久保田利伸、40周年の現在地 WOWOW特集でたどる“探究者”の軌跡
久保田利伸
当時、久保田利伸は、極めて革新的な挑戦者だったのだ。
久保田利伸の40周年を記念し、WOWOWで2カ月連続特集が放送される。
1988年の『Keep On Dancing Tour 1988』、2010年の『Timeless Fly 2010』、25周年ツアー『Party ain't A Party!』、そして2026年のアリーナツアー『40th Anniversary Arena Tour 2026「Big up! “Supreme”」』。
一見すると過去のライブを振り返るアーカイブ企画のようにも見える。しかし、この4作品を並べて観ることで見えてくるのは、日本における、ブラックミュージックと、そのリスナーの歴史そのものだ。そして同時に見えてくるのは、久保田利伸という音楽家を突き動かしてきた「好奇心」の記録でもある。
ファーストアルバム『SHAKE IT PARADISE』
WOWOWでのインタビューの言葉も交えながら、その特集で放送される映像を軸に、改めて久保田利伸というアーティスト像に迫ってみたい。
久保田利伸のキャリアを語るとき、多くの人はまずシンガーとしての姿を思い浮かべる。しかし彼の出発点は作家だった。デビュー前から数多くのアーティストやアイドルへ楽曲提供を行い、その才能は業界内で高く評価されていた。中でも象徴的なのが、1985年に発表された田原俊彦「It's BAD」である。歌い出しからラップを導入し、ブラックミュージック由来のリズム感を前面に押し出したこの楽曲は、当時のJ-POPシーンにおいて異彩を放っていた。ラップという手法が一般化していなかった時代に、久保田はすでにその可能性を理解し、日本のポップシーンの中へ取り込もうとしていたのである。
だが、久保田利伸という人物を理解するには、もっと前に遡る必要がある。彼の原点は、デビュー前どころか小学生時代にある。彼は、小学生の頃、運動会で踊る盆踊りのようなダンス練習で、リズムが始まる前にくぃと腰を入れて踊っていたという。ファンクの“ため”を小学時代から体現していたのだ。無意識ですよ、もちろんと言いながら、「ふざけているのか」と先生に怒られたと笑って話してくれた。本人は真面目に踊っていただけだ。ただ音楽に合わせて身体を動かした結果、自然とそうなったのである。自宅でもよく歌いながら踊って「うるさい!」と叱られることも日常茶飯事だったそうだ。
ルーツにつながる、少年時代のエピソードがもうひとつある。
ドキュメンタリー教養番組『野生の王国』(1963年〜1990年/MBS系全国ネット)を毎週楽しみに観ていたことだ。久保田は当時を「みんなが裏番組でアニメやバラエティーを観ている中、ひとりだけ『野生の王国』を観ていたわけですから(笑)。同級生とは話があわないところもあるわけです。でもずっと野球をやっていたから、普通に仲よく遊んでいました」と振り返っている。
放送時間帯を変えながら25年以上続いた『野生の王国』は、久保田にアフリカの民族音楽を教えてくれた。感情をリズムで表すこと、簡易的な打楽器や鳴き声ともいえそうな声を使い、遠くの部族と会話すること、多くの発見があったと久保田は話している。大学に進学した際には、ゼミで「アフリカ研究会」を選択。さらに軽音楽部ロック研究会に所属し、アマチュアバンド“HOTTENTOTS”を結成。ソングライティングとボーカルを担当する。
久保田が通った大学は駒澤大学。地下鉄に乗れば、20分弱で渋谷に着く。何かあれば渋谷に行っていたと語る。レコード屋巡り、ソウルバー、そしてライブハウスと、大学時代の思い出は渋谷に集中していたそうだ。ライブが終わった後のライブハウスで、あるいは音楽好きが集うソウルバーで、当時はよくこんなことを言われたという。
「久保田くんのバンド、歌もすごくいいし演奏力もある。でも、もっとわかりやすくしたら?そしたら動員増えるんじゃない?」
そう言われるたびに、好きな音楽をやりたい、だから変えない、でももっと多くの人に聴いてほしい、そのためには……と久保田は考えたという。
