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ORICON NEWS
生計立て辛かったピアニスト…YouTuberの台頭で変わる需要
こういう場を待っていた…ピアノを気軽に弾ける場への渇望
ストリートピアノとは街角や駅、空港、商業施設などに設置してある誰でも自由に演奏できるピアノのこと。始まりはヨーロッパとされ、音楽を通じて人と人とのつながりを生み出すのがその目的とされている。
ヤマハミュージックジャパンでは、2017年より『LovePiano』と題したストリートピアノを中心としたプロジェクトを展開。ピアノの設置以外にも、ピアノファンに向けたイベントの開催や、ピアノに関する情報発信といった活動を行っている。カラフルにペイントされた5台のピアノが全国各地で稼働している。同プロジェクトを立ち上げたきっかけを、ヤマハの山下有美子さんはこのように語る。
「ピアノは教具というイメージが強く、人に聴いていただく時はコンクールや発表会といった緊張する場で演奏されることがほとんどでした。しかし本来、音楽はもっと楽しいものだったはず。気軽にピアノに触れる機会を提供したかったのもプロジェクトを立ち上げた理由です」
2017年にJR新宿駅でスタートした『LovePiano』プロジェクト。「シャイな日本人が、多くの人が行き交う駅で弾いてくれるだろうか?」という山下さんの心配は杞憂に終わり、3日間にわたって演奏する人はひっきりなしだったと言う。
「その後も開催するたびに、ピアノを弾ける人が本当にたくさんいるんだなと改めて実感しています。そして意外にも男性の利用者が多く、『こういう場を待っていた』という声をいただきます。ピアノは簡単に持ち運びができない。その上、発表会やライブなど、気を張る場所でしか演奏できず、気軽に弾ける場を求めている方が多かったようです」
ストピチューバーの姿に触れ、一度は離れたピアノを再び始める大人も増えている
「カラフルにペイントしたのは気軽に触れてほしかったから。今はだいぶ変わりましたが、以前はホテルや商業施設に設置されているピアノには「触らないでください」と掲示されていることが多かったと思います。黒いピアノが重々しく置いてあったら、『触ったらいけないのかな?』と及び腰にさせてしまったかもしれません」
カラフルな『Love Piano』は映像にも写真にも映えることから、やがて演奏シーンをSNSやYouTubeにアップする人が増えていった。さらに、人気YouTuberが演奏動画をあげたことから、訪れる人もいると言う。
「訪れてくれた子どもたちに話を聞くと、『◯◯さんみたいになりたいからピアノを頑張る』という声がたくさんあがります。なかにはコスプレで楽しませる方もいて、そんなストピチューバーさんたちは、子どもたちの憧れの存在になっています」
かつてピアノで生計を立てるとしたら、学校や教室の指導者。ピアニストとして頂点を目指すのはあまりに狭き門で、ほとんどの人が進学や就職などでピアノから離れていった。しかし近年は、「YouTubeで披露する」という新たな道が確立した。昨年、初のCDを発売したハラミちゃんも音大でピアノを専攻したものの、挫折して一般企業に就職。その後、休職中に気分転換に演奏したストリートピアノ動画をYouTubeに投稿したことから人気者になっていったひとりだ。
もちろんストピチューバーとして生計を立てられるのもほんのひと握りではある。それでもコンクールで競い合うのとは異なり、演奏する音楽もクラシックからジャズ、J-POPやアニソンと心からピアノを楽しむストピチューバーの姿に触れて、一度は離れたピアノを再び始める大人も増えている。
「ピアノの売れ行きとしては、住宅事情もあってか、近年は電子ピアノを選ぶ方が多いですね。少子化の昨今ですから、大人の方が再び購入するケースも増えているのだと思います。それでもアコースティック・ピアノの響きや弾き心地はやはり特別。『LovePiano』プロジェクトで久しぶりにアコースティック・ピアノに触れたと喜ぶ方もいるため、今後もアコースティック・ピアノにこだわりたいと考えています」
ストピチューバーの「演奏してみた動画」人気の後押しも、ピアノを置きたいと願う自治体が増加
「SNSの普及により自分の欲しい情報や好きなものだけに触れ、それ以外の情報や知識を得る機会が少なくなりました。ストリートピアノでは、ジャズやJ-POPなどジャンルに関係なくさまざまな音楽に触れられます。これまで触れて来なかった世界を体験し、興味を持ってもらう。そうした新たな体験を提供するのも『Love Piano』の役割です」
昨年はコロナ禍で『LovePiano』の開催は少なくなっていたが、一方で自粛期間中にはYouTubeの再生回数が全体的に伸びたことから、登録者数を増やしたストピチューバーも多かった。現在は換気などを徹底し、感染予防に努め、ストリートピアノも徐々に再開。山下さんによると、「自分たちでもピアノを置きたいという自治体などから相談を受けるケースも増えています」とのことで、ストリートピアノ文化は今後ますます盛況となっていきそうだ。
(文/児玉澄子)