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50周年の『遠くへ行きたい』、裏側にあるテレビマンの矜持「人々の暮らしがある限り旅は終わらない」

10月4日、11日には50周年SPを放送する『遠くへ行きたい』

10月4日、11日には50周年SPを放送する『遠くへ行きたい』

  • 『遠くへ行きたい』1970年の第一回放送のタイトルバック(C)読売テレビ

    『遠くへ行きたい』1970年の第一回放送のタイトルバック(C)読売テレビ

 現在も放送されている紀行番組で、“日本国内の旅”を扱うものとしてはもっとも長寿である『遠くへ行きたい』(読売テレビ制作/日本テレビ系)。放送開始は1970年10月。50年もの歴史を持つ同番組は、古き良きテレビマンの矜持に溢れた番組作りになっている。今のような機材がなかった時代の苦労、そして変わりゆく時代への対応とは? 番組黎明期から40年以上にわたり同番組を担当してきた、テレビマンユニオンのエグゼクティブ・プロデューサー・村田亨さんに聞いた。

旧国鉄時代に始まった番組、「『3分クッキング』に負けないように」

  • 1970年、旅する故・永六輔さん(C)読売テレビ

    1970年、旅する故・永六輔さん(C)読売テレビ

 『遠くへ行きたい』は、日本国有鉄道(国鉄、現JR)が1970年から始めたキャンペーン『ディスカバー・ジャパン』の一貫としてスタートした紀行番組。当初は、放送作家・作詞家の故・永六輔さんが日本各地を旅する姿に密着する形で始まり、俳優や著名人などの“旅人=出演者”を変えつつ、この10月で50周年を迎える。

 老舗番組制作会社・テレビマンユニオンの創立メンバーでもある村田さんは、もともと大の鉄道マニア。同番組を40数年担当したという、いわば生き字引だ。50周年を迎えた今、村田さんは「番組は我々の事情だけでは続けられない。テレビ局やスポンサーの方々、技術者、出演者、皆さんの顔を思い浮かべながら、ありがとうという気持ちでいっぱいです」とほほえむ。

 「当初は、こんなに続く番組になるとは思っていませんでした。ただ、25周年パーティーのとき、当時の日本テレビの社長さんが「『キューピー3分クッキング』(1962年〜)はもっと続いている」と冗談でおっしゃった(笑)。当時、負けないようにと思いを新たにしたことは今でも覚えています」(村田さん/以下同)

 大事にしてきたのは、常に“旅人目線”であることだ。

 「永六輔さんの旅のモットーは、旅先の人々の日常生活の邪魔になってはいけないということ。我々もそれにならって、同行するスタッフを最小限の3〜4人に絞り、永さんの旅についていくような撮影方法をとりました。視聴者はもちろん、僕らが見たいものを撮る…その想いが制作側の原動力で、今も続くこだわりでもあります」

ドローンもクレーンもない時代の苦労、“手作り”にこだわり

  • 1971年、京都を旅した宮本信子、故・伊丹十三さん(C)読売テレビ

    1971年、京都を旅した宮本信子、故・伊丹十三さん(C)読売テレビ

  • 作家の五木寛之も旅人に(C)読売テレビ

    作家の五木寛之も旅人に(C)読売テレビ

 視聴者や制作側が“見たい”と思うものを撮るためには、一切の妥協を許さなかった。

 「例えば、岡山県・倉敷で民芸品を作る職人さんを撮影したのですが、あとから完成品が映っていないことが発覚した。作る過程を撮ったのだから、視聴者は出来上がりも見たいだろうと思いますよね。そこで、あらためて岡山に行って追撮(追加撮影)を行ったのですが、当時の読売テレビのプロデューサーから『そこまでするの!?』と驚かれました(笑)。結局、納期をずらしてもらい、無事に完全版を放送することができました。今も追撮はしばしばありますよ」

 旅の臨場感を損なわないために、“音”にもこだわった。川のせせらぎ、風の音、雑踏、野鳥の鳴き声。今では音声サンプルがあり、容易にその音を合成することができる。しかし『遠く行きたい』は、旅人自身が耳にした音を届けるため、音も実際に旅先で収集。徹底的に、リアルを追求しているそうだ。

 とはいえ、現在のように便利な機材が揃っていない時代。「撮りたい!」と思っても、苦労は多かったという。

 「白川郷の合掌造りの屋根を俯瞰で映したかったのですが、当時はドローンやクレーンなんてありません。現場の皆で知恵を出し合った結果、長い棒の先にカメラを取り付けて、持ち上げて撮影しました。一種の“手持ちクレーン”ですね(笑)」

 九州・伊万里の採石場の俯瞰を撮影する際には、番組オリジナルの画を撮るために、電力会社が電信柱の整備に使うクレーンをレンタルしたこともあった。これらのアイディアや手法は、他の番組にもまたたく間に広がっていったという。

 「とにかく、“手作り感”にこだわりたかったんです。それもあって、ビデオで撮影する時代になっても、『遠くへ行きたい』は最後の最後までフィルムを使い続けました。ビデオだと色々なものが見えすぎて、情感が失われかねない。フィルム独特の情感で、旅の情緒を届けたかったのです」

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