彼はファンクを、ブラックミュージックを諦めなかった。同時に、聴き手の存在も無視しなかった。久保田が選んだのは、好きな音楽を捨てることでも、好きな音楽だけをやることでもなかった。ブラックミュージックの魅力を残したまま、多くの人へ届ける方法を探したのである。その答えのひとつが、“Funky”という感覚を自身の音楽とルーツで体現し、“Party”として届けるライブスタイルだった。マニアックとされていた音楽ジャンルを“Party”というエンターテインメントとして押し上げたのだ。この表現に対するバランス感が、多くのヒット曲を世に送り出すことに繋がっている。
久保田利伸というアーティストを見ていると、ひとつの成功に安住せず、知りたいという欲求が、常に彼を先へ向かわせているように感じられる。
ニューヨーク移住もまた、その延長線上にあったのだと思う。ブラックミュージックをシーンのメインストリームに放った先駆者でありながら、本人はまだ学ぶ側でいたかったのではなかろうか。成功者として留まるのではなく、探究者として前へ進む。その姿勢は現在まで一貫している。
世代を超えた名曲として誰もが口ずさめるだろう「LA・LA・LA LOVE SONG」(1996年)について、久保田は本曲の制作当時の自分をこう分析している。
「ニューヨークに住み始めて全米デビューをして、アルバム『SUNSHINE, MOONLIGHT』(1995年/全米デビューアルバム)も作って。もっとブラックミュージックの深いところを知りたくてニューヨークに行って、本当にそこを絞り出したなってタイミングで(「LA・LA・LA LOVE SONG」)のオファーをいただいたんですよ。絞りつくしたあとだったので、気持ちも軽かったから、自然にあぁいう曲調になって。あっという間にできた記憶があります」
探究を重ね、絞りつくしたからこそ、次の刺激を取り込むスポンジになることができる。
1996年発売のシングル「LA・LA・LA LOVE SONG」
映像演出に、どんなこだわりがあるのか、と。彼のライブは、映像演出に頼っていない。映像演出は、大規模なスタンディングのライブハウスでも観ることが多く、今のライブシーンには欠かせない要素になっているのだ。久保田は、アリーナクラスでは観客のためにサービス映像(=ステージ上の様子を映し出す映像)は入れると前置きしたあとで、映像演出のない海外アーティストのライブがカッコいいと思うから、それで育ってきてますからねと言い、こう続けた。
「(映像があると)音楽に集中できないと思うんですよ。実際に、僕が他のアーティストのライブを観るときがそうで(笑)。もっと音楽に、歌に集中させてくれよと思うこともあるんです。もちろん、素晴らしいライブなんですよ。でも、自分のステージでは、音楽が主役とお客さんが主役だと思っていて。歌を聴きに来る、パーティーに踊りに来る……ある曲に、特別な思い入れがある方も、きっといらっしゃる。音楽に浸りたいと思っている方も、いると思うんですよ。そういう楽しみを邪魔したくないと思うんですよ」
その分、歌と演奏のクオリティー、照明のタイミングなど、個々のクオリティーが問われる。生身の久保田利伸が問われる。
「もちろん、そこはもう……初日の幕が上がるまで、ずっとうろうろしながら突き詰めてるというか。だからライブのリハーサルが始まると、周りがあまり僕に話しかけてこなくなる(笑)」
映像作品化されていない『TOSHINOBU KUBOTA Concert Tour "Timeless Fly"』を鑑賞できるだけでも貴重な放送となるが、久保田利伸が“Party”というエンターテインメントをどう立ち上げているのかが、ライブで何を大事にしているのかが、この映像できっとわかるはずだ。
しかし久保田利伸と彼のライブクルーは、その常識を覆している。デビュー25周年を迎えてなお、ベストを求めて挑戦しているスタンスが、スケジュールから見て取れる。そして、久保田利伸のライブの聖地である東京・国立代々木競技場 第一体育館公演のライブ映像であることも、忘れてはならない。ちなみに久保田に同会場のライブについて、笑えるエピソードを訊いたところ『Keep On Dancing Tour 1988』の初日をあげた。そのオープニングは、ライブタイトルを告げる自身の声をサンプリングした声が、開幕を告げる合図だったというが、本来ではサンプリングの音程が低音域から高音域へ畳みかけるように変わっていくはずが、最初から、いきなり高音域が出たのだとか。
