)のアルバイト仲間でした。僕は映画監督になりたくて、8ミリ映画制作を始めて、ヒロトはロッカーになりたくて東京に出てきていた。今思えば、あの頃すでに、夢は叶っていたんだな、ってヒロトが言うんです。当時からやりたいことをやっていた。それで食える食えない、というのはあるけれど、結局、今も同じことをやっている。夢っていうものは、自分がこうなりたいと思ったことを始めた瞬間から叶っているんじゃないかと思うんですよね。
オダギリ松重さんがおっしゃる通りだと思います。一歩踏み出したところから夢が始まっているんですよね。僕は中学生の頃から音楽をやっていたんですよ。だけど、音楽を生業にするのは何か違う、というのもわかっていて。お金を稼ぐことと、やりたいこと、作りたいものみたいなものは全く別物だと思いながら、俳優も続けてきました。夢に対して「叶う」という言葉があまり適していないのかもしれないですね。
松重金が稼げたとか、有名になったとか、付加価値に過ぎず、どうでもいいことだったりする。
オダギリむしろそれって、夢からどんどん違う方向に汚れていくことじゃないですか(笑)。
松重映画を作っている間はやりたいことをやっているから、めちゃくちゃ楽しかったんですよ。ただ、これを成功させなきゃいけないとか、みんなの期待に応えなきゃいけないとか、純粋な気持ちがどんどんそがれていくんですよね(笑)。
松重豊、オダギリジョー(撮影:松尾夏樹) (C)ORICON NewS inc.
松重『孤独のグルメ』はもともと低予算でスタートし、観てくださる方々からのお声のおかげで続いてきた作品ですが、10周年という節目を迎えたとき(2022年)に、このまま続けるべきかどうかを改めて考えました。スタート当初から関わってきたスタッフが人事異動や移籍で離れていくなか、「いいものを作ろう」という志を持つ人たちと続けられるなら意味があるけれど、その場しのぎで続けることには疑問を感じていました。そこで、『孤独のグルメ』というコンテンツ自体を見つめ直し、大風呂敷を広げるつもりで映画化を提案して今に至ります。だから、最終的には映画の興行成績次第です。合格点をもらえなければ、過去に8ミリ映画の制作途中で資金が尽きてしまったときと同じような悔しい思いを抱えることになるでしょう。
ただ、自分が書いたせりふをキャストが実際に演じ、それを目の当たりにしたときは、大きく心を動かされる瞬間だったと思います。これは今までにない経験で、やみつきになる要因ですね。たとえば、オダギリくんが「このどんぶりのデザイン、嫁さんなんだけど」というシーンがあるのですが、そこにいろんな感情が裏に見え隠れしていて、それがすごいんですよ。こういう演技が観客の想像力を掻き立てるんだなと、改めて感じました。説明がいらない演技、それが映画の豊かさだと思います。
オダギリえっ?そこまで考えてやってないですけど(笑)。
松重それでいいんですよ。役者ってそういうものです。僕も五郎を演じているときは、本当に何も考えていません。腹が減っているからただ飯を食べているだけです。でも、監督は編集をしながら100回も200回も見返していくうちに、深読みするんですよね。それで、「この息の吐き方や間合いが全てを物語っている」と感じることがあるんです。それが役者の「体」、つまり肉体が持つ表現力なんです。口から出るせりふが、単なる言葉ではなくなる瞬間がある。監督をやってみて初めて、俳優さんってすごいんだなって、気づきました。
『劇映画 孤独のグルメ』(公開中)(C)2025「劇映画 孤独のグルメ」製作委員会
オダギリ現場がとても楽しそうでしたね。松重さんご自身も「楽しい」とおっしゃっていて、現場全体が松重さんを中心にした一体感に満たされていました。みんなが松重さんとこの作品を心から愛しているのを感じましたし、素晴らしいファミリーの中にお邪魔した気分でした。僕自身は監督をする際、もがいて苦しむ中から何かを見つけていきたいタイプなので、「楽しい」」なんて感じたことがなく…そういう意味でも松重さんがうらやましかったです。
松重僕が以前見たオダギリくんの現場(テレビの時)は、オダギリくんが首をひねって悩んでいると、みんなが「これはどうですか?」「これは違いますか?」と知恵を絞っていました。オダギリくんが先頭に立つというより、彼を迷わせないように周りが動いている印象でした。それはそれで素晴らしい現場の形だと思いましたよ。監督にもいろいろなタイプがあって、個性が表れるんだなと感じますね。
――松重さん自身は楽しい現場を意識されていたのですか?
松重楽しくするしかないですよ(笑)。今回の映画は、「食べる」ドラマの映画ですから。「人生について深く考えた」なんてことじゃなく、おいしいものを食べたら「おいしい!」と思うように、観客には「腹減ったー!」と言いながら映画館を出ていただければ。そういう作品だと思います。
『孤独のグルメ』
『劇映画 孤独のグルメ』ストーリー
(C)2025「劇映画 孤独のグルメ」製作委員会