VR時代に「リスニング」へ回帰する、空間オーディオ新時代の可能性 

 近年、アリーナ級の会場、家庭でのサラウンド再生、VRや360°動画など、立体的な空間オーディオの必要性が高まっている。そういったなかで、米・サンフランシスコの電子音楽シーンで活躍するクリストファー・ウィリッツが開発した、立体音響の技術「Envelop」は、あらゆるシーンで活用可能なツールとして注目を集めている。来日したウィリッツに、3Dでの新たなライブ没入体験について聞いた。

オープンソース化し、あらゆるアーティストが活用できる仕様に

  • クリストファー・ウィリッツ (撮影:西岡義弘)

    クリストファー・ウィリッツ (撮影:西岡義弘)

「サンフランシスコでは、少数のアーティストたちが『リスニング』をテーマにした新しい電子音楽を作っています。パワフルさを売りにするEDMとは対極的です。僕たちが手がける『空間オーディオ』に特化したプラットフォームを提供するプロジェクト『Envelop』もこの流れに寄与しています」

 ウィリッツたちが開発した新しい「空間オーディオ」技術は、サラウンド音響でのライブだけでなく、ヘッドフォンでの視聴、さらに昨今話題のVRにも最適な技術だという。

「Envelopは、次世代の360°サラウンド音響を実装したライブ空間と、あらゆるアーティストがどんな音でも空間オーディオに変換できるツールの提供を目指しています。今年サンフランシスコで専用の会場を開設しました。また、空間音響での音楽制作用に、Ambisonic(アンビソニック)技術を応用したソフトウェアを開発してフリーで提供しています。すべてがオープンソースですので、『Ableton Live(音楽制作とパフォーマンスのためのソフトウェア)』での利用も自由。立体音響の技術は、例えばアリーナ級の会場、ホームリスニング用のサラウンド再生、さらにVRや360°動画にも最適なのです」
  • アルバム『Horizon』のジャケット写真

    アルバム『Horizon』のジャケット写真

 注目が集まる立体音響による音楽制作は、制作費や特別な技術を要するが、彼の提供するツールは、音楽配信用の音源にも使えるほど、広域な形式に対応する。

「僕のアルバム『Horizon』は、すべて空間オーディオのソフトウェアで制作しています。Spotifyで聴いても360°音響が体験できるように設定しました。既存の音楽とは印象で一線を画しますが、三次元での作曲という全く新しい技法は注目に値します。通常の音源では体験できない、細部にまで耳を傾けるという没入体験を生むことができるからです」

坂本龍一の『Async』を立体音響に変換

「Envelop」を活用したライブの模様

「Envelop」を活用したライブの模様

 『Envelop』の成功事例としてウィリッツが挙げるのが、親交のある坂本龍一のアルバム『Async』を立体音響に変換して実現した、空間オーディオ試聴会である。
「僕から試聴会を提案しました。届いた『Async』の5.1ch STEMファイルを、Envelopソフトウェアでアップミックスし、空間オーディオ用に拡張しました。結果、Envelopでの試聴会はすべて完売する大成功でした。鑑賞後、誰もが感情的になっていましたし、涙する人もいたほどです。だから、坂本さんも今作品が立体音響空間でファンと共有できたことには喜んでくれましたし、僕も実現できたことを嬉しく思っています」

 世界的に起きている、音楽コンテンツを実験的に表現する会場の減少と制作コストの高騰は、大きな問題だというウィリッツ。『Envelop』は、サンフランシスコでの展開に加えて、米国のフェスなどとも連携し、立体音響のサテライト音場を提供していくという。音楽業界でも注目を集めるVRを含めて、立体音響の可能性には今後も注目していきたい。

文:ジェイ・コウガミ/撮影:西岡義弘
クリストファー・ウィリッツ
 ミュージシャン、アーティスト、サンフランシスコに拠点を置く教師。ギターとボイスで作成された瞑想的な雰囲気のエレクトロニックミュージックを制作。坂本龍一、ティコ、テイラー・デュプリーなどのソロアルバムでのコラボレーションは、過去15年間で27以上。経験豊富な教師として、世界の多くの主要機関で講義も行っている。
(『コンフィデンス』 17年12月25日号掲載)

提供元: コンフィデンス

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