宇多田ヒカルが初プロデュースする小袋成彬の音楽性とは
自分で歌わないといけないことがある
「プロデュースワークに関しては解決したい課題というものがあって。例えば、『売れて、かつカッコいいもの』『同時代性のあるもの』とか、それはある意味、僕の知識と経験、ソリューションで出せるので、自分の音楽性とは全く別の頭でやっています。どんな音楽が流行っているのか、研究対象としての面白さがある」
宇多田ヒカルのアルバム『Fantome』(16年9月発売/※「Fantome」の「o」はサーカムフレックス付)収録の「ともだち」にボーカリストとして参加したことで、より広く世間の注目を集めることになった。プロデュース業が好調ななか、なぜ彼は自作の曲で歌うことを選択したのだろうか。
「このままプロデュース業だけをやっていても、その先に未来はないのでは……僕の人生の大義が見出せないといけない。そんなことを考えていたタイミングで、宇多田さんや他の方の作品にコーラスとして参加する機会があって。自分で歌わないといけないことがある、何か作品を作らないとなって思いました」
今年1月に宇多田ヒカルによるプロデュースでソロデビューが発表されるや、「Lonely One feat. 宇多田ヒカル」をストリーミング限定で配信し、Spotifyのバイラルチャートで1位を獲得。宇多田はプロデュースすることに関し、「この人の声を世に送り出す手助けをしなきゃいけない―そんな使命感を感じさせてくれるアーティストをずっと待っていました」とコメントを寄せている。
「彼女が20年間大事にしてきたことや、曲作りにおいてのプライオリティーなど、いろいろと教わりました。そのなかでも、自分に必要なものもあれば、必要でないものもあって。ただ、歌手としての彼女と、プロデューサーとしての彼女では、音楽を作る上で大事にしている信条に変わりはなく、自分が関わる音楽に対して、強いこだわりがあって、譲れないものがある。それはビートや音色だったりするのですが、そのなかで、自由に楽しんでやらせてもらった感じです」
自己を見つめ直すことで生まれた純度100パーセントの作品
「今、26歳なので、僕の人生は少年期が占めていて。だから、これまでの想いや思い出を紐解かない限り、前には進めない。昔の自分をちゃんと成仏させないといけないっていう感覚があって、僕には喪の仕事が必要だった。消化しきれない悲しみを自分のなかで再解釈して、もう1回、見つめ直すっていう作業に近い。それは、文章や絵や映像でもよかったけど、僕はそこに旋律とリズムがあったので、それは歌として表出しなきゃなって思いました。主観的な自分と客観的な自分、自分と他者、真実と嘘が調和して、それが旋律とリズムに放り込まれたときに、とても美しいなと感じたし、純度100パーセントのものができたっていう感覚があります」
自身が過ごしてきた26年間の弔い、慰み、癒やしを終えた彼は、聴き手に望むものはないと断言する。2月24日に開催されたスペシャルイベント「Spotify LIVE」では国内では類を見ないファルセットボイスでボーカリストとしての独自性やポテンシャルの高さを示してくれたが、彼にとってはライブも「双方向性ではなく、1つのショーを見せるだけのもの」だと言う。
「作った段階で僕の仕事は終わっているので、どのように人が作品を解釈するのか、僕の考えは及ばない。ライブも自分自身で再解釈する作業だから、距離や人数も関係なくて。何か言いたいことやメッセージがあるわけではなく、ただひらすら内省的なものだっていうことですね。もちろん、届けたいという気持ちはあるけど、それ以上に音楽家として作ることのほうが重要だし、これからもプロデュース業を続けながら、自分の作品作りもやらないといけないなと思っています」
(文:永堀アツオ)