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山崎育三郎、30代で飛び込んだTVドラマ界での重圧の日々 ミュージカル界への危機感を語る

 NHKドラマ10『昭和元禄落語心中』で主人公・八雲の親友で憧れの落語家であり、永遠のライバルという難しい有楽亭助六(初太郎)役を好演した山崎育三郎が、『第14回コンフィデンスアワード・ドラマ賞』で助演男優賞に輝いた。「プレッシャーの連続だった」と言う天才落語家・助六への思いや、ミュージカルからドラマの世界に飛び込んだ理由について話を聞いた。

観客の心を掴む天才肌の落語家役は、プレッシャーの日々

――『第14回コンフィデンスアワード・ドラマ賞』において助演男優賞を受賞されました。まずは率直な感想をお聞かせください。
山崎育三郎 『下町ロケット』(TBS系)で初めてドラマ出演させていただいて、ドラマで賞をいただいたのは初めてのことなので、とても嬉しく思っています。ミュージカルの仕事をさせていただいているなか、ゼロからテレビの世界に飛び込みました。当時は、2、3年先までミュージカルの仕事でスケジュールが埋まっていたなか、その仕事をすべて無くして、30歳の時にドラマでチャレンジをすると決めました。有難くも『下町ロケット』(TBS系)のお話をいただき、そこから勉強の日々。今回は助六の役をいただき、正直できるのかなという不安もありました。台本とは比べ物にならないほどの分量の落語を覚えないといけないうえに、天才落語家という役は、プレッシャーの連続でした。無事に演じられるのかという状況のなか、精神的にも体力的にもハードな作品で、最終的にこのような賞をいただき、ご褒美のような気持ちです。

――役作りの準備は、いつ頃から始まったのでしょうか?
山崎 撮影が始まる3ヶ月前から柳家喬太郎さんと一対一で所作などのお稽古が始まりました。その頃、主演ミュージカル『モーツァルト!』の公演や歌手活動など、いろんなことが同時に進んでいました。たくさんの落語を覚えるだけでなく、所作や立ち居振る舞い、着こなし方など、自分のものにした状態でクランクインしないといけない。そのうえ、助六は華があり、観客の心を掴む天才肌の落語家、プレッシャーと稽古の日々でした。

――参考にした落語はありますか?
山崎 先生の動画を観て覚えました。師匠たちの動き、声の出し方、所作を学びました。その当時、大阪での地方公演と重なっていて、ホテルの部屋で正座して、先生の動画を観て勉強して、ある程度自分のものにしたら、東京に戻って、先生に見てもらう。そしてまた大阪に戻るという日々を繰り返していました。

――それはとても大変でしたね。ドラマでは、八代目有楽亭八雲(菊比古)役の岡田将生さんとは、陰と陽の関係を演じていますが、岡田さんが「山崎さんがいて心強かったし、いい組み合わせだった」と言っていました。岡田将生さんと共演していかがでしたか?
山崎 僕もマーくん(岡田)との2人の関係性がすべてだと思っていました。顔合わせの日に、プロデューサーと監督が、今の段階でどこまで落語ができているのか、確認がしたいと師匠や皆の前で披露することになって。その緊張感がある場で、マーくんと初対面しました。彼とは、話しはじめた瞬間から感覚的に合うものがあって、すぐに打ち解けられました。助六と八雲の関係性がすべてだと思っていたので、普段からいろいろ話をして、休憩中もお互いの楽屋を行き来し、オフの日も食事に行ったり、時間が許す限り一緒にいてコミュニケーションを取っていました。

『昭和元禄落語心中』では、ミュージカルでの経験が活かせた場面も

――山崎さんは、普段から落語に慣れ親しんでいたのでしょうか?
山崎 初めてでした。この作品に出演が決まり、初めて寄席を観に行ったのですが、すごく感動しました。僕もミュージカル俳優なので、舞台に立ちますが、落語は座って話をするシンプルな舞台作りで、観客を引きつける。究極のエンタテインメントだなと思いました。一番後ろの席で観ていたのですが、途中から一番前の席に移動し、かぶりつきで観てました(笑)。こんなすごいことを自分がやるんだと思うと、鳥肌が立ちましたね。

――落語で一番難しかったところは?
山崎 テンポや勢いがある役なので、少しでもずれると崩壊してしまう。とにかく体に染み付いてないといけない。観客を引き込むためには、次の台詞を考えながら演じることはできないので、寝ていても落語が出てくるくらい練習をしました。寄席のシーンは、お客さんはエキストラの方なので台本もありますが、僕は舞台出身なので、今ここにいる観客を自分のものにする、楽しませようという気持ちになる。エキストラの方が、声の出し方もそうですが、本当に楽しんでくれているなという瞬間を見たときに、舞台をやっていてよかったなと思いました。

――役を演じるときに心がけていること、大切にしていることは?
山崎 共演者のことを一番に考えています。今回でいうと、岡田将生さんに僕のことを届け伝える、彼の心を動かすことですね。

