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“社員1人”の弱小出版社が『ハリポタ』国内版権を獲得できた理由 情熱の根源は「亡き夫が夢描いたベストセラー」

  • 『ハリー・ポッター』シリーズ1巻『賢者の石』旧版の表紙 (C)J.K.ローリング、松岡佑子、ダン・シュレシンジャー、静山社

    『ハリー・ポッター』シリーズ1巻『賢者の石』旧版の表紙 (C)J.K.ローリング、松岡佑子、ダン・シュレシンジャー、静山社

 舞台版「呪いの子」のキャストが話題となるなど、再び注目を集める『ハリー・ポッター』。そんな同シリーズを1999年に日本で翻訳、出版を手掛けたのが静山社の松岡佑子社長だ。驚くことに、版権交渉に名乗りを上げた当初、静山社の“社員”は松岡社長のみだったという。現在もスイスで翻訳作業にどっぷり浸かっているという彼女に、瞬く間に日本で巻き起こった『ハリポタ』ブームを生んだ執念、そして現在も色褪せない同シリーズの魅力を聞いた。

“1人出版社”ながら思いの丈を託した手紙にJ.K.ローリングも感銘「人生において情熱ほど重要なものはない」

  • 現在でも翻訳作業にどっぷりだと語る、静山社社長・松岡佑子氏

    現在でも翻訳作業にどっぷりだと語る、静山社社長・松岡佑子氏

 静山社は元々、松岡社長の夫、幸雄氏が立ち上げた会社だった。「夫はたった1人だけの出版社で、ぽつぽつと売れない本を出していました」と松岡社長は語り始める。「私は通訳の仕事をしていましたが、夫は亡くなる際に“出版社は潰していい。通訳の仕事を続けなさい”と言いました。ですが、べストセラーを出したいという夫の夢を叶えてあげたいと考え、“静山社は私が継ぎます”と宣言したのです」(松岡社長/以下同)

 『ハリー・ポッター』に出会ったのはイギリスの知人の家でディナーを楽しんでいた時。「これを子どもに読み聞かせしたことがない親は、イギリスにいない」と紹介されたのが同作だった。半信半疑で読み始めたが、圧倒的な世界観と物語に惹き込まれ、一晩で読了した。そのまま出版社に直接問い合わせの電話を入れると、出版権は作者であるJ・K・ローリングの代理人が管理していると教えられた。

 今度は代理人に電話を掛けると、日本からはもう3つの出版社が手を挙げているとのことだった。既に世界中で評判だった同作、日本での出版権が決まっていないことに驚いたという。「“私にも可能性がありますか?”と聞くと、“ある”と言われました」。申し込みの仕方も分からず、自身の思いの丈を記した手紙を書いた。そしてJ.K.ローリングは松岡社長を選んだ。

 「手紙に何を書いたかはよく覚えていません。ただ、小さな出版社だということはお知らせしました。さすがに“1人でやっています”とは書けませんでしたが(笑)。そして出版直前、私が仲立ちしたさる日本のテレビ局の番組で、インタビュアーがJ.K.ローリングに“どうしてそんな小さな出版社に?”と質問したのです」J.K.ローリングはこう答えたという。「代理人から、(松岡)佑子が最も情熱的な出版人だったと聞いた。人生において、情熱ほど重要なものはないと思う」。

 松岡社長の「情熱勝ち」だった。「代理人も慣れてない方だったということもあるかもしれませんけどね(笑)。J.K.ローリングも初めての出版でしたから。小手先を労せず、熱い想いだけで突き進んだようなところはありますけども…それがうまくいったというのが不思議ですね」。

「相手にされないのはしょうがない」北海道の雪中を歩き…大ヒット誕生を支えた草の根活動

  • 『ハリー・ポッターと賢者の石』旧版の表紙 (C)J.K.ローリング、松岡佑子、ダン・シュレシンジャー、静山社

    『ハリー・ポッターと賢者の石』旧版の表紙 (C)J.K.ローリング、松岡佑子、ダン・シュレシンジャー、静山社

  • 現在販売されている”新装版”

    現在販売されている≪新装版≫表紙

 出版権は獲得した。だがそれで終わりではない。静山社を継いでから2冊ほど刊行していたが、小さな出版社では取次にも相手にされず、流通部数が200冊という苦い経験もしていた。「とにかく知人を通じて編集者を探し出し、5人の翻訳チームを結成しました。そんななか、マーケティングのプロ、豊田哲さんに出会えたのです。大手の取次に顔が利く彼は、そのツテで流通プロジェクト・チームを作ってくれました」。

 「売れる確信はまったくなかった」と振り返る松岡社長。「外国でベストセラーでも日本で売れるとは限らない」とも言われたが、それでも諦めなかった。通訳で地方に出向く度に、その土地の書店と店長の名前を片っ端から調査。書店に足でおもむき、「こういう本を出すので置いてほしい」と情熱を込めて懇願した。北海道の雪の中も歩き回った。99年当時では珍しい、webでホームページを作成するなど新たな試みにも挑んだ。そのほか、登場人物や語句の説明が載っている「ふくろう通信」を本に挟み込むなど、ファンを獲得する努力を地道に続けた。

