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【ディズニー連載】データベース構築を現地取材 「受け継がれるDNA」と「支えるシステム」

ウォルト・ディズニーが唱えた過去から学ぶARLの重要性

 ディズニー創業時の20年代から現在に至るまでの6500万点の貴重な資料が保管されているアニメーション・リサーチ・ライブラリー(ARL)。その資料には、アートワーク(原画)、キャラクターシート、ストーリーボード、背景画、コンセプトアート、セル画(50年以降)、マケット(模型)、映像のほか、企画書からクリエイターのメモまで、過去の作品に紐づくあらゆるものがある。

 長きに渡って積み重ねられてきた、まさにディズニーアニメーションの歴史そのものになる膨大な資料を保存、管理しながら、クリエイターなどディズニースタッフの誰もが閲覧できる状態に置くARLの重要性は、創業者であるウォルト・ディズニー自身が唱えていたという。新作に取りかかるクリエイターは、そのときの流行に左右されるのではなく、過去の資料に当って学ぶことで、それまでディズニーが積み上げてきた経験値を下地として活かしながら、時代ごとの世界観を有する新たな作品を作り出していく。
 そこには、クリエイターが陥りがちな、一時の流行り廃りに揺さぶられるような時流に呑まれることのない、確固とした手法が確立されている。それが、ディズニーの根底に流れる“イズム”となり、次の世代のクリエイターへ脈々と受け継がれていくことで、時代を超えて世界中の老若男女に愛される数々の名作、ヒット作を生み出すことにつながっているのだ。

 その資料は、日本を含む世界中のどこのアニメーションスタジオにもないであろう歴史、数、価値を誇る、唯一無二のディズニーの財産であり、そのレガシーを活用することを根源とするディズニーの強さを、他のスタジオがそのまま見本として習うことはまず難しいだろう。だからこそ、アニメーターたちがそろって「ディズニーの心臓部であり、命綱」と呼ぶARL。

 本社(ディズニー・スタジオ)、ディズニー・アニメーション・スタジオとは別の場所に独立して設立され、所在地は非公表、外観撮影NGという徹底したセキュリティのもと運営されているそのARLを訪れ、他に類を見ない資料ライブラリー運営の内情に迫った。さらに、ディズニークリエイターたちに日常の利用状況やその存在意義について聞くと、ディズニーならではのARLの存在が立体的に浮かび上がってきた。

最重要プロジェクトとして進行中のデータベース構築

 ARLには6つのセクションがあり(次頁イラスト参照)、レガシーを守りながら、それをクリエイターの新たな創作活動に繋げるべく運用している(ARLを運営する管理部門のオペレーションチーム、6500万点に及ぶアートワークの保守管理をするコレクションチーム、アートワークを参照するクリエイターたちをサポートするリサーチチーム、展示会イベントやARL内の展示などの企画、ディズプレイデザインを手がけるデザインチーム、展示アドバイスやアートワークの保存方法の指導、サポートを行うエキジビションチーム、膨大な数のアートワークをデータ化してデジタル保存するイメージキャプチャチーム)。そのなかのイメージキャプチャチームが、現在ARLが最重要事項として進めているデータベース化プロジェクトを担っている。

 これまでに7年間をかけて約150万点の資料をデータ化。そのデータベースは「GEMS」と名づけられたディズニー独自のイメージブラウジング・システムで、ARLのほかディズニー・スタジオ、ディズニー・アニメーション・スタジオ、ディズニー・トゥーン・スタジオ、ピクサー・アニメーション・スタジオの4つのメインスタジオで閲覧可能になっている。
 では、6500万点という膨大な数のアニメーション資料のデータ化は、どういった順序で進められているのだろうか。その優先順位を、ARLのリサーチマネージャー、フォックス・カーニー氏に聞くと「まずは人気のある作品と、監督や音楽家、脚本家など有名なクリエイターの作品から始めています。それから、資料的な価値が高く、取り扱いに注意が必要な急いでデータ保存すべきアートです」と明かす。

 加えて、作品人気に関わらず優先されるキーワードが“アイコニック”。「ディズニーらしさのある象徴的なシーン。さらにそれにまつわるシーンや作品など、関連してクリエイターたちが参照したいと思うような資料を予想して、真っ先にデジタル化しています」(フォックス氏)。作品の人気、資料的な価値のほか、ディズニーのレガシーを熟知したARLスタッフの経験値に基づいた、クリエイターたちが過去から学ぶために必要な資料が、データ化優先順位の法則になっている。

アートワークのデータ化におけるディズニーメソッドとは?

