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ORICON NEWS
初のアルバム首位 ONE OK ROCKなぜ人気?
英語と日本語を絶妙に使い分けた歌詞で転機
「完全感覚Dreamer」と『Nicheシンドローム』以降どんな変化があったのか? ひとつは、歌詞に英語の分量が増えたこと。ONE OK ROCKの歌詞は、当時から現在も一貫して、大人や世の中に対する不満、自分たちの大きな夢を歌っているが、核心を突いた部分のみを日本語にすることで、鋭さやインパクトが増して耳に届くようになった。これは、ほぼ全編が英語で日本語はサビの数行のみという、現在の歌詞スタイルに行き着く原点となった。また、米人気ロックバンドのマイ・ケミカル・ロマンスや日本のロックバンド・Pay money To my Painなど、自分たちの好きなバンドサウンドと真摯に向き合ったことで、よりラウドでありながら爽快で聴きやすいものに変化した。
ちなみに、TAKAは森進一と森昌子という偉大な存在を親に持つが、『Nicheシンドローム』には、両親へ宛てた「Nobody’s Home」という曲が収録されている。“親の七光り”という、想像しがたいほどの強烈なプレッシャーと偏見を克服したことも、バンドに変化をもたらせた一因だろう。そんなTAKAのMCは、決して上から目線ではない隣に寄り添う姿勢が、ファンの心を掴んでいる。「お前らに残された時間は、これっぽっちしかない。絶対その時間ムダにするんじゃねぇぞ!」とファンを鼓舞したかと思えば、「俺らも怖くなることがある」と人間らしい弱さを見せる一面も。常に「俺らはいつもここ(ライブ会場)で待っている」という言葉で、ファンと共にあることを強調。誰よりも悩み、傷つき、努力したことで、人の悲しみや苦しみを知っているTAKAだからこ、その言葉がより彼にカリスマ性をもたらしている。
メンバーの演奏力の高さとアグレッシブなライブパフォーマンスも、非常に評価が高い。特にTORUとRYOTAは、小中学時代にストリートダンスチームのHEADSに所属していたことで、魅せるパフォーマンスという面で秀でたものを持っている。キメで全員が一斉にジャンプをしたり、Ryotaが上半身裸になってステージを走り回るなど、タイミングやステージの使い方には定評がある。また、激しい楽曲はもちろん、一転してバラードナンバーを聴かせることができるのも、彼らの実力の証しだ。優しいだけではない強さを携えたバラード楽曲は、心を揺さぶるものがあり、彼らのライブを構成する上で重要なパートになっている。例えば、Takaの切なげな歌声で始まる「Wherever you are」は、日本はもちろん海外でも観客が大合唱することで知られる。
SNSの効果的な活用でファン層を拡大!海外進出を意識した音作りでロックファンも虜に
それと同時進行する形で実施されたのが、海外を視野に入れた展開だ。メジャーデビュー後(2013年5月)の作品をiTunes Storeにて世界51ヶ国で配信したほか、YouTubeでは「Be the light」(2013年3月発売の6thアルバム『人生×僕=』)のMVを6ヶ国語の字幕をつけて公開。同年10月23日からヨーロッパ・アジアで単独公演を行い成功させたほか、翌年2月には米・ロサンゼルスとニューヨークで公演。10月29日より南米5ヶ国とヨーロッパ公演を実施した。TAKAは海外メディアのインタビューには通訳を介さず答え、MCもすべて英語で行い、海外ファンの親近感を獲得し、海外での知名度を拡大していった。
そうした流れのもと、初登場首位となったアルバム『35xxxv』は、海外でのライブ経験によって、海外でも通用するものをという意識で制作。レコーディングはロスで行われ、グリーン・デイやU2、マイ・ケミカル・ロマンスなどを手がけるクリス・ロード・アルジなどをミキサーとして迎えた。ボーカルと各楽器の音のバランスを取ってひとつにまとめるのがミキシングと呼ばれる作業で、日本ではボーカルを引き立たせるのが通例だ。しかし、彼らの楽曲には、ボーカルが際立ちながら同時に楽器陣も引き立つという絶妙なミキシングが施され、それによってアメリカの広大な大地を想像させるようなスケール感を実現。結果、日本のロックバンドでありながら、日本的ではない作りがロックファンのハートも掴んだ。
『Nicheシンドローム』当時のインタビューで、TAKAは「ロックって、自分たちが信じたものをどれだけカッコよく見せられるかだと思う。売れる音楽ばかりが求められすぎて、純粋にカッコいい音楽が認められていないのが、すごく寂しい。本当に良い音楽と、そうじゃないものとのバランスがおかしい。僕らは、そのバランスを正したい」と語っていた。その気持ちは、今もきっと同じだろう。ラウドなサウンドと英語詞がメインという、日本ではヒットしにくい要素を持つ新作のヒットは、実力はもちろん様々な施策や活動に加え、自分たちを信じてきたことの結果だ。
(文:榑林史章)