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「犯罪的システムだ!」日本の図書館に拒絶された『読書通帳』が全国に普及した理由

 図書館に設置された専用端末で、通帳型の冊子に借りた本のタイトルや貸出日が印字される『読書通帳』。約10年前に教育ICTシステムやオフィス空間構築を手がける専門商社の株式会社内田洋行が山口県の市立図書館にて日本で初めて導入した。以来、他社も次々と類似商品を開発し、現在では全国で300台以上の設置が進んでいる。幼稚園や小学校での導入も増え、子どもたちの読書習慣づくりに大きく寄与しているが、当初は、個人情報保護の観点から「犯罪的システムだ」と抵抗を示す自治体もあったという。どのようにして普及していったのか、開発経緯と今後の展望とともに内田洋行に聞いた。

子どもも持てる通帳で自我発達も? “記帳する楽しさ“から”読む楽しさ“に

「元になるシステムは、本の貸出履歴を印字する機械として、韓国のパートナー企業が先行して手掛けたもので、韓国国内で子どもたちを中心に人気を集めていました。日本で展開できれば、図書館利用を促進し、子どもの読書離れに歯止めをかけるきっかけになるのではと考え、その仕組みを日本で活用できるように開発したことがきっかけです。

 しかし、日本では戦時中から読んだ本の履歴からその人の思想信条が分かってしまうと問題視されていた名残があります。どんな主義、主張を持ち、どんな宗教を信仰するかは個人の自由であり、いかなる権力も管理・確認することはできない、というのが今の日本です。本の貸出情報は「興味を持っていること」の集積体で、個人情報に近い。図書館側は貸出を管理するためにそうしたデータを保有していますが、その一方で“知らない”体裁でいなければならないという、複雑な矛盾を抱えています。そんな中、『読書通帳』がそもそも「日本の図書館で受け入れられるか」という問題がありました。

 ある自治体様に説明に伺った際には『落としたらどうするんだ、犯罪的システムじゃないか』と言われたこともありました。その方も、図書館の本は自分の考えを表す大事なものであるという思いがあったようです」(株式会社内田洋行・開発担当者・八幡政秀氏)
 だが2010年に山口県下関市立中央図書館で初導入後、大きな反響が。児童の貸出数が倍増した図書館もあり、現在もSNSでは「子ども心くすぐる」「素晴らしいシステム」「久しぶりに図書館行きたくなった」などの意見が数多く寄せられている。これまでになかった自分の読書の記録が手元に残る特別感が、本好きの利用者たちの心を掴んだのだ。

「当初は図書館のオープンの目玉となるサービスとして導入されたのですが、すぐに小学生と高齢者の方を中心に人気に火がつきました。利用者からの反応の良さと、サービス開始以来大きなトラブルもなく運用ができていることから、図書館側の皆さんの抵抗感も次第に薄れたようです」(八幡氏)
 子どもたちの読書を推進すべく開発された『読書通帳』は、本来大人が使う”通帳”を子ども自身が持つことができる点が大きな魅力の一つである。“自分専用の通帳”に記帳することで、本に対する自我が芽生え、子どもたちの読書への向き合い方にも変化が表れたという。

「読書通帳機の造り自体は現在の技術を使用していますが、操作性や機能性は極めてシンプルに分かりやすく、むしろアナログ風であることを意識しました。最先端な技術を使えば本の利用履歴等はすぐとれるようになりますが、ターゲットはあくまで子どもたち。“通帳”という手元に残る形にしたのはそういう理由です。多くの子が読書通帳機に差し込む作業を楽しそうにしている。子どもは、通帳を大人が使うのをうらやましいというか、憧れのような気持ちで見ていたのかな、と。ひょっとしたら、子どもは読書通帳を通じて、大人の世界の疑似体験をしているのかもしれません」(八幡氏)

「昨年はコロナの影響で閉館期間がありましたが、読者通帳の導入で児童来館者数が増え、全体の来館者数の落ち込みをカバーしたという声をいただいています。もちろん図書館職員の方々の頑張り、お力添えがあってのことですが、利用者数は導入直後に盛り上がりを見せた後、ある程度高いまま推移する傾向にあります。子どもたちに話を聞いてみると、記帳後の手帳を数冊持ち歩いていたり、友達同士で見せ合ったり、記帳だけを目的とするのではなく、純粋に読書を楽しんでいる子が多いようです。それまで親御さんに『この本でいいんじゃない?』と促されて読書していた子どもたちも、親の思惑とは違う、自分が読みたい本を自発的に選ぶようになったという声も聞きました。この“取捨選択”という行動の積み重ねは、その子どもが成長・発達するうえで大変重要なファクター。それに『読書通帳』が一役買っているようです。」(同社広報・深澤琴絵氏)

