ORICON NEWS
『マルコメくん』からの脱却…創業160年の老舗企業が「泣ける」アニメCMを制作したワケ
“理想の夫婦”であり“老々介護”の現実でもある…リアリティ溢れる物語は実体験から
このように、“CMの中の出来事”ではなく“自分ごと”として重ねて見てしまうのも、同シリーズの魅力の一つ。そのためか、「つい見入ってしまった」とYouTube広告のスキップ率も極めて低い。そうしたリアリティあふれる血の通ったストーリーのベースは、常に「日常に転がっている」と担当者は言う。
「それこそ、シリーズ1作目の『母と息子篇』は、寮生活していた私自身の学生時代の思い出を、新社会人に置き換えて描いたもの。母親が段ボールで送ってくれる日用品に『こっちでも買えるって…』とつぶやくセリフがありますが、それも実際に私がよく言っていた言葉なんです。個人的な体験ではありますが、一方で“一人暮らしあるある”じゃないですけど、母親への感謝とか、それをストレートに言えない気恥ずかしさとか、誰しも似たような思い出はあるのではないでしょうか。また、今作の『今夜、何食べたい?』というセリフも、私自身が実生活でそう聞かれることの幸せを感じたからこそ、入れた言葉なんです」
90秒という短尺だけに、盛り込める要素やセリフは少ない。だからこそ、行間からじんわり滲み出る味わい深さが琴線を揺さぶる。まるで短編映画のようなストーリー構成の見事さも、多くの視聴者の心を掴んでいる要因だ。
「クリエイティブディレクターの方も常々、『登場人物が1人で動き出すまで待つ』と言っていますが、名前はもちろん、これまでの人生など、CMで描写されない要素にもこだわっています。またそれほど多くのセリフが入れられない分、一つ一つの言葉はとても大切にしていて。今作の中に、夫の『いただきますとごちそうさまだけじゃダメなんだなぁ』というモノローグがあり、すごく心に残ると言っていただけるのですが、実際は制作過程で『これはいらないんじゃないか』『いや、この言葉が命なんだ』という攻防があって残ったセリフなんです。こんなふうに、制作に取り掛かるまでのディスカッションには毎回とても長い時間がかかるため、現状は年1本ペースでしか制作ができないんですよ」
内容によっては議論も、「生活者にいかに語ってもらえるかを大事に」
「ほとんどがポジティブな反応なのですが、これだけ多様な時代だけに、全員を満足させることはなかなか難しいなと思うことはあります。それでもなんとか、誰が見ても不快にならない、傷つかないものは目指していきたいですね。ただ、たとえネガティブな意見だとしても、語っていただけることが本当にありがたい。ブランド自体をうまく伝えるというよりも、やはり生活者にいかに語ってもらえるかを大事にしています」
近年の代表的なアニメCMといえば、大成建設や東京ディズニーリゾート、日清食品などがあるが、『料亭の味』シリーズも8作を重ね、確実にその一つに名を連ねつつある。現在は、9作目を制作中とのこと。次はどんなストーリーになるのか、楽しみに待ちたい。
(文:児玉澄子)