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有料ライブ配信が拓く未来 アーティストを支援したいファンのニーズに合致
「STAY HOME」が推奨される状況下では、ライブ配信は家で楽しめるエンターテインメントとして最良の手段の1つだと言える。しかし、そこに収益が発生しなければアーティスト活動はもとより、ライブエンターテインメント業界全体が疲弊してしまう。3月頭に行った「オリコン・モニターリサーチ」の調査結果(『自粛で見えてきたエンタメファンのニーズ』参照)でも、「主催者やアーティストの収入につながる形で支援したい」という声が多く見られた。
そこで今回は、この事態を受けて「チケット制による有料ライブ配信サービス」の提供をスタートしたデジタルプラットフォーム事業者と、いち早く活用したアーティストの2事例をレポートする。
電子チケットにライブ配信のオプションを付けた「ZAIKO」
ZAIKOでは通常のチケットに「初期費用・ランニングコスト不要」を謳ってチケットの発券・管理サービスを行っており、有料ライブ配信のオプションについては初期費用のみで、ランニングコストは不要とした。ただし始まったばかりのサービスのため、「今後はサービス内容の拡充に伴うオプション料金の設定の可能性も考えられますが、現時点では未定」(ZAIKO株式会社・大野晃裕氏)だという。
そのため現時点では、主催者側の費用負担は従来通り、チケットの売上枚数に応じた手数料となっており、主催者の希望があれば、ライブ終了後もアーカイブ映像を有料(チケット制)で配信するサービスも提供される。そのほか“投げ銭”機能も付帯されており、ライブの前(チケット販売時)、中(ライブ開催中)、後(終了後やアーカイブ視聴時)に“投げ銭”することも可能だ。
「ライブの<前>は応援の意味合いが大きいでしょう。<中>はライブの感動した瞬間、<後>はライブの余韻と、同じ_“投げ銭”でも感動の種類によって投げられるタイミングは違ってくると思います。主催者やアーティスト側には、『いつ、どんなタイミングで』投げ銭されたかといったデータもお渡しできますので、オーディエンスの行動分析や心理の分析、ライブの構成などの参考としてもご活用いただければと考えています」(大野氏)
スピード感の中で大成功を収めたceroの有料ライブ配信
「仙台公演の延期を決めたのとほぼ同じタイミングで、ZAIKOの有料ライブ配信サービスの提供が始まったことを知りました。そこで、3月9日に社内ミーティングでライブ配信の実施を決定し、翌10日にZAIKOさんと打ち合わせをして、13日の本番を迎えました。その間、実質5日間しかなかったのですが、ZAIKOさんの柔軟な対応でストレスなくスムーズに行うことができました」と、所属事務所カクバリズムの仲原達彦氏は振り返る。有料ライブ配信を行った3月13日は、仙台公演の予定だった。
ライブの尺は1時間。チケット料金は1000円で、チケット購入時に500円単位の“応援投げ銭”もできる仕組みとした。因みに、本来行われるはずだった仙台公演は、700人キャパのライブハウスで、チケット料金は4000円(プラス1ドリンク)だった。
「初めての試みであったのと、通常のライブより短い尺で行うため、チケット料金は1000円としました。会場費や機材費、人件費など赤字を覚悟していましたが、とにかくやってみることで見えてくるものもあるだろうと、トライアルの意味合いも大きかったですね」(仲原氏)
告知期間はわずか2日だったが、結果的に5000枚を超えるチケットが購入された。ZAIKOの「日・英・中・韓の多言語対応をしている電子チケット販売プラットフォーム」という特性から、海外からの視聴も多かったという。
ファンクラブアプリから発展したTHECOOの「#ライブを止めるな!」プロジェクト
プロジェクト第1弾(3月20日〜4月5日)では、「fanistream」のサービスプラットフォーム利用料、配信機材、配信スタッフをTHECOOが無償提供。ライブハウスから配信を行う場合は、会場費もTHECOOが負担。またチケット収益は主催者/アーティスト側に100%還元され、実質負担はゼロで有料ライブ配信が行えるというものだった。
「このプロジェクトに関しては、弊社の収益はまったくありません。目的はこの事態を受けてライブエンターテインメント業界を応援すること、そして配信ライブの可能性や価値を業界とオーディエンスのみなさんに体験していただき、ライブエンターテインメントの未来に繋げたいという思いがありました」(THECOO株式会社 代表取締役CEO・平良真人氏)
好評につき、サービスプラットフォーム利用料の無償提供を継続するプロジェクト第2弾(4月6日〜4月30日)も実施された。この時点で「fanistream」には“投げ銭”と“ライブ配信前のEC誘導”の機能が追加され、主催者やアーティスト側がマネタイズできる仕組みも複合的なものとなった。
プロジェクト第1弾には、活動25周年ツアーの中止・延期を余儀なくされたSCOOBIE DOらが参加。バンドが有料ライブ配信の実施を決めてから1週間ほどでライブ本番を行っており、こちらもスピード感のある対応だった。