――それは、舞台、ドラマ関係なくですか?
山崎 はい。もちろん表現の幅は変わってきます。ミュージカルでは、2000人のお客さんがいるので、普段の声のトーンと同じでは、2階、3階席の方には届かない。でも、ドラマでは普段の声のトーンで話さないと不自然ですよね。空間を感じながら演じていると自然と声も大きくなり、目線も違ってきます。声や動作の幅が違うだけで、気持ちのうえではどちらも同じです。

――ミュージカルの印象もあり、今までは貴公子のような役が多かったのですが、助六は真逆の役どころ。役作りで参考にしたことはありますか?
山崎 男4人兄弟の三男で、ずっと野球をやっていた体育会系なんです。でも、ミュージカルのきらびやかな印象もあってプリンス的なイメージを持たれがちですが、実は男臭いんです(笑)。ミュージカル俳優は、「中性的で美しくないといけない」と言われながら育ったので、それを意識して表現してきたところもあります。だから助六は自分とも近く、心がぐっと入っていきました。

――ちなみに一番好きな演目は何でしょうか?
山崎 「野ざらし」です。あと、「夢金」が一番練習しましたし、好きな演目です。助六にしては勢いだけではいけない演目だったので、風景を明確にイメージしながら、話していきました。とても印象的なお話です。所作も難しく、一番練習しましたね。

ドラマ出演のきっかけは、ミュージカルの現状への危機感から

――先程「ミュージカルのお仕事を一旦クリアにしてドラマの世界に飛び込んだ」と言っていましたが。
山崎 僕は、1998年に12歳でミュージカルデビューして、変声期をきっかけに、ミュージカルから離れました。そのときに、ドラマに出演させていただいて。当時は中学生で、栗山千明ちゃんと鈴木杏ちゃんが主演で、山田孝之、勝地涼が出演していて、今でも彼らは幼馴染のような関係性です。でもその当時は、やっぱり生のステージの感動が忘れられなくて、舞台のほうが楽しいと思ったんです。そこから音楽学校に行ってクラシックを学んで、歌をちゃんとやりたいと思って受けたオーディションが『レ・ミゼラブル』でした。ミュージカル以外興味がなかったので、ミュージカル一本で進んできました。

――そこからテレビの世界にチャレンジしようと思ったのは、何がきっかけだったのでしょうか?
山崎 子どもの頃からの夢は、『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』『モーツアルト!』『エリザベート』という帝国劇場で公演している4作品に出演することでした。その夢が、29歳ですべて叶って。その一方で、日本のミュージカルは若い方には敷居が高かったり、なかなか外の世界へ広がりがないと感じていました。夢も叶って、ミュージカルを盛り上げるために、何かできないかなと考えていて。ミュージカル界でテレビで活躍されている方は、市村正親さん、鹿賀丈史さん、石丸幹二さんといった方で、その下の世代がいない。自分がテレビの世界に飛び込むことで、若い世代にミュージカルを少しでも興味を持ってもらうきっかけになるのでは、少しでも盛り上げていきたい。30代は、いろんなことにチャレンジして、役者としての幅も広げたいという思いもありました。その時に、『下町ロケット』のお話をいただきました。

――次に何をしようかというタイミングだったんですね。
山崎 ミュージカルをやりたいと思う人も少ない。その危機感があって。ミュージカルの歴史は日本のほうが長いのですが、最近では、韓国のミュージカルが人気を得ています。そのきっかけとなったのがジュンスさん(JYJ)が『モーツァルト!』に抜擢されたことです。彼のファンがミュージカルを観て面白いと思い、そこから広がっていきました。今では、アイドルとミュージカル俳優のダブルキャストで出演するのが主流で、チケットもなかなか取れないくらい韓国のミュージカルは人気です。そうした状況を見て、僕がメディアに出演することで、ミュージカルに少しでも興味を持ってくれる人がいたらと思っていました。ドラマ出演を決めたきっかけでもあります。

――ミュージカル、ドラマ、アーティスト活動とさまざまなことに挑戦していますが、30代はどのような活動をしていきたいですか?
山崎 今はジャンルというものにこだわってはいないです。日本は、ジャンルやカテゴリわけをしがちですが、海外ではそういったことはなく、できる人がやるという風潮にあります。例えばヒュー・ジャックマンもそうですが、ハリウッド俳優でありミュージカル、司会もするし、コンサートツアーも回る。じゃあ、彼はいったい何者なんだとなると、ヒュー・ジャックマンであって、彼ができることをやっているだけ。僕も表現ができる場所で、何でもチャレンジしていきたいし、自分の可能性も探っていきたい。そうすることでミュージカルに戻った時に、また違った自分に出会える。いろんな経験が自分のプラスになると思っているので、30代はいろんなことにチャレンジしたいです。

(写真/草刈雅之)

提供元: コンフィデンス

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