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“日本語ラップの先駆け”いとうせいこうが語る「永遠のアマチュアリズム」と「HIP HOP脳」とは?

メインストリームからアンダーグラウンドまで網羅! タモリや大橋巨泉ら昔はそれが当たり前だった

――でも、いとうさんのように、メインストリームからアンダーグラウンドまで網羅して活動をしている人って他にいないですよね?
いとうせいこう 昔はそういう人はいたんですよ。タモリさんだってジャズをやっていて、大橋巨泉さんも番組プロデューサーをしながら司会もされて。僕はそういう先輩たちを見ていたからそれを当たり前だと思ってやっていたけど、だんだん取り残されちゃって。ひとつのことしかやっちゃいけないの? みたいな世の中になって。だけど僕は自分が見てきたことが間違いだと思っていないし、そもそもひとつのことだけをずっとやるのはダメなんです。コツコツと同じことをやっていると、自分自身も作るモノもおもしろくなく見えてきちゃう。でも研鑽(けんさん)を積むことも必要じゃないですか。そうすると方法はひとつしかなくて、1日の中でいろんなジャンルを平行してやり続けるしかない。そうすれば飽きないし、努力もできる。例えば朝から小説を書いて、夕方からはバラエティ収録に行って、楽屋でゲラを直すとか。で、バラエティで誰かの言葉がおもしろくて、これは何かのキャラクターに使えるなって頭の中に入れて家に戻ってくる。そうすると知り合いのバンドから音源が届いていて、じゃあ16小節のラップを書く……これなら基本的に飽きないわけですよ。

――すごい。1日が50時間ぐらいあるみたいですね(笑)。
いとうせいこう このほうが逆に効率がいいんです。体を使う作業が多くなってきたら、ちょっと座って原稿を書くとか、そうすると変化が出るじゃないですか。それはもう、うまくできたシステムだなと。

――“せいこうシステム”ですね。
いとうせいこう そう。どんどん別のところに枝葉を広げていく。でも企画はそれぞれ動いていて継続性はちゃんとあるんですよ。

――感性が枯渇せず途切れないのも、そうやって多彩なジャンルを平行してやっているからなんですか。源泉を自分の中だけに求めるのではなく、いろんなものから引き出しているというか。
いとうせいこう そうだと思いますよ。昨日も音楽アプリで知らない曲を数珠つなぎで聴いていたらふと、こういうエレクトロあるんだ、いい曲だなって思って。そしたら文章を書いて疲弊していた脳が充填されたんです。小説のほうに脳はいっていたのに別ジャンルの音楽に充電されるっていうか。そうやって違う角度から活性化されたり切れ味を与えてもらうことは多々あって、どういう回路かわかんないけどこれは不思議なんですよね。だからたまに僕は若いミュージシャンに、HIP HOPだけ聴いてると、やっている音楽が痩せ細っちゃうよって言うんです。HIP HOPっていろんな音楽がトラックになるからHIP HOPなのであって、民謡やジャズを聴いたっていい。それと同じ考え方で僕にとってのHIP HOPは小説でもあるし、芝居でもある。すべて切り貼りで、それがどうも僕の脳の中では繋がっていて別ジャンルが必要なタイプの脳みそになっているんでしょうね。でも人は本来、そうなっているはずなんです。

――みんなそこまで脳を使っていないだけ?
いとうせいこう 思い込みだよね。音楽やるなら音楽だけ聴いているほうがいいだろうってなっちゃうじゃない? でもそんなことは全然なくて、他ジャンルのモノが栄養になったりするんですよ。

すべてが“HIP HOP=切り貼り仕様”的な思考 紫式部もHIP HOPなんです

――脳味噌そのものが本来“HIP HOP=切り貼り仕様”になっていると。
いとうせいこう だから僕は初めてHIP HOPを聴いたとき、こんなおもしろい音楽があるんだって衝撃を受けたんです。あらゆるものを引用して混ぜて、スクラッチして、その上にさらに人の言葉を引用しながらラップしていく、こんなものがあるんだ! って。でも平安の歌人も同じことをしていたんですよ。恋文が五・七・五できたら七・七・五で返すとか、フリースタイルと同じで、紫式部もHIP HOPなんです。そうなると何が一番楽しいかって無駄なものは何ひとつないってこと。喫茶店で流れてきた歌も電車の中で見かけたおじいさんも、そのときは通りすぎても5年後、小説で何かのシーンを書くとき、あのときの歌やおじいさんを出せば解決するかもしれない。だから寄り道に無駄はないんです。これは僕みたいな職業だけじゃなくてどんな仕事にも言えることで、例えば営業で話す言葉や企画の切り口って、実はその人が生きてきた、寄り道してきた中で脳が1回、スパークして出てくるもんなんですよ。だからマーケティングだけを勉強したマーケティングと、いろんなことをしてきた人のマーケティングでは全然、脳の中でもスパイスが違う。

――どんな職業でも頭の使い方や寄り道の仕方で“マルチクリエイター”になれるわけですね。
いとうせいこう アウトプットの違いだけですよね。僕の場合はインプットしてきたものをこれは芝居に使えるなとか、これはラップにいいかなとか、アウトプットをいろいろ変えているだけ。だから音楽をひとつ聴いても“何でオレはこれが好きなんだろう?”って考えること大事です。それが何かを表現するときの要素のひとつになるから。

――前に「嫌いなもののことは考えない」っておっしゃっていましたが、それは好きなものが多すぎて余地がないってことなんですかね?
いとうせいこう 嫌いなものも入ってくるけど、すぐシャットアウトするようにしてる。ネガティブな感情ももちろんあるけど、怒りに取り付かれると人はクリエイティブじゃなくなるからね。

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