トップランナーの“覚悟”を感じた、松任谷由実“タイムマシーンツアー”

Photo by 田中聖太郎

 祝祭のような、多幸感に満ちた3時間余りだった。全国アリーナツアー『松任谷由実 TIME MACHINE TOUR Traveling through 45years』(16会場40公演)は、5月16日に東京・日本武道館でファイナルを迎えた。華麗に描かれた音楽絵巻を見届けた観客は、身を乗り出すようにしてセンターステージに拍手を送り、今にもこぼれ落ちそうなほどだった。コアファンも初めての人も楽しめる、壮大なエンターテインメントショーの合間、何度も再確認させられたのは、ユーミンが描く世界の豊かさ、層の厚さ、広がり…。ソングライターとしてのすごみを改めて実感した、濃密で濃厚なステージであった。

45年のキャリアのさまざまな時代を縦横無尽に駆け巡る緻密な構成

 開演前の興奮と緊張が高まるなか、アリーナの観客席に現れた道化師たち。次第に会場のざわつきは収まっていき、聴こえてきたのは郷愁を誘う異国の音楽だ。「さあ、扉を開けなさい。開けるのです」――厳かな声が旅の始まりを告げる。
 オープニングはピアノ弾き語りによる「ベルベッドイースター」。無数の光のテープが円形ステージに降り注いでいる。「こんばんは。タイムマシーンツアーへようこそ!」の声がして、ハッと気づけば、ユーミンは象に乗って舞台中央からせり上がってきた。「Happy Birthday to You 〜ヴィーナスの誕生」の演出のモチーフとなっているのは「OLIVE」ツアー(79年)だ。当時は本物の象が舞台に登場したが、今回は “象ロボット”というのが現代らしい。妙にリアルな象の動きに目を奪われているうちに、上方から円形ステージを360度囲む紗幕が下りてきた。光の砂嵐が吹き荒れるなかで「砂の惑星」の旋律が旅情をかき立てる。

 その余韻を断ち切るように、ステージには黒い革ジャンを羽織ったダンサーたちが登場した。「WANDERERS」では、観客も一緒になってこぶしを振り上げ、会場は一気にヒートアップしていく。やがてステージにイエローの照明が差し込み、ピアノの音色が草原の爽やかな香りを運んできた。白いドレスで歌う「ダンデライオン 〜遅咲きのたんぽぽ」の切なくも優しい調べが切ない。
 今回の「タイムマシーンツアー」は、遺跡発掘現場でユーミンのタイムマシーンが発見されるところから始まる。45年のキャリアのさまざまな時代を縦横無尽に駆け巡るという設定で、至るところにこれまでのツアーの名場面が再現されていた。「過去にライブを観たことがある人には懐かしく、初めての人には、こういうライブをずっとやってきたことを知ってほしい」という思いが込められている。「いろんな私の時代、世界を最後までお楽しみください」の言葉を合図に、時間旅行が再開する。

「守ってあげたい」「Hello,my friend」を聴いて押し寄せてくる大きな感情のうねりをなだめているうちに、季節は冬に変わっていた。紗幕に映し出された雨はいつしか雪に変わり、「かんらん車」の哀愁を帯びたメロディーが心に沁みる。「輪舞曲」で一転、ステージは華やかな空間へと変わる。緩急のつけ方が絶妙で、ドラマチックに物語は進んでいく。それにしても、なんという情報量の多さ。タイムマシーンから振り落とされないように、しがみついているのがやっとだ。ステージに目をやると、オリエンタルな和装姿のユーミンが登場していた。その周囲をダンサーとバンドメンバーが輪になって踊り続け、「夕涼み」ではギンガムチェックのドレスが舞う。

圧巻だった「春よ、来い」の壮大な世界観

「私のショーにとって、衣装はとても大事な要素」と語るように、本ツアーでも見どころ満載であった。『THE DANCING SUN TOUR』(94年〜95年)のオープニング衣装をモチーフにしたスパンコールの燕尾服に始まり、パンツスーツ、ワンピース、着物、カウガール…と、大胆奇抜で、スタイリッシュで、可憐で…さまざまなスタイルを、次々に早着替えで楽しませてくれた。これもライブの醍醐味の1つ。「かつては15秒で着物に着替えるというギネス並みの早着替えもあった」と茶目っ気たっぷりな口調が嬉しかった。

 光の木漏れ日が降り注ぐなか、「春よ、来い」のイントロが流れてきた。教科書にも掲載されている同曲を聴くたびに、何かで読んだ「私の歌だけが詠み人知らずとして残っていくことが理想」というユーミンの言葉を思い出す。会場に現れた『THE DANCING SUN TOUR』(94〜95年)のドラゴンは、いつしか紗幕に映し出された雲海をゆったりと泳ぎ始め、曲のエンディングで彼方へと消えていった。この日本の情緒と、どこかアジア的な要素が交じり合った楽曲の壮大な世界観は、演出によって何倍にも増幅されていた。この没入感たるや! この光景は今も鮮やかに脳裏に浮かぶ。
 カウガールスタイルでキメて歌うのは「Cowgirl Blues」。そのまま「もう愛は始まらない」へとなだれ込み、会場が1つになってサビのフレーズを熱唱。「Carry on」、そして「セシルの週末」の間奏では、コーラスやバンドがプロポーズしあう“小芝居”(ユーミン談)も披露される。ライブではお馴染みの光景だ。

提供元: コンフィデンス

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