童謡誕生100年、文化継承の要は“新作づくり”

『童謡誕生100年記念コンサート』が、1984年より「童謡の日」とされている7月1日に開催された。主催は一般社団法人 日本童謡協会。69年、初代会長サトウハチローらによって作られた、詩人と作曲家による団体だ。単にノスタルジックなものばかりでなく、同時代の子どもたちに親しんでもらえる新たな童謡の創作に常に取り組むクリエイター集団でもある。『赤い鳥』刊行から100年の節目に、日本童謡協会 常任理事・事務局長で作曲家の伊藤幹翁氏に、童謡の現在地と同協会が見据える未来像をうかがった。

新たなメディアが生まれるたび、コンテンツとして意味を持ち続けた

「童謡とはなんですか?というのは、愛ってなんですか?というのと同じような問いで、人それぞれいろんな捉え方があるでしょう。どれが正解、不正解という性質のものではないと思いますよ」と伊藤幹翁氏。
  • 一般社団法人 日本童謡協会 常任理事・事務局長で作曲家の伊藤幹翁氏

    一般社団法人 日本童謡協会 常任理事・事務局長で作曲家の伊藤幹翁氏

 とはいえこれは、明治以降の西洋化の流れのなか、国が主導して7音音階の音楽理論を普及する過程で唱歌が作られ、それまで民間で歌われていた5音音階のわらべうたとは明確に異なる音楽が受け入れられたということ。

 大正期、ドイツなどから音楽理論を学んで帰国した作曲家たちが、第一線の文学者とともに、いわばカウンターとして民間から提示したのが『赤い鳥』に始まる童謡の基礎になったことなどを説明する。

「子どもたちには最高の芸術に触れてもらうのが大人の責任だという思いがベースにあった運動です。決して子ども騙しの幼児向けマーケティング的なことではない。当初、北原白秋などは自分の詩に曲は不要、読者が自由に歌えば良いとしていたそうですが、山田耕筰が作曲するならいいよ、と。子どものためにと言いながら、素晴らしい芸術歌曲が多く生まれました。『赤い鳥』は雑誌メディアでしたが、やがてレコード、ラジオ、太平洋戦争後にはテレビと、新しいメディアが生まれるたび、常に童謡はコンテンツとして大きな意味を持ち続けた。同時に、商業主義的な要素とどう向き合うのかという課題を創作者側が抱え込むことにもなりました」(伊藤氏)

童謡誕生100年の主なあゆみ

<参考文献>童謡誕生100 年記念誌「明日へ」(銀の鈴社)より

<参考文献>童謡誕生100 年記念誌「明日へ」(銀の鈴社)より

童謡の可能性を信じる若い才能を求める

 協会では一貫して、新作童謡づくりに力を注いでいる。会員の詩・曲による新作発表コンサート『童謡祭』は今年で41回目。新作合唱曲の発表『こどものコーラス展』や『童謡こどもの歌コンクール』、地方自治体と組んでの音楽祭イベントなど、多くのイベントやコンサートを主催・共催。また、新作童謡の詩集やCD 等も定期的に発売する。

「現在の広い意味での童謡は、実は郷愁を求める大人たちがいて支えられている。ですが、どうにかして新しい童謡をきちんと子どもたちにまで届けたいというのが変わらぬ願いです。たとえば病気にかかったとき、大正の医者と平成の医者、どちらに診てもらいたいか。音楽というのは数学的なところがありますから、今のほうが知見も蓄積され理論も発達しているわけです。音楽的には、それは新しいほうが面白い。もともとビートルズ的なポップスも、大雑把にいえばクラシックの豊かな蓄積から要素を抽出し、まとめていますよね。童謡の原点はクラシック。協会は、そこはブレずにやっています。いわば臨床医と病理医のように、アカデミックな追求を続ける軸もやはり必要です。臨床と病理が往来し、初めて発展が続けられる」

 インターネットという新たなメディアの隆盛は、童謡にとってどのような意味を持つのだろうか。
  • 日本童謡協会が編集を手がけた、童謡誕生100 年記念誌「明日へ」(4月1日発売/税別3000円/銀の鈴社)

    日本童謡協会が編集を手がけた、童謡誕生100 年記念誌「明日へ」(4月1日発売/税別3000円/銀の鈴社)

「インターネットは、テレビを経由せずに広く世界に発信することができる仕組みだということは、もちろん理解しています。本当に良い楽曲は、詩が日本語のままであっても、世界の誰かに届くかもしれません。そうした可能性を信じる若い才能に、ぜひ入ってきてほしい。たまたま今年は100年ということで童謡が注目もされていますが、来年になったらまたわからない。ジャズでもクラシックでも同じですが、優秀なプレイヤーというのは、さあ育てようと思っても急には養成できません。成長するための環境には、うるさ型のお客さんや、優れた批評眼を持つ良い聴衆も不可欠。それを育てるためにも、幼少期に本物の芸術を身近に感じてもらえるかどうかが大事なんです。今どきそんなことを、と笑われるかもしれませんが、私たちとしては、100年かかって構築され守られてきたこの堤防が決壊してしまわないよう、どうにか踏み留まり、地道に種を撒き続けるしかない」

 唱歌、童謡、さらに『みんなのうた』や『おかあさんといっしょ』などテレビ由来の子ども向け楽曲であっても、どの価値が上だ下だという話ではない、と伊藤氏。同時代性を持った一流クリエイターによる新作童謡を作り、それがより広く受け入れられていく方策をひたすら探る。童謡協会によるたゆまぬ営為は続く。

(文/及川望)

提供元: コンフィデンス

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