 まさに手作りの草の根活動だった。その松岡社長の行動力を支えたのは「亡き夫にベストセラーを捧げたい」、そして「ハリー・ポッターを世に出したい」という2つの情熱。「当時のスタッフも、私の情熱に巻き込まれたと明かしています」と笑う。

口コミでブーム到来、大ヒット後も“5人出版社”を貫く理由

  • 3月17日に発売す文庫新装版『ハリー・ポッターと賢者の石』(1-1巻)表紙

    3月17日に発売する文庫新装版『ハリー・ポッターと賢者の石』(1-1巻)表紙  (C)J.K.ローリング、松岡佑子、おとないちあき、静山社

  • 映画『ハリー・ポッター』シリーズのグラフィックデザインを手掛けるミナリマによる

    映画『ハリー・ポッター』シリーズのグラフィックデザインを手掛けるミナリマが、表紙・挿絵をすべて手掛けたミナリマ版 (C)J.K.ローリング、松岡佑子、ミナリマ、静山社

 フタを開けてみると、発売3日ぐらいから目に見えて売れ始め、初版3万部は瞬く間に完売。1ヵ月で25万部、さらに50万、100万部と売れ続ける大ヒット作になった。

 「本作は児童書にカテゴライズされていました。児童書は書店の奥の方で目につきにくいところにあります。ですが口コミで徐々に広がっていったようです。ファンレターには“表紙に惹かれて手に取りました”などの声も。書籍は、とにかく手にとってもらうことが大事なんですね。その結果、少しずつ書店の奥から、入口の方へ、手に取りやすい状態に。お陰様で大ヒットすることができました。当時は事務所の電話が鳴りっぱなし。汗だくになりながら注文を受けていたことを昨日のことのように覚えています」と松岡社長は目を細める。

 こうして日本に『ハリー・ポッター』ブームを作り出した静山社だが、現在も彼女を含めて5人の正社員しかいない。一方で、ほるぷ出版という児童書の出版社と、大人向けの出版芸術社をグループ会社とし、静山社ホールディングズを設立しているが、規模的には小さいまま。なぜ会社の規模を拡大しなかったのか。

 「“会社を大きくすべきではない”という理念がありました。それは私の目が届かなくなるからです。会社が大きくなるとどうしてもひずみが起こる。私にはその才覚もないし、責任も取れない。それに私は本も編集者も“量より質”だと考えています」。

「ロンはボーイフレンドに似てるのかも(笑)」、翻訳者からみた『ハリポタ』の魅力

『ハリー・ポッター』シリーズ旧版のデザイン  (C)J.K.ローリング、松岡佑子、ダン・シュレシンジャー、静山社

『ハリー・ポッター』シリーズ旧版のデザイン (C)J.K.ローリング、松岡佑子、ダン・シュレシンジャー、静山社

  • 舞台脚本版『呪いの子』

    『ハリー・ポッターと呪いの子 第一部・第二部 <特別リハーサル版>』表紙 (C)J.K.ローリング、ジョン・ティファニー、ジャック・ソーン、松岡佑子、静山社

 “量より質”――情熱家の松岡社長らしい考えだ。そんな彼女から見る『ハリポタ』シリーズの魅力についても聞く。

 「物語の構想が壮大で、1巻出版当初から7巻に及ぶ物語が考えられていたこと。次に“続きが読みたい”というヒキの強さ。読後感のすがすがしさ。これまで見たことないような魔法や魔法の小道具。いきいきとしたユーモアあふれる魅力的な登場人物ですね。そもそもJ.K.ローリングがユーモアあふれる人物であり、ギリシア神話などの古典にも詳しいなど教養、頭の回転の早い人。これは私の推測ですが、ロンがユーモアあふれる素敵な人物に描かれているのは、もしかして、彼女の昔のボーイフレンドに似てるんじゃないかと思います(笑)」。

 ところで、同作で避けて通れないのは“死”という概念だ。「本作では、描かれるダークさには理由があり、すっぽり物語に収まる構造になっています。物語に必要不可欠な描かれ方なんですね。ですから私も、“これはお子さんには厳しいかも”という懸念はなかった」

 翻訳では、子ども向けの訳ではしっくりこなかった。「古い言葉や四字熟語が多用されていると言われたこともありましたが、考え抜いて自分が納得できる言葉にした時、子ども向けの言葉になっていなかった。だからこそ、大人にも納得できる翻訳になっていたはずです」。

 「ハリーの話は終わりましたが、J.K.ローリングはその過去、未来といろんな方向に物語を発展させてくれています。それに翻訳者として喜びを感じていますし、『ハリー・ポッター』関連本はすべて、私がしっかり翻訳し、出版していきたいと思いますので、皆さん、ぜひ楽しみにしていてください」


(文/衣輪晋一)

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