 こうした優先リストから選び出された資料は、その素材や状態によって、性能の異なる3台のカメラ(鉛筆書きなどドローイング全般を撮影する中判カメラ[60〜100メガピクセル/1日に1000点ほど撮影可能]、パステル画やカラースケッチなどカラフルなアートワーク用の大判カメラ[240メガピクセル/1日に100点ほど撮影可能]、この2つの中間の性能を持つ試験運用中の最新カメラ[100メガピクセル])のいずれかで撮影され、アート系の専門スタッフがキャプチャ画像のフォーカス、カラー、露出のクオリティをチェック。これをクリアするとデータベースに保存される。データ化に際しては、資料の劣化を極力避けるため、フラッシュやガラスとの接点があるスキャナーは使用されない。
 データ化された1つひとつの画像は、データベースに保存される際に6つのパラメーターのメタタグが紐づけされ、ユーザーは「GEMS」のプルダウン式の6つの項目とフリーワードから資料を検索することができる。その6項目は「作品の種類」「作品名」「資料の種類」「キャラクター名」「監督などクリエイター名」「資料の材質」。これら検索項目はすべて事実を示す名詞であり、入力者によって異なるニュアンスや感情的な要素は含まれない。
 クリエイターによっては、ある感情を表現しているキャラクターや、そういったシーンのある作品を調べて参考にしたいと考えるかもしれない。また、ヒット作の共通点などから創作のヒントを探ろうとするプロデューサーや監督もいるかもしれない。

 6つのパラメーターからはそういった感覚的な要素の検索は不可能なようだが、フォックス氏は「GEMSの利用者がどれくらい作品のことを深く理解しているかによって、より詳細な検索をすることができます。『塔の上のラプンツェル』の企画開発をしていたプロデューサーは、50年代の『シンデレラ』『眠れる森の美女』から近年の作品まで、さまざまなプリンセスを調べて、そこからあらゆることを学ぼうとしました。すべてのスタッフにとって、それぞれの使い方とメソッドがあるんです」と語る。感覚的な要素から資料を探すためには、利用者それぞれが想像力を膨らませることでツールの機能を補完していくという。

ARLのもっとも大きな役割はディズニーDNAの継承

 歴史あるディズニーの伝統の中核となっているARLが、ディズニーメソッドによる信念のもと構築していくデータベース。この先、クリエイターたちのレガシー活用方法をより広く、深くしていくに違いない。
 常に新しいトレンドを探し求め、それを優先しがちなプロデューサーや監督たちも、ディズニーにおいては過去の名作やヒット作を振り返ることに重きを置いているようだ。『リトル・マーメイド』『アラジン』『モアナと伝説の海』などを手がけてきた巨匠ロン・クレメンツ監督は、経験をどれだけ重ねてもARLを利用しているとし「過去の発想やアイデアは、このうえないインスピレーションになり、新たな創作のために学ぶことができる最高のツール」と語る。いまや確固たるものとなったディズニーブランドの信頼性を築き上げていく過程で、ディズニーDNAを次世代に継承していく役割を担うARLの存在は大きかったに違いない。

 これほどのアーカイブを持つ制作スタジオは、世界中を見渡してもまず見当たらない。そんな唯一無二の資料ライブラリーを活用することが文化になっているディズニーの事例を、他スタジオがそのまま当てはめるのは難しいかもしれないが、その強さの源を知ることで学ぶことはあるだろう。フォックス氏はARLを「世界に類を見ないアーカイブ。その力を信じて管理しています」と誇らしげに語っている。
(文:編集部・武井保之)

提供元: コンフィデンス

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