「5歳が50万円分読破」“知は財産”を可視化 教育機関、官民連携の懸け橋にも

 さらに各自治体の画期的な取り組みにより、読書通帳は様々な形で活用されている。

「山口県萩市では、母子手帳交付時に『読書通帳』を渡す取り組みを進めていらっしゃいます。保健師から妊娠中や0~1歳におすすめの絵本のリストなどを併せてお渡ししていて、胎児の時からの声かけや読み聞かせを促し、その記録が残る読書通帳をお子さんが成人されてご結婚される際に渡したいという方もいらっしゃるようです。
 岐阜県海津市や愛知県西尾市では、本の大事さを感じてほしいという理由から本の金額も記載しています。知識の貯金のような感覚ですね。『5歳の少女が50万円分読んだ』とか、ギャップがシュールな感じで面白いんですよ(笑)。

 愛知県西尾市では官民連携事業として、西尾信用金庫さんが2万冊を寄贈されています。さらに、中学生3年生までの子どもが市立図書館で読書通帳1冊分の記録を貯めて西尾信用金庫さんに持って行くと、「お駄賃」という名目で1000円分が入金済みの銀行通帳をいただけるという、太っ腹な取り組みもされています」(八幡氏)

 かねてより、学校教育のIT化や自治体の基盤システムづくりにも携わってきた内田洋行は、読書通帳を通して学校図書館と公共図書館の連携にも注力している。まだまだ関わりが薄いという両者の架け橋になることで、子ども達の読書環境の整備を進めている。

「現在、奈良学園小学校、大阪教育大学附属天王寺小学校、大阪市墨江丘中学、愛知県刈谷市立かりがね小学校、静岡県学校法人みのり幼稚園の5つの教育機関に導入していただいています。さらに富山県立山町や小矢部市、千葉県浦安市は、学校図書館で借りた本を公共図書館で印字できるサービスもありますので、学校と図書館の連携のきっかけになれば嬉しいです」(八幡氏)

未来の自分へ贈る読書の記録「何かあった時に本がそばにあることを思い出してほしい」

 児童を中心に利用者数が広がっている読者通帳だが、「本当の価値が生まれるのは、今の子どもたちが大人に成長する数十年後」と八幡氏は語る。

「大人になると子どもの頃にどんな本を読んでいたか忘れてしまいますが、見返すことが出来れば、当時の自分の思い出が蘇りますよね。読者通帳に載っているのは文字ですが、日記であり、アルバムなんです。読んだご褒美のように記録が残る。日本の子どもたちは、小学校までは本を多く読むんですが、中学で読書量が激減、高校で壊滅状態になります。これは受験勉強や部活動、スマホ普及の影響もあります。しかし、20歳、30歳になって、何か困ったり息詰まったりしたときに、部屋の片隅にある通帳を見て、図書館を思い出してくれて、また本に触れるきっかけになればと思っています。何があっても決して独りじゃない。“本を拠り所にする”ということを知ってほしいんです」(八幡氏)
 児童の読書推進の起爆剤となった読書通帳だが、一方でまだまだ課題は残る。今後は通帳の枠を超えた新たな活用方法を模索し、可能性を広げていきたいと八幡氏は目を輝かせる。

「読書通帳は、普段から本を読む子の読書量増加に貢献できている自負がありますが、本を読まない子の読書習慣づけが今後の課題です。それには、記帳時に今日の占いが出てきたり、記帳するごとにキャラクターが成長したり、といったエンタメ機能があっても面白いかなと。また、現在は他社を含めても、読書通帳導入率は全体の図書館の約20パーセントにも達していませんが、改良を重ねて、さらなる普及を目指していきたいです。将来的には通帳を通したコミュニティ形成など人のつながりが広がれば嬉しいです」

 日本初の導入から10年あまり。子どもたちに本を読んでもらおうと作られた読書通帳は、自我の促進、忘れやすい高齢者のメモ代わり、学生時代を思い出す日記代わり、さらには読み聞かせ本が記録された親子の絆の証となったり、本の価格も記帳されることにより図書館の価値を再認識できるツールになったりと、全国各地で様々な副次的効果を生んでいるようだ。


(取材・文=鈴木ゆかり)

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