宇多田に続きミスチルも 聴き放題サービスの登場で“歌詞集”に脚光
5月のサブスクサービスへの全曲解禁から、10月3日の最新アルバムリリースまでのMr.Childrenの動きのなかでも現在、特に注目されるのが、全曲詩集『Your Song』の動向だ。
昨年後半から日本国内においてもサブスクリプションサービスが活性化の兆しを見せており、それに呼応するかのように、トップアーティストたちの全曲解禁が相次いでいる(表1)。これらは主に周年を契機として実施されるケースが多く、どれも既存のリスナーはもちろんだが、キャリアの長いアーティストたちは、“以前は聴いていたが最近離れてしまっている”層を含め、改めて新規リスナーの獲得を狙っているように思われる。
表1 昨年末以降の主なサブスク解禁アーティスト
一方で、かつてのような物理メディア(CDやレコード)であれば、新規リスナーに対して、パッケージに封入したブックレット等を通じて、楽曲情報(アーティストのポートレポート/歌詞/収録参加アーティストやレーベル等のスタッフ)などを同時に伝えることができ、こうした情報からもリスナーとのエンゲージメントを高めることができた。
だが、サブスクリプション時代を迎え、楽曲情報やアーティスト情報は、以前に比べると届けにくくなっている。多くのサービスには楽曲を再生すると歌詞を表示する機能が備わっているケースも多いが、それでも歌詞を読むことができるのはその曲を再生している間に限られてしまうことが多く、じっくりと繰り返し歌詞を味わうことは意外と難しい。
そうした状況のなか、Mr.Childrenに先行して昨年12月にサブスクリプションサービスへ楽曲を解禁した宇多田ヒカルは、今回のMr.Childrenと同様に、解禁と同時に、歌詞集『宇多田ヒカルの言葉』を発売。同作は累積売上1.1万部を超えるスマッシュヒットとなった(表2)。
表2 近年発売の主な“歌詞集”の売上動向(10/15付)
これらの歌詞集ヒットは、もちろん彼らが紡ぎ出した楽曲のクオリティの高さや、歌詞の素晴らしさが最大の要因である。だが、それととも現在のサブスクリプションサービスを利用したリスニングスタイルが歌詞への関心を喚起していることもヒットの背景にはありようにも思われる。
“聴き放題”による楽曲再生の手軽さは、曲を聴く機会の増加につながっている。そうしたリスニング機会の増加は当然、歌詞への興味関心を生むだろう。だが、その一方で、前述したように、サブスクリプションサービスでは、かつてのようなブックレットで“歌詞を読む”という体験はしづらくなっている。それが歌詞集へのニーズを引き出し、近年の売上増につながったとも考えられそうだ。
ただし、アーティストによる歌詞集の発売というのは、なにも珍しいことではなく、これまでも数多く出版されている。それらと『宇多田ヒカルの言葉』や『Your Song』との違いは、上述したように現在のリスニング環境の変化という外的要因に加え、同2作が歌詞を限りなく“純化”させている点も挙げれる。
多くの歌詞集は、アーティストが“歌詞を用いて、書籍で表現”した、いわば1つの作品である。そこでは、たとえば季節やイラスト、フォントのデザインなど、さまざまな手法を駆使し、さらに掲載する歌詞についても、喜怒哀楽などの“感情”ごと分けたりしながら“表現”されている。
一方で、『宇多田ヒカルの言葉』や『Your Song』は、意図的なものは極力抑えられ、『宇多田ヒカルの言葉』はボーカルレコーディングが行われた順に掲載。『Your Song』は発表アルバム順で、さらにアルバム収録順に並べられている。さらにそのデザインも極めてシンプルだ。その結果、サブスクリプションサービスで曲を辿りながら、歌詞を思い思いに楽しめるユーザーに余地を与えている。それも同作のヒットにつながったと思われる。
歌詞に改めてスポットがあたり、その歌詞をシンプルに届けた歌詞集『宇多田ヒカルの言葉』、『Your Song』。“サブスクリプション×歌詞集”という組み合わせは、プロの作詞家や作曲家たちが作り上げた歌謡曲の名曲たちを底流にもち、現在まで発展してきた日本の音楽シーンならでは“カルチャー”として定着していく可能性も大いにありそうだ。