「笑い話ですけどね、今となっては(笑)。でも当時(1988年)は、まだ若くて尖がっていたので、結構、怒ったことを覚えてます(笑)。もう、そんなことじゃ怒らない……というか、本番中にネタにして、ちょっとこう……(バンドの)メンバーを困らせちゃいますけどね」
歌う。踊る。観客を煽る。笑わせる。そのすべてが自然にひとつの流れとして成立している。グルーヴを追求した1人のシンガーソングライターは、空間そのものを幸福にする存在になっているのだ。ライブ映像作品を観ると、久保田利伸というアーティストが単なるシンガーソングライターではなく、ライブパフォーマーとしても第一級であることがよく分かる。
そして、今回の特集最大の見どころとなるのが、『40th Anniversary Arena Tour 2026「Big up! “Supreme”」』だ。代々木第一体育館は、数多くのトップアーティストが立ち、幾多の記憶に残るライブを繰り広げてきた場所だ。1980年代の渋谷には、アーティストの成長の軌跡をなぞるような坂道があった。センター街のライブハウスから始まり、公園通りを上って渋谷公会堂へ。さらにNHKホールを経て、その先にそびえる代々木第一体育館へと至る。久保田利伸もまた、その時代の空気の中でキャリアを築いていったアーティストのひとりだった。
ブラックミュージックというジャンルがまだ一般的ではなかった時代から、自身の身体の中にあるグルーヴを信じて歌い続け、その挑戦が実を結んだ場所の象徴、それが彼にとっての代々木第一体育館なのである。そして挑戦を続ける限り、結果はいつでも更新される。
1988年のちょっとがむしゃら気味の熱量。2010年の成熟への予感。25周年の祝祭。そして40周年の現在地。4本のライブを見比べることで見えてくるのは、日本のポップミュージックが、どのようにブラックミュージックを受け入れ、発展してきたのかという歴史そのものだ。
そしてそれ以上に、好奇心に導かれながら、日本語でブラックミュージックを鳴らし続けてきた音楽家の旅路そのものでもある。アフリカに憧れ、グルーヴを探していた青年は、40年後の今も変わらず音楽を探し続けている。尽きることのない好奇心と探究心こそが、久保田利伸というアーティストの原動力であり、最大の才能なのかもしれない。
久保田利伸というグルーヴの深みへ、ようこそ。
(文・伊藤 亜希)
久保田利伸のデビュー40周年を記念したWOWOW2カ月連続特集。5月放送分の再放送を含む全4番組を、6月26日(金)・28日(日)の2日間で一挙放送する。1988年のキャリア初期公演から2010年、デビュー25周年記念ライブ、そして2026年3月に開催された40周年アリーナツアー「Big up! "Supreme"」代々木公演まで、40年の軌跡が凝縮された全4公演を堪能できる。
【放送スケジュール】
6月26日(金)午後3:00 久保田利伸『Keep On Dancing Tour 1988』
6月26日(金)午後4:30 久保田利伸 Concert Tour『Timeless Fly 2010』
6月28日(日)午後3:00 久保田利伸 25th Anniversary Concert Tour 2012『Party ain't A Party!』
6月28日(日)午後5:00 久保田利伸 40th Anniversary Arena Tour 2026『Big up! "Supreme"』
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https://www.wowow.co.jp/music/kubota/(外部サイト)
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提供:株式会社WOWOW