「時間がなかったこともあり、映像や音響を確認できないままライブに突入してしまったのですが、オーディエンスからは『動画も音もクオリティが高い』、『カメラワークがいい』といったコメントが多かったです。楽器の手元のアップなど、ライブハウスでは見られないアングルを見られたことを喜んでいたファンもいました」(SCCOBIE DO・マツキタイジロウ)
なおSCOOBIE DOの配信ライブには、THECOOから配信機材やスタッフが提供されたが、「それほど高度な技術や機材は必要としません。もちろんクオリティを追求すればコストも青天井になるでしょうが、ライブハウス規模のライブ配信であればPC2、3台とスイッチング機材、ソフトがあれば十分。また弊社のほうでもライブ配信のノウハウが蓄積されてきたので、今後はマニュアルのようなものを作成して提供することも考えています」(THECOO・平良氏)
有料ライブ配信の盛り上がりを「ライブ自粛特需」に終わらせない取り組み
とは言え、カクバリズムの仲原氏やSCOOBIE DOは「今はライブの飢餓感や物珍しさもあって、見てくれているのかも?」とも推測している。有料ライブ配信を単なる「ライブ自粛特需」に終わらせず、さらに発展させるためにはどんな取り組みが必要なのだろうか。
「生のライブとは違うコンテンツとしての価値と魅力のあるものを届けること」が1つの鍵と語るのは、映像作家でもある仲原氏だ。この事態が収束した後に『現場に行けないわけではないが、配信でライブを見たい』という選択肢があることを提示するためにも、単なるライブ中継ではないものを見せたかった。そういう意味でも、今回のceroの有料ライブ配信は映像のクオリティや内容も含めて、『60分の映像作品』を意識したところが大きかったですね」(仲原氏)
一方でSCOOBIE DOのコヤマシュウは、ライブ配信をきっかけとしてライブシーン全体が盛り上がることへの期待から、”ライブ中継”を肯定的に捉えているようだ。
「世代的な話ですが、僕も子どもの頃に『8時だョ!全員集合』や『ワールドプロレスリング』のテレビ生中継を見てものすごく憧れて、実際に現場に行けたときの感動は今でも忘れられません。年齢やいろんな理由でライブハウスに足を運べない人は多いと思いますし、”ライブ生中継”で『ライブに行きたい』という気持ちを掻き立てるような現場の熱を届けることができたら、配信と現場、どっちにもメリットがあると思うんです」(SCCOBIE DO・コヤマシュウ)
生のライブはこれからも魅力的なものであり続けるだろう。だからこそ重要なのは、ライブ配信を生のライブの代用・補完で終わらせない発展的な発想だ。両者の意見は両極端のようで、そうした根幹の部分では共通していると言えるだろう。
5G導入によって拡がるライブ配信の可能性とライブエンターテインメント市場の未来像
「日本のアーティストは席種によるチケット価格の差をつけにくい事情があるかと思いますが、配信ライブであれば、よりリッチなサービスを付加したプレミアムチケットも販売しやすくなると思います。たとえば、リアルイベントと、それをライブ配信で視聴するファンの間でのコミュニケーションが可能になるようなプレミアムな視聴体験も、5G導入によるテクノロジーの進化により、インタラクティブ機能を実装すれば提供できる日が来るでしょう」(ZAIKO・大野氏)
「複数のアーティストが出演するフェスや対バンライブであれば、たとえば1組だけ視聴するなら◯円、3組で◯円、通しで◯円というふうに、オーディエンスが観たいアーティストを選べるチケットを販売するのも有効かもしれません。チケットの選択肢が増えれば、それだけユーザー層も広がるのではないでしょうか」(カクバリズム・仲原氏)
「高付加価値サービスのアイデアについては、リアルのライブにたくさん転がっていると思います。ただ現在は、“チケット制の有料ライブ配信”というものに、主催者もオーディエンスも少しずつ慣れていっているところですので、プラットフォーム事業者としては無理やり推し進めていくつもりはありませんが、現場から要望があればすぐにでも実装できる技術はあります」(THECOO・平良氏)
三者ともに「まずはライブ配信を体験してみて、その上で見えてきた『こんなこともできないか』といったアイデアやニーズを聞かせてほしい」と呼びかけている。
有料ライブ配信の取り組みは始まったばかりだけに、チケット料金や告知方法、コンテンツ内容など、未だ手探りの状態ではある。しかし、テクノロジーの進化によって、新たな体験を享受できる日が近いことも確かだ。上手く運用することによって、必ずやライブエンターテインメント市場もより豊かなものとなっていくだろう。
「STAY HOME」がいつまで続くのか、現状では見えてこない。だからこそ、この機会に有料ライブ配信の試みが広がることに期待したい。主催者やアーティスト側のコスト負担が少なく収益が見込めるのはもちろん、多くのトライアルが積み重なることで、ライブエンターテインメント業界の未来に繋がる知見もより深まるはずだ。
(文・児玉澄子)