海外の最先端事例に学ぶ 日本のライブ業界が参考にしたい「3つの視点」
「ファン育成モデル」でファンを定着
ヴェリファイド・ファンはライブ・ネイション傘下のチケット販売最大手「チケットマスター」が手がけるダフ屋やボット、プログラムに対抗したシステムだ。メールアドレスを事前登録したユーザーを、独自アルゴリズムによって「熱心なファン」かどうかを分析し、ファンと認識されたユーザーのみ暗証コードをスマートフォン経由で送信。ユーザーは指定されたURLにアクセスし、コードを入力することでチケット購入に進むことができる。
購入プロセスでは、チケットマスターのプラットフォームを活用し、アリーナやスタジアムの座席ごとの位置と値段を画像で表示してくれる。ユーザーはどの場所に座るかを事前に判断した上でチケット購入を行う。複数のライブに行きたい場合は、個別に事前登録から行う。米国ユーザーだけでなく、海外からも登録は可能だ。しかもこの事前登録は無料でできる。
「ヴェリファイド・ファン」の実績
ただ、ファンに新しいチケット購入のシステムを促すことは、アーティストやマネジメントにとってはリスクになりかねない。不評や批判がSNSの炎上につながり、ネガティブイメージを助長する恐れがある。しかし、ライブ・ネイションとアーティストがヴェリファイド・ファン・システムを受け入れたということは、現状の課題に対して足並みを揃え、ファン体験向上への解決策を提供しようという意識で団結し始めたことを意味している。
ヴェリファイド・ファンの効果はすぐに発揮された。購入されたチケットが転売される率は5%以下に留まっている。以前は販売したチケットの30〜50%が転売サイトで売られていたそうだ。まだまだ初期段階にあるこの新システムだが、ファンへのリーチと転売対策を同時に実現しているというのは注目に値する。
海外の事例から見る3つのポイント
熱心なファンは既存の「先着順」でも「ファンクラブ限定」形式でもチケットを買うだろう。しかし違法ボットやプログラムへの対策は必要で、ファンクラブ以外の人が良い席を買うチャンスは多くない。前述のヴェリファイド・ファンが提案したのは、すべてのファンにチケット購入の公平なチャンスを提示する仕組みだ。実在する本物のファンにチケットを届けることができれば、転売のリスクは減り、アーティストへのロイヤリティも高められる。しかも、承認を得たファンは、定着化する可能性が高まる。いわば“ファンへの「信頼」を仕組み化”することにもつながるのだ。
ライブのIT化に不可欠なスマートスタジアム
こうした体験の提供で注目を集めているのは、スタジアムやアリーナ、ライブ会場のスマートIT化だ。アメリカだけでなく、欧州やアジアでも会場のイノベーションが顕著に生まれている。17年にアメリカ・アトランタ市でオープンした「メルセデス・ベンツ・スタジアム」には、1800以上のWi-Fi基地が設置され、通信環境を無料で来場客に提供し、スマホの無線充電機能もシートに完備する。アメリカ・ミネアポリス市の「USバンク・スタジアム」は専用アプリで電子チケットから座席マップ、ハイライト動画、交通情報までを提供している。世界で最も人気のあるライブ会場、イギリス・ロンドンの「O2アリーナ」は今年から一足先に次世代通信システム「5G」の導入が始まる予定だ。
電子チケット、電子決済の導入にいち早く着手した世界のライブ会場では、現在は会場内の通信環境の向上とコンテンツ消費体験がホットな話題だ。会場をプラットフォーム化させ、インフラとサービスの質と量を高めることで、来場者に充実した時間を過ごしてもらい、グッズや飲食の購買へつなげるための企業連携と施策を次々と進めている。
国内で、チケット購入からイベントまで一元体験型のライブエンタメに取り組むには、企業や業界間の連携が不可欠。しかし規制や議論だけでは前進はできない。ファン目線な施策のトライアル・アンド・エラーが必要だ。その先の業界には、近い将来「新規ファン」を育てる役割が求められてくる。20年東京オリンピック・パラリンピック以降の国内市場を成長させるには、まだ課題は多いが、既存の枠から飛び出してファンと共に成長できる取り組みの登場に18年は期待したい。
文/ジェイ・コウガミ氏(デジタル音楽ジャーナリスト、「All Digital Music」編集長)